第2話 美咲と悠人②
「大丈夫だったかい、美咲?」
心配そうな顔をしている彼に、私は微笑んで答える。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、悠人」
そう言って彼の手を取ると、指を絡めてしっかりと握りしめる。
そのまま手を繋いで席に戻ると、ちょうど料理を食べ終わったところだったので、部屋に戻ることにした。
帰り際に受付の男性から、
「また来てくださいね〜」
と言われたので、笑顔で会釈してからその場を後にする。
(ふぅ、なんだか疲れたわね)
そう思いながら歩いていると、悠人が声をかけてきた。
「あのさ、美咲」
振り返ると、いつになく真剣な表情をしている彼と目が合った。
なんだろうと思って見つめていると、彼は意を決したように話し始めた。
「実は、話したいことがあるんだ」
その言葉に、胸が高鳴るのを感じた。もしかして告白とか!?
そんなことを考えていたら、悠人は予想外のことを言い出した。
「……あのね、僕とキスして欲しい」
「えっ!?」
思わず聞き返してしまったが、よく考えてみれば無理もないことだろう。
だって、今まで一度もそんなことを言われたことがなかったのだから、驚くのも無理はないと思う。
それに、そもそも私たちは恋人同士なのだから、別におかしいことではないはずだよね?
そう自分に言い聞かせてから、私は答えた。
「もちろんいいよ!」
元気よく返事をすると、悠人が顔を近づけてくる。
そして、唇同士が触れ合った瞬間、全身に電流が流れたかのような衝撃を受けた。
心臓がバクバクして破裂しそうなくらいだ。
だけど、決して嫌な感じではない。
むしろ心地良ささえ感じるほどだった。
「んちゅぅ、れろぉ、ぴちゃ、じゅぷっ、ぢゅるっ」
しばらくの間、互いの唾液を交換しあうような濃厚な口づけを交わし続けた後、
ようやく解放された時には、すっかり息が上がってしまっていた。
ハァハァという呼吸音だけが響く中、悠人は優しく抱きしめてくれた。
そして耳元で囁くように言う。
「好きだよ、愛してる」
その言葉を聞いただけで、心が満たされていくような感覚を覚えた。
幸せすぎて涙が出そうになるほどだ。
私もそれに応えるように、悠人の背中に手を回して強く抱きしめる。
「私も好き、大好き」
甘えるような声で言うと、彼はさらに強く抱きしめてくれる。
それが嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまう。
それからしばらくして、私たちは身体を離した。
名残惜しい気持ちはあるが、いつまでもこうして抱き合っているわけにもいかないからだ。
しかし、悠人は私の肩を抱いたまま歩き始めた。
「この続きは部屋に戻ってからな」
「う、うん……」
恥ずかしさのあまり俯いてしまった私を、悠人は愛おしそうに見つめると、額に軽くキスをしてきた。
それだけで顔が真っ赤になってしまうほど恥ずかしかったが、同時に嬉しくもあった。
だから、自分からもお返しとばかりに頬にキスをすることにした。
ちゅっと音を立てて唇を離すと、悠人も照れたように笑っていたので、何だかおかしく思えてきたのだった。
その後、部屋に戻った私達は、ベッドの上で抱き合いながら何度もキスを繰り返したり、
お互いの身体を触り合ったりして過ごした後、疲れ果てて眠ってしまったのだった……。
翌朝目を覚ますと、隣にはまだ眠っている悠人の姿があった。
寝顔を見るのは初めてかもしれないと思いながら眺めているうちに、だんだん恥ずかしくなってきたので慌てて目を逸らすことにする。
(うぅ〜、昨日のことを思い出しちゃったら余計に恥ずかしくなっちゃったじゃない!)
