第2話 魔法塾にて
誰が呼んだか、『魔法塾』――学校なのに塾っておかしくない? とも思ったが、呼び名なんていつの間にかどうでもよくなっていた。
「おっす、
「どうも、
時刻は既に放課後、「おはよう」というのも不自然だし、先輩もいれば後輩もいるから、挨拶はだいたい「こんにちは」か「どうも」だった。
そこには初等部、中等部問わず、いろんな学年の生徒が集められている。
下は五年生から、上は中等部三年生まで。ここに来るまで、ほとんど接点のなかった人たちばかり。そういう意味では「塾」っぽいのかもしれない。
人数は両手で数えられるほどしかおらず、そのためクラスは一つ、授業も全員一緒に受けることになる。
その教室には一般教室と同じように机とイスが並べられているが、黒板や教卓とのあいだに広いスペースが設けられている。席の数は二十かそこらで、みんな好き勝手、適当な席に座っている。
特に決まりはないのだが、おれはいつもどの席に座ろうかと一瞬その場で立ち尽くす。こういう時、自分の席が決まっている中等部の教室を思い出す。あれはあれで安心感があるものだ。
とりあえず入って左手、廊下側の空いている席に腰を下ろす。さっき声をかけてきた中居センパイの後ろの席だ。
この教室は旧校舎の地下にあるらしい。一般教室だと窓のある場所は、壁になっている。おれが入ってきた入り口の向こうには廊下が伸びているのだが、その先はさっき歩いてきた旧校舎の廊下とはだいぶ雰囲気が違う。地下なのでやっぱり窓はなく、照明も弱いため薄暗い。
その廊下から足音が聞こえてきた。今日は日直だったせいもあって、お喋りしている余裕もなかった。
「みんな揃ってる?」
現れたのは若い女性。このクラスの担任、
「時間もないし、さっそく始めましょうか」
中等部になって、学校が好きになった一番の理由。
魔法の授業の始まりだ。
おれ、結城イスクが『魔法塾』にスカウトされたのは今年の三月、初等部を卒業してすぐのことだ。
それまでこの世に魔法なんてものがあるなど知りもしない、ごく普通の一般人だったおれと、その家族。『魔法塾』の責任者であるアンジルス学園の校長はある日突然うちにやってきて、おれに『魔法塾』への入学を通知した。
なんでもうちの学校では、生徒たちの様子や成績を常にチェックし、魔法の才能がありそうなやつを見つけてはスカウトしているらしい。選ばれた生徒はその次の学期から――おれの場合は中等部一年の一学期、つまり四月に入ってから、『魔法塾』の生徒になる。
もちろん強制ではないし、親の許可もいるのだが――うさん臭いと怪しむおれや家族の前で校長が魔法を披露すると、おれとしては断る理由はなくなった。両親はちょっと渋っていたが、おれの必死の説得の結果、頷いてくれたのである。
もうそれはそれは必死だったのだが、両親はそのことはおろか、家に校長が来たことも覚えていない。そういう魔法をかけられたらしい。
そんな具合で、『魔法塾』の存在を両親は知らない。正確には、覚えていない。それはもちろん魔法の存在が世の中に知られないためで、おれも魔法のことを誰かに話したり、人前で見せることは禁じられている。というか、『魔法塾』以外で魔法を使うことが出来ないようにされているのだった。
なので、この放課後の時間、『魔法塾』での授業が待ち遠しくて仕方がなかった。表の授業の面倒臭さもこれがあると思えばなんてことはない。
それはおれ以外の生徒も同様だろう。
たとえば、同じクラスの
あいつが登校する理由は、きっとこれ。この時間があると思えば、いじめなんてどうってことはないのかもしれない。
同じクラスといえば、小五から中三までいる中で、おれと聖のほかにもう一人、表の教室でも一緒のやつがいる。
同じ一年だけど、実は一つ年上だという噂の少年、
せっかく同じクラスなのにロクに話したこともないのだが、「同じ」だからこそ、「違う」ことが少し、おれの中でもやもやしたものになっている。
