第6話 私と悠人⑥
「あれっ……?」
どうやらベッドに寝かされているらしいという事に気づいた私は、起き上がろうとしたのだが、
身体に力が入らず、起き上がることができなかった。
そんな私を見下ろしながら、心配そうに覗き込んでくる人物がいることに気づいてそちらを見ると、そこには見知った顔があった。
その人は私の愛する人であり、夫である悠人だということに気がつくまでに数秒を要したほどだった。
何故ここに居るのかわからず戸惑っていると、彼が口を開いた。
「大丈夫かい? 急に倒れたって聞いた時はびっくりしたよ」
と言って苦笑する彼に、私はお礼を言った後で事情を説明したところ、
「ああ、そういうことだったのか、それなら良かった」
と安心した様子で答えた後、優しく抱きしめてくれたので、安心して身を委ねることができた。
彼の温もりを感じながら、安心感に包まれているうちに、次第に眠くなってきたので、
そのまま眠りについたのだが、翌朝、目が覚めると、隣には誰もいなかった。
一瞬、夢かと思ったが、そうではないことはすぐにわかった。
何故なら、枕元には、昨日までは無かったものが置かれていたからだ。
それを手に取って見てみると、一枚の紙切れだった。そこにはこう書かれていた。
『おはよう、美咲。昨日は無理させちゃってごめんね。今日はゆっくり休んでくれ』
それを見た途端、胸が熱くなった気がした。
涙が溢れそうになるのを堪えつつ、再びベッドに横になった私は、心の中で感謝の言葉を述べたのだった。
(ありがとう、悠人)
その後、数日間は家でのんびりと過ごすことになったのだが、その間、何度か襲われそうになったものの、何とか乗り切ることが出来た。
しかし、その代わりに毎日求められるようになってしまい、嬉しい反面、少し困ってしまったりもしたのだが、
それでも彼と触れ合えることが何よりも嬉しかったので、結局は受け入れてしまっていたのである。
そんな生活を続けていたある日のこと、私は悠人に呼ばれてリビングへと向かった。
すると、そこには見慣れない箱が置かれており、何だろうと思って開けてみると、中には綺麗な宝石がついた指輪が入っていた。
驚いて顔を上げると、彼は照れくさそうに笑いながらこう言った。
「遅くなったけど、誕生日おめでとう」
それを聞いた瞬間、嬉しさが込み上げてきて泣きそうになってしまったが、ぐっと堪えることに成功した。
そうして、差し出された手を取って左手の薬指に嵌めてもらったところで、改めて彼の方を見ると、
優しい眼差しを向けてくれていたことに気づき、顔が熱くなるのを感じた。
その後、しばらく見つめ合っていたのだが、不意に抱きしめられたので、
それに応えるように背中に手を回すと、更に強く抱き締め返されたことで呼吸が苦しくなってきたが、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ、このままずっとこうしていたいと思えるほど心地良い時間だった。
やがて、どちらからともなく離れると、名残惜しさを感じつつも、お互いの顔を見つめ合った後、自然と笑みが溢れてきた。
それから、二人で一緒に夕食を作って食べた後は、お風呂に入ったりテレビを見たりして過ごした後、ベッドに入ることにした。
当然のように求めてくる悠人を拒むことなく受け入れることにすると、あっという間に時間が過ぎていき、気がつくと朝を迎えていたのだった。
翌朝、目が覚めると、隣には誰もおらず、寂しさを覚えながらも、リビングへと向かうと、朝食の準備を終えた悠人が待っていたので、一緒に食べることにした。
その後は、支度を済ませた後、家を出て会社へと向かうことになるのだが、その際、玄関の前で見送られる際に、
不意打ちでキスをされてしまったため、顔を真っ赤にしながら逃げるように家を飛び出したのだった。
その後も社内では同僚たちからからかわれることになったものの、それもまた楽しい出来事の一つとなったことを実感したのだった。
その日以降も毎日のように求められて、最初は戸惑っていたものの、徐々に慣れてくると、自分から求めるようになっていった。
その頃にはすっかり快感に溺れてしまっていたようで、毎晩のように激しく抱かれることにも喜びを感じるようになっていたほどだ。
「美咲、愛してるよ」
そう言って微笑みかけてくる悠人の顔を見て、胸の奥がキュンとなるのを感じた私は、自ら口づけを交わしていた。
「私も大好き、悠人」
こうして私達は夫婦としての絆を深めていったのだが、ある日、悠人が突然海外出張に行くことになったため、
離れ離れになることを余儀なくされた。
出発当日、空港まで見送りに来た私は、不安でいっぱいだったが、
彼は笑顔で手を振っていたので、私もそれに応えるようにして手を振り返した。
飛行機が飛び立つのを見送った後、家に戻った私は、しばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。
それからというもの、毎日のように電話やメールでやり取りをしていたのだが、ある時、悠人からこんなメッセージが届いたのだ。
その内容は以下の通りである。
【やあ、美咲、元気かい? こっちは今、南米にいるんだけど、そっちはもう夜かな?】
それに対して、私も返事を返すことにした。
内容はこんな感じだ。
>悠人さん、こんばんは、こちらはまだ昼間ですよ、お仕事頑張って下さいね!
