11「ポップコーン」

 最前列の座席を盾にしていた私は銃声が止むのを待ち、中央ブロックから体を出した。

 右側通路で膝立ちになり、座席の間から銃口をこちらに向けている小柄の組員に向かって発砲する。2発撃ったが、一発は一人の組員の胸部を貫き、もう一発は隣にいた別の金髪の組員の右肩を貫いた。

 胸部を射抜かれた組員はうめき声を上げ倒れ、彼からのハウリングは止んだが、金髪の組員は撃たれた箇所を押さえ、ハウリングを発しながらうずくまっただけだった。

 体を出し発砲した私に向かって右側通路にいる組員達が何度も発砲してくる。私はすぐさま、体を右側通路から右ブロックの最前列から二番目の座席へ飛び移り身を伏せるが取り残された髪の毛先が回転する弾丸に掠った。その間も組員達の銃撃は止まない。


 あと17人。右側通路付近には7人、中央ブロック付近には6人、左側通路付近には4人の組員がいるのが確認出来た。

 私は座席を3つほど乗り越え、組員達のいる方へ迫る。一人のスキンヘッドの組員が私のいる列まで迫って来た。

 迫ってきた組員は通路から銃口を向けてきた。彼から発されるハウリングがうるさい。顔をしかめながら私は彼に飛びかかり、左手に持っていたアイスピックで頸動脈をめがけ突き刺す。

「……っぐ」と声を漏らしながら倒れる彼が向けていた銃口が私の後ろの劇場の壁へと向けられ、2発ほど誤射された弾丸が壁を撃ち抜く。

 他の組員が発砲してくるが、頸動脈を刺され苦しむ組員を盾に前進し、盾にした組員の陰から銃を構え左側通路にいる組員2人の頭部を撃ち抜く。

 盾にしたスキンヘッドの組員の背中に他の組員が発砲する。

 いくつも銃弾が貫き、出血が溢れ劇場の赤いカーペットをより深紅に近付ける。私が抱えているスキンヘッドの組員はもうすでに息をしていない。亡骸になった彼を前に押し倒し、中央ブロックの座席へと身をかがめ走る。

 組員達の乱射は止まない。場内は乱射された弾丸によって椅子のクッションや壁から出た綿や糸くずが宙に舞い、スクリーンからの光がそれらに当たり、視界は悪くなっていく。

 中央ブロックへ移動した私はそのまま座席の間を通り、左側通路にいるピアスをした組員の一人に飛びかかる。飛びかかる寸前、彼が銃を構えるも私はその腕を両手で掴み、背負投げの要領で彼の懐に入り左手に持っていたアイスピックを順手に持ち替え、顎から脳に向かって突き刺す。鶏肉を突き刺しているかのような感触を手に感じる。

 彼の銃から弾丸が発射されるも射抜いたのは勿論座席のクッションだった。一番近くにいたもう一人の爬虫類のような顔立ちの組員がこちらに銃口を向けたが、その直前に私が発砲した銃弾によって頭部を撃ち抜かれ、ハウリングを落ち着かせながら倒れた。

 残り12人。弾はあと7発。弾倉に残っている弾は一発だった。


 アイスピックが顎に突き刺さった死体を押し倒し、床に転がる。その他の組員が左側通路に立っている私に向け一斉に乱射してきた。

 私は左側通路をスクリーン側に向かって走り、左ブロックの最前列から三番目あたりの座席にしゃがみ身を隠す。盾にしている座席に銃弾が何発もあたり糸くずや綿が舞い散る。私は弾倉にパーカーのポケットから出した弾を込める。一発ずつ丁寧に込め、それを5回繰り返した。スクリーンにはビルの屋上でバンドを率いて曲を演奏する女性の姿が映し出されていた。

 盾にしている座席から体を出し、中央ブロックにいる大柄の組員に向け発砲する。胸部と腹部に各一発ずつ銃弾が撃ち抜かれ、彼は倒れる。

 隣にいる組員に銃を向けるが、私に向けられた他の組員からの乱射に耐えきれず、私は再び身を伏せる。パーカーのポケットから最後の一発の弾丸を装填する。


「……ふぅ」

 一呼吸置いた私は今いる左ブロックから中央ブロックまで走り、一番近くの中央ブロックの座席の手すりを踏み台にし大きく跳んだ。

 宙で体をひねりながら縦に回転をして二度発砲する。一発は外れたが、もう一発は中央ブロックにいた細身の組員の頭部を撃ち抜く。そして着地の瞬間、逆手に持ち替えていたアイスピックで私の着地地点にいる金髪の組員の顔の側面を突き刺す。