心の中で文句を言いつつも、口元が緩むのを抑えられない自分がいることに気がつく。
我ながら現金なものだと思うけれど、仕方ないとも思うわけで……などと考えながら悶々としていると、不意に後ろから抱きしめられた。
驚いて振り向くと、そこには眠そうな顔をした悠人が立っていた。
どうやら起こしてしまったらしいと思い謝ろうとしたところで、先に彼が口を開いた。
「おはよう、美咲……」
まだ寝ぼけているのか、ぼんやりとした表情で挨拶してくる姿が可愛くて、つい笑みが溢れてしまう。
(ふふっ、可愛いところもあるのよね)
そんなことを考えながら、私は返事をした。
「おはようございます、悠人」
それを聞いた途端、彼の顔色が変わり始めたかと思うと、急に慌てふためき出したのだ。
どうしたんだろうと思っていると、突然こんなことを言い出したのである。
「美咲、キスしような」
「ええっ、いきなりどうしたの?」
驚いている間に、強引に引き寄せられてしまう。
抵抗しようにも力が強くて敵わず、結局されるがままになってしまった。
最初は軽く触れるだけの優しいものだったが、次第にエスカレートしていき、最後には舌を絡め合う濃厚なものへと変わっていった。
頭がボーッとしてきて何も考えられなくなるくらい気持ちが良く、気がつくと夢中で貪っていたようだ。
唇が離れる頃には、完全に蕩けてしまっていた。
そんな状態の私に、悠人は追い打ちをかけるように囁いてくる。
「ねえ、もう一回しようか?」
「うん……」
もはや抗う気力もなく、素直に従うしかなかった。
それから何度も繰り返し、最終的には酸欠で倒れそうになったところを、なんとか引き剥がすことに成功したのだった。
はあはあと荒い呼吸を繰り返しながら、悠人の方を見つめると、彼もまた同じような状態だったらしく、目が合った途端に逸らされてしまった。
その仕草を見て、ますます愛しさが募っていくのを感じる。
ああ、やっぱりこの人のことが好きだなぁ……そう思った次の瞬間、無意識のうちに言葉を発してしまっていた。
「大好きだよ、悠人」
一瞬、何を言ったのか理解できなかったようで、キョトンとしていたが、すぐに笑顔になると返事をしてくれた。
その言葉を聞くと同時に、胸の奥底から熱いものがこみ上げてきて、涙が溢れ出してきた。
止めようと思っても止まらないくらいに溢れてきてしまい、嗚咽を漏らして泣いてしまう始末だ。
そんな私を慰めるように、彼は頭を撫でてくれた。
その手つきはとても優しくて、とても心地よかったためか、段々と落ち着いてきたようだった。
やがて涙が止まったことを確認すると、そっと唇を重ね合わせてきた。
今度は軽いものではなく、深い口付けだった。
舌を差し込まれ、絡め取られるようにして蹂躙されていくうちに、頭の中が真っ白になり何も考えられなくなってしまうほどだった。
しばらくした後、ゆっくりと離れていく唇から銀色の糸が伸びていき、ぷつりと切れたのが見えた。
「なぁ、美咲からキスしてくれ」
「えっ!?」
突然の申し出に驚きつつも、言われた通りにすることに決めた私は、恐る恐る顔を近づけていったのだが、
途中で恥ずかしくなってしまい躊躇してしまう。
だが、意を決して一気に距離を詰めると、そのまま唇を奪った。
その瞬間、悠人がビクッと身体を震わせたが、構わず続けることにした。
舌を入れて絡ませようとするものの、なかなか上手くいかない。
それでも諦めずに続けているうちに、ようやくコツを掴んだ気がしたので、思い切ってやってみることにした。
歯茎や上顎などを舐めたりつついたりしているうちに、だんだんと気分が高揚してきたのがわかった。
「んっ、んん、んぅ、ん」
とくぐもった声が口から漏れる。
そろそろ息苦しくなってきた頃になって、やっと解放することができた。
はぁ、はぁ、と呼吸を整えていると、悠人が心配そうに覗き込んできたので、大丈夫だよという意味を込めて微笑んでみせた。
そうすると、安心したような表情になったのを見て、嬉しくなる。
そこで、ふと思いついたことがあったので、試してみることにした。
まずは首筋に舌を這わせてみることにする。
悠人はくすぐったそうに身を捩らせたが、気にせず続けた。
次に鎖骨辺りまで下りてきて、
「ちょ、ちょっと待って、くすぐったいよ」
と笑いながら言う悠人に、私はムッとして言い返す。
「私だって、さっき同じことされたんだから、お返ししないと不公平でしょ」
そう言うと、渋々といった感じで引き下がってくれた。
それをいいことに、私はそのまま胸元に顔を埋めるようにして抱きついた。
悠人は驚いた様子だったが、特に抵抗することもなく受け入れてくれる。
それどころか、頭を撫でてくれたので、なんだか甘えたくなってしまって、
もっと強く抱きつくと、それに応えるように抱きしめ返してくれた。
それが嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまう。
(ああ、幸せだな……ずっとこうしていたい)
そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていたようだ。
目が覚めると、目の前に悠人の顔があって、思わずドキッとする。
そういえば昨日、あのまま寝てしまったんだっけ?