それから数日経った頃、今度はビデオ通話で話す機会があったので、久しぶりに顔を見て話が出来るということで、
とても楽しみにしていたのだが、画面に映し出された彼の顔を見た瞬間、思わずドキッとしたのがわかった。
というのも、画面越しでもわかるくらい、疲れきった表情をしていたのだが、それが妙に色っぽく感じられたからである。
しかも、よく見ると、目の下に隈が出来ていて顔色も悪くなっていたため、心配になって声をかけたところ、
弱々しい声で返事が返ってきたので、ますます放っておけなくなってしまった。
「悠人、大丈夫?」
私が尋ねると、彼は力なく微笑みながら、こう答えた。
「あぁ、美咲、大丈夫だよ、明日には日本に帰るし」
「そっか、よかったぁ……」
ほっとした様子の私に、彼は続けて言う。
「……ねぇ、ちょっと頼みがあるんだけどさ、いいかな?」
その言葉に首を傾げると、彼は恥ずかしそうに目を逸らした後、意を決したようにこちらを見つめ返してきたかと思うと、
とんでもないお願いを口にしたのだ。
それを聞いて、私は驚きのあまり固まってしまう。
まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったからだ。
だが、同時に嬉しくもあったため、迷うことなく承諾することにした。
そうして、悠人は日本に帰国し、私と愛し合う。
「うん、いいよ、悠人なら大歓迎だよ!」
そう答えると、悠人はホッとした表情を浮かべた後で、嬉しそうに微笑んだ。
それから、私たちはベッドの上で抱き合いながら、何度もキスを交わした後で眠りについたのだった。
翌日、目を覚ますと、隣ではまだ悠人が寝息を立てていたので、起こさないように気をつけながら、
そっとベッドから抜け出すと、シャワーを浴びるために浴室へと向かった。
熱いお湯を浴びながら、昨晩のことを思い出すだけで、ドキドキしてしまう自分がいることに気づくと同時に、
心の奥の方がきゅんと疼くような感覚に襲われた私は、慌てて首を振って意識を切り替えた。
そして、手早く着替えを済ませると、朝食の準備をするためにキッチンへ向かうことにした。
「よし、できたっと」
出来上がったばかりの料理をテーブルに並べ終える頃に、ちょうど悠人も起き出してきたので、一緒に食事を摂ることにした。
その際に、今日の予定について聞いてみると、特に何もないということだったので、
せっかくだからデートに誘ってみたところ、快く了承してくれたので、早速出かける準備を始めることにしたのだった。
「じゃあ、行こうか」
と言って手を差し出してきたので、迷わず握り返すと、そのまま手を繋いで歩き出した。
外に出ると日差しが強く照りつけてきたが、繋いだ手の温もりのおかげで不快感は全く感じなかった。
むしろ心地良さすら感じられるほどだった。
そんなことを考えているうちに目的地に到着したので、中に入ることにした。
店内に入ると、そこは女性向けの洋服店だったので、男性である悠人には退屈かもしれないと思ったが、
意外にも興味深そうに商品を眺めていたので、安心して買い物を楽しむことができた。
そんな中、ある服を見つけた私は、それを手に取りながら、悠人に声をかけた。
「ねえ、これなんか似合うんじゃない?」
そう言いながら、彼に手渡してみると、まじまじと見つめてから、頷いてくれたので、そのまま購入することになった。
その後、他にも何着か購入した後で、休憩のためにカフェに入ったのだが、そこでもまた驚かされることになった。
何故なら、注文する際に、メニュー表を指差しながら、
