第8話 私と悠人⑧
おそらく、私が悠人に甘えすぎて負担をかけてしまっていたことが原因だろうと考えたからだ。
だから、これからは気をつけようと心に決めた。
そして、悠人には今まで以上に優しく接しようと決意したのである。
それから数日後、私は再び悠人の家に遊びに来ていた。
今日は二人で映画鑑賞をする予定である。
映画のお供はポップコーンとコーラだ。テーブルの上には既にそれらが用意されているが、まだ食べるわけにはいかない。
なぜなら、上映前に軽く腹ごしらえする必要があるからだ。
そのため、今はお互い無言でスクリーンを眺めている状態だが、別に退屈しているわけではない。
むしろ、この時間を楽しんでいると言ってもいいだろう。
何しろ、大好きな彼氏と一緒にいられるのだから、これ以上の幸せはないと思っているくらいだ。
しかし、いつまでもこのままというわけにもいくまい。
というわけで、頃合いを見計らって話しかけることにする。
まずは定番の挨拶から始めようと思う。
「こんにちは、悠人くん」
すると、彼も笑顔で応えてくれた。
その表情を見るだけで、心が満たされるような気分になる。
その後、私達はソファーに並んで座り、雑談を始めた。
話題はもちろん、お互いの趣味についてである。
悠人は読書が好きで、家にいるときはいつも本を読んでいるらしい。
私も本を読むことは好きだが、どちらかと言えば漫画の方が好きだ。
といっても、少女漫画ばかり読んでいるわけではなく、少年漫画なども読むことはある。
ただ、どちらかというと、青年向けの作品が多いかもしれない。
逆に、悠人の趣味はというと、主にスポーツ観戦だということがわかった。
特に野球が好きらしい。
あとは、ゲームもよくやっているようだ。
どんなゲームをするのか聞いてみたところ、FPS系のゲームをよくやると言っていた。
それを聞いた時、意外だなと思った。
悠人がそういうのをやるイメージがなかったからだ。
でも、話を聞いているうちに、だんだん興味が出てきたので、今度一緒にやろうということになった。
それからしばらく話をした後で、いよいよ映画を見始めたわけだが、これが予想以上に面白かったので、あっという間に時間が過ぎてしまった。
その後、夕食を食べ終えると、お風呂に入ることにした。
ちなみに、悠人と同棲しているので、当然、一緒に入ることになる。
最初は恥ずかしかったけど、今ではもう慣れたものだ。
それに、裸を見せ合うことで、より親密になれるような気がするので、むしろ嬉しいくらいだったりする。
そんなわけで、今日もまた悠人と一緒のベッドで寝ることになるわけだが、その前にすることがある。
それは、夜の営みに備えての準備である。
まず、下着姿になって鏡の前に立つと、自分の姿を映してみる。
そして、ポーズをとってみたり、表情を作ってみたりしながら、自分の魅力を再確認するのである。
(よし、今日もいい感じね)
一通り確認を終えたところで、今度は服を脱いで全裸になる。
それから、浴室に入ると、シャワーを浴び始める。
全身を丁寧に洗っていき、髪もしっかりとトリートメントする。
その後は、湯船に浸かってリラックスタイムを過ごす。
入浴後は、保湿クリームを塗って、肌のケアを行う。
最後に、ボディミルクを塗ることで、しっとりとした肌が出来上がった。
これで準備完了だ。あとは、ベッドの上で待つだけである。
しばらくすると、部屋のドアが開いて、悠人がやってきた。
「お待たせ、待ったかい?」
そう言いながら入ってくる彼に、首を横に振って応えると、彼も安心したような表情を見せた後、ベッドに上がってきた。
そして、そのまま押し倒される形で組み敷かれると、濃厚な口づけを交わした後で、ゆっくりと服を脱がされていった。
露わになった素肌に触れる彼の手の感触はとても心地良く、思わず声が出てしまうほどだった。
やがて、一糸纏わぬ姿になったところで、いよいよ本番が始まった。
最初は正常位で始まったが、途中から騎乗位に変わり、最終的にはバックでフィニッシュを迎えることになった。
その後も何度か体位を変えながら愛し合った後、最後は抱き合って眠りについたのだった。
翌朝、目が覚めると、隣には悠人の姿があった。
どうやら、あのまま眠ってしまったらしい。
彼の寝顔を見ていると、愛おしさが込み上げてくるのを感じた。
