第4話 美咲と悠人④
驚いて声を上げようとしたが、その人物の顔を見て、すぐに冷静になった。
そこにいたのは、悠人だった。
彼は微笑みながら、私に手を差し伸べてきた。
その手を取ると、優しく握り返してきた。
その温もりを感じながら、私たちは帰路についたのであった。
家に着くと、悠人が夕食を作ってくれていたようで、テーブルに並んでいた料理を見た途端にお腹が鳴ってしまった。
「あははっ! もうお腹ぺこぺこみたいだな」
と言いながら笑う彼に顔を赤くしながら俯くしかなかったが、それも束の間のことで、食事が始まるとあっという間に平らげてしまった。
食後のデザートとして出されたケーキを食べ終わる頃には、すっかり満腹になっていた。
そんな私を満足そうに見ていた悠人が口を開いた。
どうやら話があるようだ。
何だろうと思って耳を傾けていると、
思いがけないことを言われた。
しばらく沈黙が続いた後、意を決したように顔を上げると、
「好きです、付き合ってください!」
と言われた瞬間、頭が真っ白になった。
数秒後にようやく言葉の意味を理解した私は、慌てて返事をした。
「はい、喜んで」
と答えた直後、抱きしめられたかと思うと、キスされた。
突然のことに驚いているうちに、ベッドに押し倒されていた。
それから先は、よく覚えていない。
気づいた時には朝になっていて、隣には裸のまま眠る悠人の姿があった。
昨夜の出来事を思い出し、顔が熱くなるのを感じたが、それと同時に幸せな気分に包まれていた。
(あぁ、この人のことが好きだなぁ)
と思いながら、そっと唇を重ね合わせた。
その瞬間、胸の奥底から何かが込み上げてくるような感覚に襲われたが、その正体が何なのかを考える間もなく意識が遠のいていった。
そして、完全に眠りに落ちる前に、耳元で囁かれた言葉を聞いた気がしたが、聞き返すことはできなかった。
翌朝、目を覚ました私は、隣で眠っている悠人の
顔を眺めていた。
こうして見ると、やっぱりかっこいいなぁと思うと同時に、昨日のことを思い出してしまい、
恥ずかしくなってきた。
思わず顔を背けようとしたところで、悠人が目を覚ましてしまったようだ。
寝ぼけ眼でこちらを見てくる姿が可愛くて、つい笑ってしまった。
すると、彼もつられて笑い出したので、ますます可笑しくなってしまった。
そんなやり取りの後、二人でシャワーを浴びることにしたのだが、その際にも色々とあったせいで、結局遅刻しそうになったことは言うまでもないだろう。
(はぁ〜、疲れたぁ〜!)
やっと仕事が終わったと思った瞬間、どっと疲れが出てきた気がするが、今はそんなことを気にしている場合ではないと思い直し、
急いで帰る支度を済ませて会社を出たところで、後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこには悠人が立っていた。
どうしてここにいるのか尋ねると、たまたま通りかかっただけだと言うので、一緒に帰ろうという話になり、並んで歩き始めたのだが、
その時に彼がこんなことを言い出したのだ。
それを聞いた途端、私の顔は真っ赤になったことだろう。
まさかそんな言葉が出てくるとは思ってなかったから驚いたけど、それ以上に嬉しかったという気持ちの方が大きかったように思う。
だから私はこう答えたんだ。
「……私もです」
ってね♡ その後はお互い無言のまま歩き続けたんだけど、不思議と気まずさを感じることはなかったんだよね。
むしろ心地良いというか、落ち着く感じがするっていうか……とにかくそんな感じだったんだ。
それに、彼の手を握る私の手にも自然と力がこもってたし、彼もそれに応えるようにして握り返してくれたんだ。
「えへへ♡」
思わず笑みが溢れてしまったけど、それを気にする余裕なんて今の私にはなかった。
それくらい幸せを感じていたんだと思う。
それからしばらくして、ようやく家に帰り着いた私たちだったけど、玄関に入るなり、いきなりキスをされてしまった。
しかも、舌まで入れてくるものだからびっくりしちゃったけど、嫌じゃなかったから受け入れることにした。
最初は軽く触れるだけのキスだったんだけど、次第にエスカレートしていき、最終的にはディープなものになってしまった。
それでも嫌な感じは全くしなかったんだけどね。
それどころか、もっとして欲しいと思ってしまうくらいだったから不思議だよね。
「んっ……ちゅっ、んんっ、ちゅぱっ、れろっ、んむっ、んんーっ!!」
長い口付けが終わると、二人の間に銀色の橋がかかったように見えた。
それが消える前にもう一度キスをすると、今度は舌を絡め合う濃厚なものへと変わっていった。
悠人は私の頭の後ろに手を回すと、逃げられないように押さえつけてきたので、されるがままになってしまう。
その間、ずっと口内を蹂躙され続け、息苦しさを感じ始めた頃にようやく解放された。
ハァハァと荒い呼吸を繰り返しながら、ぼんやりとした頭で考える。
(あれ?