「これとこれを一つずつお願いします」
と言ったからだ。てっきり自分の分も一緒に頼んでくれると思っていたのだが、どうやら違うらしい。
不思議に思っていると、店員さんが去った後に、悠人が口を開いた。
「俺はコーヒーだけでいいからさ、あとは君が好きなものを頼むといい」
そう言って微笑む姿を見て、私はようやく理解したのだった。
(ああ、そうか、そういうことだったんだ)
つまり、最初から私の分だけ頼むつもりだったということなのだろう。
確かに、考えてみれば当たり前のことなのだが、これまでは当たり前のように奢ってもらっていたこともあって、
つい甘えてしまっていたようだ。
そのことを反省しつつ、今後は気をつけようと心に誓った私は、改めて悠人にお礼を言った後で、
ケーキセットを注文することにした。
運ばれてきたものを美味しそうに頬張る私を、微笑ましそうに見つめてくる視線に気づいて顔を上げると、
目が合った瞬間、照れ臭そうに顔を背けられてしまったのだが、その様子を見ているうちに、
なんだかおかしくなってきてしまい、思わず笑ってしまった。
すると、彼もつられて笑い出したので、さらに可笑しくなってしまい、しばらく二人で笑い合っていたのだった。
その後、会計を済ませた後で店を出ると、再び手を繋ぎながら歩き始めた。
今度はどこに行こうかと考えていると、不意に悠人が立ち止まったため、何だろうと思って振り返ると、
真剣な表情をした彼と視線がぶつかった。
どうしたんだろうと思っていると、やがて彼がゆっくりと口を開き始めた。
その言葉を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ね上がった気がした。
一瞬、何を言われたのか理解できなかったくらいだ。
しかし、すぐに我に返ると、慌てて聞き返した。
「え!? ど、どういうこと!?」
動揺する私に構わず、彼は言葉を続ける。
その声は真剣そのものだったが、どこか悲しげでもあった。
その表情を見ているうちに胸が締め付けられるような思いに駆られたが、それでも聞かずにはいられなかった。
恐る恐る聞き返すと、彼は静かに語り始めた。
それを聞いた途端、目の前が真っ暗になったような気がした。
頭が真っ白になり、何も考えられなくなるほどの衝撃を受けたのだ。
しばらくして我に返った時には、既に手遅れだった。
取り返しのつかないことをしてしまったという後悔の念に苛まれていると、ふいに抱きしめられたことに気づき、顔を上げると目が合った。
そこには真剣な眼差しがあった。
その瞳を見た瞬間、何も言えなくなってしまった。
すると、彼は優しく微笑みながら、こう言ったのだった。
「美咲、愛してるよ」
その言葉を聞いた瞬間、涙が溢れてきた。
止めようと思っても止まらないくらいに溢れて止まらなかった。
私は嗚咽を漏らしながらも、何とか言葉を紡ぎ出した。
「私も大好き、悠人」
そう言って微笑みかけると、彼もまた微笑み返してくれたので、心が満たされていくのを感じた。
それから私達は何度も唇を重ねた後で、家に帰ることにした。
帰り道では、ずっと手を繋いだままだったが、不思議と気恥ずかしさはなかった。
むしろ、安心感すら覚えていたほどだ。
家に帰り着くまでの間、私達は一言も喋らなかったが、その沈黙すらも心地よく感じられた。
家に着いた後も、お互いを求め合ったことは言うまでもないだろう。
その日以来、私たちの仲はますます深まっていったように思う。
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