それと同時に、昨日のことを思い出して恥ずかしくなってくる。
「おはよう、よく眠れた?」
不意に声を掛けられたので振り向くと、そこには悠人が立っていた。
いつの間に起きたのだろうと思いながら、返事をする。
それから、朝食の準備をするためにキッチンへ向かうと、悠人も手伝ってくれるというので、一緒に作ることにする。
メニューはトーストにベーコンエッグ、サラダといった簡単なものだが、こういうのはシンプルなのが一番美味しいというのが私の持論だ。
完成した料理をテーブルに並べると、早速食べ始めることにした。
うん、我ながら上出来だと思う。
悠人も美味しそうに食べているし、これなら文句ないだろう。
食事を終えると、片付けを済ませてから出かける支度をして、家を出た。
目的地は駅前にあるショッピングモールである。
「何か欲しいものでもあるの?」
と聞かれたので、素直に答えることにする。
実は、もうすぐ誕生日なので、プレゼントを買っておきたかったのだ。
そのことを話すと、悠人は納得したように頷いた後、一緒に選んでくれることになった。
それから数時間かけて悩んだ結果、私はネックレスを贈ることに決めた。
デザインはシンプルだが、可愛らしいデザインだったので、きっと喜んでくれるだろうと思ったからだ。
無事に購入することができたことに安堵しつつ、帰路につくことにしたのだが、途中で寄り道することにした。
というのも、近くに公園があるので、そこで休憩したかったからである。
ベンチに座って一息ついていると、突然後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのはクラスメイトの少女だった。
彼女は確か、和人の元カノで、名前はたしか……そう、柊木芽衣子だ。
何の用だろうかと思いつつ、とりあえず挨拶をすることにする。
すると、彼女の方から話しかけてきた。
「ねえ、あなたって悠人くんと付き合ってるんだよね?」
いきなりそんなことを言われて動揺するが、何とか平静を装って答えた。
「……そうだけど、それがどうかした?」
すると、彼女はさらに質問を重ねてきた。
「じゃあ、悠人くんのどこが好きなの? 教えてよ」
そう言われると困ってしまうが、仕方なく答えることにした。
正直言って、どこが好きかと聞かれると困るのだが、敢えて挙げるとすれば優しいところだろうか。
いつも私のことを気遣ってくれるし、大切にしてくれるのがわかるので、そういうところに惹かれたのかもしれない。
まあ、要するに全部好きなんだけどね。
それを聞いて、何故かニヤニヤしている彼女に違和感を覚えたが、それ以上は特に追及せずにその場を後にした。
家に帰ると、悠人が出迎えてくれた。
ただいまのキスをしてから、買ってきたものを渡すと、とても喜んでくれたようで、ホッと胸を撫で下ろすことができた。
その後、夕食を食べて風呂に入った後、ベッドに入ると、いつものように愛し合った後で眠りに就いたのだった。
翌朝、目を覚ますと、目の前に悠人の顔があった。
驚いて声を上げそうになったが、何とか堪えることに成功する。
よく見ると、彼はまだ眠っているようだった。
珍しいこともあるものだと思ったが、それだけ疲れていたということなのだろうと思い直した。
(それにしても、綺麗な顔してるなぁ)
そう思いながら眺めているうちに、自然と手が伸びて頬に触れてしまっていた。
その瞬間、パチリと目が開いたかと思うと、次の瞬間には抱きしめられてしまった。
突然のことで驚いていると、耳元で囁かれる声が聞こえてきた。
「おはよう、俺の可愛い子猫ちゃん」
そう言ってウインクしてくるものだから、顔が真っ赤になってしまった。
それを見てクスクスと笑う彼だったが、ふと真剣な表情になると、じっとこちらを見つめてきた。
何だろうと思っていると、唐突に唇を重ねられてしまった。
しかも舌まで入れられてしまい、頭がボーッとしてきたところでようやく解放されたのだった。
「ごめん、つい我慢できなくなっちゃって……」
申し訳なさそうに謝ってくる彼に、私は首を横に振った後で微笑んでみせた。
そして、自分から抱きつくと、もう一度キスをした後で囁いた。
――大好き! こうして、私達の幸せな日々が始まったのである。