「あ、あの、ちょっといいですか?」
恐る恐る声をかけると、彼女はゆっくりとこちらを向いた。
その瞳からは何の感情も読み取れない。
まるで人形のような無表情だ。
しかし、そんなことはお構いなしとばかりに、僕は言葉を続ける。
「実は、折り入ってご相談がありまして……」
そこまで言いかけたところで、突然遮られてしまった。
彼女が僕の言葉を遮るなど、初めてのことだったため、驚いて固まってしまう。
そんな彼女の口から出た言葉は意外なものだった。
「いいですよ、聞きましょう」
それだけ言うと、再び黙り込んでしまった彼女を見て、
「ありがとうございます、助かります」
とお礼を言いつつ、話を続けることにした。
それからしばらくは世間話をしていたのだが、不意に会話が途切れると、沈黙が訪れた。
気まずい空気が流れる中、意を決して本題を切り出すことにした。
「えっと、それでですね、お話というのは他でもないんですが、僕とお付き合いしていただけませんか……?」
緊張のあまり声が裏返ってしまったが、なんとか言い終えることができた。
心臓の音がバクバクとうるさいくらいに高鳴っているのがわかる。
おそらく顔も真っ赤になっているだろう。
恥ずかしさに耐えられず俯いていると、頭上から声が聞こえてきた。
「ごめんなさい、お断りします」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。
いや、理解したくなかったというのが正しいかもしれない。
呆然としていると、続けて言葉が飛んできた。
「それでは失礼します」
そう言って立ち去ろうとする彼女を引き止めようと手を伸ばすものの、その手が届くことはなく、虚しく空を切っただけだった。
その後、どうやって家に帰ったのかわからないまま、気づけば朝になっていたのだった。
翌日、重い足取りで出勤したものの、仕事に身が入らない状態だった。
(やっぱりダメだったか……)
昨日の出来事を思い出してはため息をつくという動作を繰り返していたのだが、同僚たちから心配そうな目で見られていることには気づいていなかったようだ。
昼休みになると、気分転換のために外に出ることにした。
近くの公園で弁当を食べるつもりだったのだが、途中で雨が降り出してしまい、やむなく引き返すことになった。
仕方なくコンビニで買ったおにぎりを食べつつ歩いているうちに、いつの間にか自宅に着いていたようだ。
そのままベッドに倒れ込むようにして眠りについたのである。
翌朝、目が覚めると、枕元に一枚の紙が置かれていたことに気づいた。
不審に思いながらも手に取ってみると、それは悠人からの手紙のようだった。
内容は、簡潔にまとめられているもので、簡単に言えば、必ず戻ってくるということを伝えるものだったようだ。
それを見た途端、嬉しさが込み上げてきて、涙が出そうになるのを必死に堪えていた。
(よかった、ちゃんと帰ってきてくれるんだ……!)
そう思うと、心が温かくなっていくのを感じた。
早速返事を書こうとペンを手に取るが、そこでふと手が止まった。
(そういえば、悠人君は今どこにいるんだろう……?)
気になった私は、悠人君の職場に連絡してみることにした。
電話に出た女性によると、悠人君ならまだ来ていないということだった。
そのことを聞いて不安になった私は、すぐに家を飛び出した。
向かう先は、もちろん悠人君が勤めている会社である。
受付の女性に話しかけると、事情を察してくれたようで、悠人君のことを聞いてくれたようだ。
数分後、その女性は戻ってきて、こう言った。
どうやら彼は今朝早くに出社していたらしいのだ。
それを聞いて安心した私は、ほっと胸を撫で下ろしたのであった。
だが、それも束の間のことでしかなかった。
というのも、その直後、信じられないことが起こったからである。
なんと、彼が交通事故に遭い、意識不明の状態になっているというのだ!
