ハイド・アンド・シーカーズ

人生

第1話 少年少女のオモテとウラ




 中等部に上がってからというもの、学校がちょっとだけ好きになった。


 けれども、教室に入った瞬間、早くも帰りたい気持ちに襲われた。


 クラスメイトの顔ぶれも、初等部の六年間でちらほら見たやつばかりで新鮮味もないし、この学校では初等部から制服だったので服装にも変化なし。校舎も教室も変わったが、中身はほとんど変わっていないのだ。


 仲の良い連中同士で昨日見たテレビの話題で盛り上がっていたり、よほどヒマなのか大人しい女の子にちょっかいをかけては喜んでいる女子グループもいたりする中、おれは顔を伏せるようにしながら真っ直ぐ教室の隅へ向かう。


 その途中に「おっす、結城ゆうき」とか声をかけられるくらいには友達もいるが、おれは適当に返事をすると自分の席に座って、眠そうにあくびなんかをして見せたりして、そのまま机に突っ伏して死んだふり。


 ……近くの席から聞こえてくる女子たちのやりとりが聞こえないように、耳を覆うようにして腕の中に顔をうずめ、ただただ時間が過ぎるのを待つ。


 ゲームでもしたいところだが、この学校は原則スマホ禁止で、下手に触っているところを誰かに見られてああだこうだ言われたくはないので危険は冒さない。例の女子グループもスマホを触っていればいじめなんかせず大人しくしているのではないかと思うので、これは百パー学校が悪い。


 いじめる側も学校も悪いが、いじめられる側も運が悪かったのだ。


 ……とかなんとか考えながら、気を逸らす。


 女子たちの問題に男のおれが手を出すべきではないし、この中等部一年のクラスになぜか一人だけいる年上の男子も無視を決め込んでいるのだから、一般人のおれがどうこうするのもあれだと思うので。


 嫌な気分を覚えながらも、おれは周りと同じように何もしない。ただただ先生がやってくるまで息を殺して死んだふりを続けている。


 やがて担任がやってきて、朝のホームルームが始まって――


 中等部に上がってからというもの、授業も少し好きになった。


 変わったことといえば算数が数学に、理科が科学にと名前くらいのもので、まだまだ始まって一か月かそこらなので特に難しいとは感じていない。六年の算数からの順当なレベルアップという印象。これからどんどん意味不明になるかもという不安が、授業に挑む姿勢に緊張感を生んでいる。


 ともあれ、授業を受けているあいだはみんな静かだ。教師の声を聞いているだけでいい。考えることも授業のことだけ。本気で眠くなってはくるが、ただイスに座っていれば時間は流れる――




 そして、放課後がやってきた。


 いつもならすぐに教室を出るのだが、本日は残念ながら日直だった。

 しかも運の悪いことに、ひじりミカと一緒の当番だ。

 例の、いじめられている子である。


 ……別に、おれが何か悪いことをしているわけでもないんだけど、なんだか一緒にいるのがとてつもなく気まずい相手だ。


 彼女がどうしていじめられているのか、詳しくは知らない。理由なんてないのかもしれない。


 聖は特に美人というわけでもないし、成績が良いとか、運動ができるといったこともない。眼鏡をかけていて、長い髪を後ろで一つに結んでいる。地味で目立たない、陰気な少女だ。そういう意味ではではあるんだろう。やっぱり単に運が悪かっただけかもしれないが――


 聞くところによると、一年前の事件が関係しているとか、いないとか。


 一年前、この学校の生徒が何名か失踪した。聖ほか数名はそれで一躍有名人。一か月後に見つかったあともみんなの話題をかっさらっていった。その事件の真相は不明で、今ではもう誰も気にしていない。

 ……けっこうな大事件だったと思うのだが、思えば当時もそこまで騒ぎにはなっていなかった気がする。おれたち子どものあいだではそれなりに盛り上がったものだが、テレビなどで取りざたされてはいなかった。不思議な話だが、それはともかく。


 失踪事件の被害者ということで、聖ほか数名は一時期ちやほやというか、みんなの関心を集めていたのだ。それが気に食わなくて、いじめになった……みたいな感じなのだと思う。


 ともあれ、おれはそんないじめられっこの聖ミカと会話もなく、日直の仕事をてきぱきと片付けた。


 そして一緒に教室を出て、廊下を歩く。


 ……たまたま行き先が一緒なだけで、これは完全な偶然だ。こんなところを誰かに見られたら、という心配もうっすらあるも、それで付き合ってるだのなんだの言うほど、みんな子どもではないと思いたい。


 それに、おれたちの進む先からはどんどんひと気がなくなっていく。


 向かったのは、中等部の教室がある新校舎とは別の、旧校舎と呼ばれる古い建物だ。誰もいない、放課後にうろうろするには薄気味悪いスポットである。


 そんな旧校舎の片隅に向かって、おれと聖は気まずい空気を引き連れながら進んでいる。


 ……いやまあ、気まずいのはおれだけで、聖の方はといえばそそくさと先を歩いているんだけど。


 どうしておれが聖のあとを追っているのかといえば、これから授業があるからだ。


 いくつも並んだ空き教室の一つ――机もなければイスもない、空っぽの教室。


 聖がその教室に入る。ドアは開きっぱなしで、あとから追いついたおれが中を覗き込むと、やっぱりそこは無人だった。




 この学校、私立アンジルス学園は少し変わっている。

 初等部と中等部、つまり小学校と中学校が一緒になった小中一貫校という点もそうだし――選ばれた生徒だけに開かれる、特別な教室があるという裏の顔があった。


 誰もいない教室の、敷居をまたぐ。


 その瞬間、目の前の景色はまったく別の――さっきまでは感じなかったひとの気配に溢れた、まったく別の教室へと姿を変えた。


 そこは「表の学校」が終わった放課後に始まる、「裏の学校」――


 通称、『魔法塾』。


 魔法使いを育てるための、魔法学校だ。



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