それからというもの、私達は毎日のように愛を育んでいた。時には喧嘩することもあるけれど、すぐに仲直りして、より一層絆を深めることができたと思う。
そんな日々を過ごしていく中で、次第に不安を感じるようになっていった。
悠人と一緒にいる時間が幸せであればあるほど、失った時のことを考えると怖くなってしまうのだ。
だから、私は決心した。
もうこれ以上、悠人を待たせることはできない。
「あのね、話があるんだけど聞いてくれるかな?」
意を決して切り出すと、悠人は不思議そうな顔をした後で頷いてくれたので、話を続けることにする。
「……私と別れてほしいの」私がそう言うと、彼の顔が強張ったのがわかった。
やはりショックだったのだろうと思うと心が痛んだが、ここで引き返すわけにはいかないと思ったため、最後まで言い切ることにした。
「……他に好きな人ができたんだ」ごめんなさい、と小さく呟くと、悠人が息を呑む音が聞こえた気がした。
しかし、それでも構わず続けることにする。
「……本当にごめんね、でも、もうどうしようもないことなんだと思う。
だって、自分の気持ちに気づいてしまったからには止められないんだもの。
だからね、お願いがあるの――」
そこまで言ったところで、
「わかった」
という声が聞こえたかと思うと、視界が反転した。
一瞬遅れて押し倒されたのだと理解するまでに数秒を要したほどだった。
見上げると、そこには悲しそうな顔をした悠人の顔があった。
ああ、やっぱりダメだったか……そう思った瞬間、涙が溢れてきた。
本当は嫌だと言って泣き叫びたかったけど、必死に我慢した。
だって、そんなことをしても彼を困らせるだけだということはわかっていたから。
それに、これは自分で決めたことなのだから、今更変えることはできないだろうとも思った。
だから、せめて最後は笑顔でお別れしようと思ったのだが、うまく笑えているかどうかはわからなかった。
結局、その日は一日中泣いて過ごしたせいで目は真っ赤に腫れ上がってしまい、翌日は学校を休む羽目になったのである。
それから数日間の間、彼と会うことはなかったが、ある日、突然家にやって来たのだった。
玄関を開けると、そこには悠人が立っていた。
どうしてここがわかったのかと聞くと、クラスの女子に聞いたのだという答えが返ってきた。
まったく余計なことをしてくれたものである。
おかげで気まずい雰囲気になってしまったではないか。
沈黙に耐えかねたのか、悠人が口を開いた。
「……ごめんな、俺のせいで辛い思いをさせてしまって」
その言葉を聞いた途端、胸が締め付けられるような感じがした。
ああ、やっぱりこの人は優しいんだなと思って、余計に辛くなってしまった。
いっそ罵倒された方がマシだと思ったくらいだ。
そんな彼に対して、私は精一杯の笑顔を浮かべてこう言った。
「ううん、気にしないでいいよ。それより、今日はどうしたの?」
努めて明るく振る舞おうとしたつもりだったのだが、上手くできていたかはわからない。
だが、悠人の表情が少し明るくなったように見えたので、少なくとも効果はあったようだと判断した。
ホッとしたのも束の間、今度は別の問題が浮上してきたので、慌てて話題を変えることにする。
というのも、悠人の後ろに誰かいることに気づいたからだ。
どうやら女の子のようだったが、誰なのかはよく見えなかった。
ただ、どこかで見たことがあるような顔だとは思うのだが、思い出せないままだった。
まあいいかと思い直して、とりあえず悠人に上がるよう促してからリビングへと案内する。
その間、彼女はずっと黙ったままだった。
なんとなく不気味だなと思いつつも、気のせいだと思うことにした。
それよりも今は大事な話をしなければならないのだから、余計なことを考えている暇はないと思ったのだ。
ソファに腰掛けると、早速本題に入ることにする。
まずは謝罪の言葉を述べてから、改めて事情を説明した上で、別れたい旨を伝えてみたのだが、予想通りというかなんというか、案の定却下されてしまった。
まあ、そうなるだろうなとは思っていたけどね……。
とはいえ、このままでは埒が明かないのも事実なので、どうしたものかと考えていると、不意に彼女が立ち上がった。
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