それを聞いた瞬間、目の前が真っ暗になりかけたが、
「大丈夫、きっと助かるわ!」
私は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、病院に向かって走り出した。
途中、何度も転びそうになったが、それでも足を止めることはなかった。
病院の中に入るや否や、看護師さんに呼び止められた。
悠人さんの病室を教えてもらい、急いで向かったのだが、そこには予想外の光景が広がっていた。
ベッドに横たわっている悠人さんの周りには、大勢の人たちが集まっていたのだ。
その中には、悠人さんと親しげに話していた人たちもいたが、何故か皆一様に暗い表情をしているように見えた。
私はその光景を見た瞬間、嫌な予感に襲われた。
「悠人さんは無事なんですか!?」
思わず叫ぶようにして問いかけると、近くにいた医師らしき男性が答えてくれた。
曰く、事故に遭った際に強く頭を打ったらしく、現在も意識が戻らない状態が続いているのだという。
そして、その原因となった原因というのが、信号無視をした車が突っ込んできたことによるものだということも教えてくれた。
それを聞いた瞬間、私は膝から崩れ落ちてしまった。
(そんなはずはない、だって、昨日はあんなに元気そうだったじゃない……!)
「嘘よ、こんなの絶対に信じないんだから……!」
泣き叫びながらも、一縷の望みをかけて彼の手を握ることしかできなかった。
(お願い、目を覚まして……!)
心の中で祈り続ける私に、残酷な現実を突きつけるかのように、目の前のモニターから無機質な電子音が聞こえてきたかと思うと、
画面に表示された数字が0になったのだ。
それと同時にピーッという甲高い音が鳴り響くと同時に、心電図を映し出していた画面が消え去ったことで、
彼がもう二度と目を覚ますことはないのだと悟った私は、その場にへたり込んでしまったのだった。
それから数日後、葬儀を終えた後、遺品整理をしている時に、一つの日記帳を見つけた。
そこには、悠人君との思い出がたくさん綴られていたのだが、最後のページに書かれていた文章を読んで、涙が止まらなくなってしまった。
そこに書かれていた内容とは、次のようなものだった。
『もし、僕が死んでしまった時は、この日記を妻である美咲に託します。どうか、僕のことは忘れて、新しい人生を歩んでください』
それを見て、さらに涙が溢れ出てきた。
(どうしてそんなことを言うのよ!? あなたは、私のことを愛していなかったっていうの? そんなの、あんまりだわ!!)
そんなことを考えているうちに、だんだん腹が立ってきた私は、怒りに任せて日記を投げ捨てた。
それからというもの、毎日のように悠人のことを思い出しては、悲しみに暮れるようになったある日のこと、偶然にも悠人とそっくりな人物を見かけた。
(まさか、悠人?いや、そんなわけないか……でも、もしかしたら本当に彼なのかもしれないし、確かめてみる価値はあるかも? よし、行ってみよう!)
そう思った私は、彼の跡をつけることにした。
しばらく歩いたところで、人気のない路地裏に入っていったのを見て、確信した。
やはり、この人は悠人だ。
間違いない、私が見間違えるはずがないもの♡
(ああ、やっと会えたんだわ、私の愛しい人に……♡)
そう思いながら、後ろからそっと近づいていくと、突然振り返った彼に腕を掴まれてしまった。
びっくりして固まっていると、そのまま壁に押し付けられてしまう。
「見つけたぞ、僕の嫁」
そう言いながら迫ってくる彼の顔はとても嬉しそうだったけれど、どこか狂気じみたものを感じずにはいられなかった。
恐怖のあまり声も出せないまま震えていると、いきなり唇を塞がれてしまい、舌を入れられてしまった。
「んっ……」
突然のことに驚きつつも、不思議と嫌な気分にはならなかったため、抵抗することなく受け入れることにした。
しばらくして唇が離れる頃にはすっかり蕩けてしまっていたようで、腰が砕けたように座り込んでしまっていた。
そんな彼の様子を見た彼は満足げな笑みを浮かべると、私を抱きかかえるようにして歩き出した。
それからしばらくの間、されるがままになっていたのだが、やがて目的地に到着したのか、そこで降ろされることになった。
そこは、高級ホテルの一室のような場所であり、そこで一夜を迎えるのでした。
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