そう思うと恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じた。
すると、それに気づいたかのように、悠人が目を覚ました。
そして、こちらを見て微笑むと言った。
「こうやって旅行へ来ているけどな、まだ期間があるし、つまらない、そろそろ帰って愛し合いたい」
「うん、そうだね……」
そう答えると、帰り支度を始めた。
車に乗り込むと、早速出発した。
帰り道は渋滞に巻き込まれることなくスムーズに進み、あっという間に家に到着した。
車を降りて玄関へと向かう途中、不意に手を握られたので振り返ると、そこには悠人の顔があった。
どうしたのだろうと思って見ていると、突然抱きしめられてしまう。
びっくりして固まっている間に、どんどん顔が近づいてきて唇を奪われた。
舌が入り込んできて口内を蹂躙される感覚に酔い痴れているうちに、力が抜けてしまってその場に座り込んでしまった。
その様子を見た悠人は、ニヤリと笑うと耳元で囁いた。
「どうしたんだ、そんなに顔を赤くして、もしかして期待しているのか?」
図星だったので、恥ずかしくて顔を背けようとしたが、顎を掴まれて無理矢理正面を向かされてしまう。
そして、再びキスされてしまった。
今度は触れるだけの優しいものだったが、それだけでも十分すぎるほどの破壊力を持っていた。
それからしばらくの間、余韻に浸っていたが、不意に我に返ると慌てて立ち上がった。
その様子を見ていた悠人が言う。
「続きは、部屋でするか……」
その言葉に、顔が真っ赤になるのを感じながらも、小さく頷くことしかできなかった。
部屋に戻ってくると、
「ほら、おいで……」
と言って両手を広げる悠人の胸に飛び込むようにして抱き着くと、優しく抱きしめてくれた。
それだけで幸せな気分になれるのだから不思議だと思う。
それから、どちらからともなくキスをすると、ベッドに押し倒された。
「美咲、愛してる」
「私も、大好き」
私の答えを聞いた瞬間、悠人は嬉しそうに微笑んだ後、激しく求めてきたのだった……。
(うぅ〜、恥ずかしいよぉ)
と思いながらも、されるがままになっているしかなかった。
しばらくして満足したのか、身体を離すと隣に横たわった状態で話しかけてきた。
「なあ、今日は楽しかったかい?」
その問いに、私は満面の笑みで答えた。
その後、一緒にお風呂に入ったりご飯を食べたりして過ごした後は、ベッドに入って眠りについたのだった。
翌朝目を覚ますと、既に悠人の姿はなかった。
「あれ、どこに行ったんだろう?」
そう思いながらリビングへ向かうと、そこには朝食の準備をしている彼の姿があった。
私が来たことに気づくと、笑顔で迎えてくれた。
「おはよう、よく眠れたか?」
そう言いながら、頭を撫でてくれる。
その感触が心地よくて、つい目を細めてしまう。
それから二人で食事を摂っている間中、悠人は終始ニコニコしていた。
食事が終わると、出かける準備をして家を出ることになった。
駐車場に着くと、悠人は自分の車の鍵を開け、運転席に乗り込んだ。
私は助手席に座りシートベルトを締めると、
「さあ、行こうか」
と言うと、エンジンをかけて発車させたのだった。
私達は今、高速道路に乗って移動中だった。
目的地は特に決めていないが、とりあえず遠くへ行くつもりだと言っていたことを思い出す。
高速に入ってからしばらくは快調に飛ばしていたのだが、途中から渋滞に巻き込まれてしまったため、今は止まってしまっている状態だ。
そのため暇になってしまい、手持ち無沙汰になってしまったこともあり、何となく窓の外を眺めていたのだが、そこでふとあることに気がついた。
それは、周りの人達の視線がこちらに向いているような気がするということだ。
最初は気のせいかと思ったが、何度確認しても見られているような気がしてならなかった。
「ねえ、悠人、なんか変じゃない?」
不安になって尋ねると、不思議そうな顔で聞き返された。
「……何が変なんだ?」
どうやら自覚がないらしいと思い、さらに詳しく説明することにする。
「えっとね、さっきから私達のこと見てる人がいる気がするんだけど……」
それを聞いた途端、悠人は納得したように頷いた後で言った。
「ああ、そういうことか、それなら気にしなくていいぞ」
そう言われて、少しホッとしたのだが、すぐに次の疑問が浮かんだので聞いてみることにした。
「なんで気にする必要がないの?」
すると、意外な答えが返ってきたのである。
それを聞いて驚くと同時に納得がいった気がした。
確かに言われてみればその通りだと思ったからだ。
むしろ堂々としていれば良いのかもしれないと考えた私は、開き直って気にしないことに決めたのだった……。
そんなやり取りをしている内に、ようやく動き出したようだ。
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