たとえば、魔法で火を発生させる――実技の授業。一番好きなやつ。
おれや二年の中居センパイがロウソクに火をともそうとしている一方、あっちの二人はロウソクにともした火を中空に浮かせたり、水を発生させて火を消すといったようなことをしているのだ。
というのも、おれとセンパイは今年『魔法塾』に入ったばかりの『一回生』で、あっちは二年目の『二回生』なのだ。学年の代わりに、そういうランク付けみたいなものがある。
授業は一回生も二回生もみんな合同なので、こういう明らかな「実力差」を横で見せつけられることになるのだ。
こっちが机に立てたロウソクに手をかざして睨んでいるあいだにも、あっちは平気な顔で炎をつくりだしている……。
「あらあら、中学生なのにこんなことも出来ませんの?」
と――前の方のスペースにいる小学生がこっちを見て嫌味ったらしい笑みを浮かべていた。
「魔法なんて諦めてマッチでも擦ってなさいよ!」
「そうだそうだ! 大人しく文明を受け入れろ!」
などとはやし立てる。無視しておれがロウソクに向き合うと、パチンと指を鳴らす音がした。直後、おれの目の前が急に明るくなり、つづいて熱気が顔に押し寄せた。
ロウソクに火が――と思ったのもつかの間、大きく燃え上がった炎はかき消えた。
おれはとっさに、得意げな顔でこっちを見ている小田桐を睨んだ。
今の炎はやつの仕業だ。指ぱっちん一つで、離れた席にいるおれのロウソクにも火をともせる――だけでなく、おれの前の席にいる中居センパイのロウソクにも火をつけてみせたのだ。
「このやろー……邪魔すんなよな」
「いつまで経っても出来ないようですから、お手本を見せて差し上げたのですわ」
「余計なお世話ですー……今に見てろよ」
憎たらしいやつだが、特に嫌いというほどではない。
というか、純粋に羨ましいとさえ思う。
悔しいが、あっちは小三の時から魔法を習っている、おれより上の『三回生』。ここでは小田桐の方が先輩なのだ。
「まあまあ」
と、後ろから肩を叩かれる。
振り返ると、この中で一番の年長者の
「ついこのあいだ始めたんだから、ね。出来なくても仕方ないよ。小田桐ちゃんと同じ期間だけ練習すればまた話も違ってくるかも、よ。案外、追い抜いたりする、かも」
中等部の三年生で、『三回生』。小田桐に唯一意見できるというか、対等以上の立場なのが紀平センパイなのである。優しいし、美人。この前、表の校舎ですれ違った時ちょっと挨拶したら、一緒にいた他の男子に羨ましがられた。
「集中しすぎると力が入るから、ね。もっと頭ふわーって、してみなよ」
「ふわーって……」
おれが戸惑っていると、前の席の中居センパイが「出来た!」と声を上げた。振り返ってドヤ顔してくる。えー、ていう感じだ。
悔しいし、一人だけ出来ないことがちょっと恥ずかしいが――そう感じることや、小学生相手にムキになったりすることさえ、少し楽しいと感じる。
これまで部活なんかをやってこなかったのもあって、こんなふうに何かを上手くなりたいと思ったことがなかった。
頑張って、魔法を使えるようになりたい。
ゲームをする時と似た感覚だけど、こっちは現実だ。データが消えてリセットされたりはしない。頑張ったぶんだけ上手くいくという保証もないけど、確実に何か、これまで出来なかったことが出来るようになるのだ。
だから、もっと練習したい。出来るなら家でもやりたいが……。
今だってハルラ先生が見守っているから実習が許されているのだ。にこにこしているだけで何も教師らしいアドバイスはくれないが……。
数日後、来る連休――この『魔法塾』のメンバーで合宿が行われる。
そこでは自由に、一日中魔法を使ってもいいらしい。
今から楽しみで仕方がない。
……今に見てろよ小学生ども……! 合宿で超レベルアップしてやるからな……!
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