 中央ブロック後方の座席の間に着地した私は膝立ちでしゃがんだ。私の後ろで倒れている金髪の組員の呼吸が荒くなり徐々に息が弱くなっているのが聞こえた。


 左を向くと通路から長髪の組員が私に向け銃を構えていた。

 私はそのままクラウチングスタートするように低い体勢で目の前の組員に迫る。彼は私に向け発砲したが、その銃撃は私のスピードには追いつかなかった。

 距離を詰めた私は彼の右膝をアイスピックで突き刺す。さらにバランスを崩した彼の胸部に向かって、私は裏拳を食らわすように体を回転させた勢いでアイスピックを突き刺す。そして私はアイスピックを両手でしっかりと握り込み、彼の胸部を右から左へ引き裂く。

「……うっ」と声を漏らし、吹き出す血飛沫の反作用に逆らうことなく彼は座席に背もたれに乗るように倒れた。

 胸からの出血で彼の白いYシャツがじんわりと赤く染まっていく。しかし、映画館の暗闇ではそれが赤いのか黒いのか、それとも透明なのかは張本人である私以外には判別できないだろうと思った。

 彼の荒くなった呼吸が徐々に静かになっていくのを聞いていると命が消えていく過程をじっくり観察している気がして、気分が悪くなった私は目を背けた。


 右側通路にいた眼鏡をかけている組員が私に銃口を向ける。

 3発撃った銃弾の内、2発の銃弾は自らの意思で私を避けるように座席を貫いた。しかし最後の一発が私の左肩を撃ち抜く。

 衝撃で左肩が後ろへ引っ張られるように体勢が崩れる。その衝撃の後で傷口の出血に気付く。痛みはそれから現れた。私は顔をしかめる。

 左肩の傷口を押さえながら、発砲した眼鏡をかけている組員へ迫る。彼の懐まで走り、左足を踏み込み、彼の右手に持っている銃を目標に右足で蹴りを入れる。彼の手から銃が吹き飛ぶ。さらに右足が床についた直後、さらに私はもう一度左足で踏み込み、右足で彼の顔面に蹴りを入れる。彼の顔が、私の右足によって強制的に天井を仰ぐ。同時に彼の上空には、彼の鼻から出た血液と折れた歯が2つほど舞った。そして、私は彼の胸部にアイスピックを突き刺す。そのまま後ろに倒れる彼から吹き出した血液が私の頬に付着した。


 私が頬の血液を拭いながら目線を上げると、右ブロックにいた5人の内2人が私から距離を取るために中央ブロックへ移動するのが見えた。残った3人の組員が右側通路にいる私に向け銃を乱射する。

 私は右ブロックの一番近い座席の間に前転し身を隠す。先ほどの撃たれた左肩の傷が痛む。

「……くそ」

 思わず声が漏れてしまった。左肩の傷の痛みよりも避けれるはずの銃弾を受けてしまった失態と服が汚れてしまった落胆の方が私の身体に大きな痛みを与えた。白のパーカーの左肩部分が血に染まる。

 私は場内後方にいる組員達の方を向き、座席の背もたれを掴み、一つ前の座席の間に飛び移る。それを素早く3回ほど繰り返し、徐々に組員達と距離を詰める。

 先ほどよりも銃の乱射が落ち着いているのが気になった。何度も乱射しているためか彼らの残りの銃弾が少ないのだろうかと私は憶測する。


 一番最後に移った座席の列の間には、私から1mほどの距離を保ったままサングラスをかけた組員が銃を構えており、うるさいハウリングを放つ彼に向かって飛び込み右膝で顔面に飛び蹴りを食らわす。

 彼は私の右膝を両手で防ぐも耐えきれず座席の間の床に倒れる。しかし、彼は倒れ込みながら銃を私に向け発砲した。

 三度ほど発砲されたところで、私は銃を構えた彼の腕を右肘で掴み、右脇で抱え込む。そのまま左手のアイスピックで彼の眉間に突き刺した。

 硬いものがぶつかり合う音が聞こえる。アイスピックがサングラスを突き破り、骨を貫通したのが分かった。

 彼の眉間に刺さったアイスピックから手を離し、床に寝ている彼の頭をアイスピックが深く脳に届くように踏みつける。アイスピックが脳に貫通したであろう、粘着質な音が聞こえた。彼の脱力した首は重みのある頭部を左に向かせた。

 彼が顔を左に向かせると、それと同時に眉間に深く突き刺さったアイスピックの持ち手が床にあたり、コツンと音を立てる。


 私は屈み、床に転がっている銃を左手で拾った。彼の銃は「コルト・ガバメント」と呼ばれるオートマチック式の拳銃だった。

 私は座席から体を出し、左手には先ほど拾ったコルト・ガバメントと右手には林のリボルバー式の「M19」を両手で構えた。

 私は右ブロック後方から乱射してくる2人の組員に手に持った二つの銃を向ける。私も彼ら組員達にならい、乱射する。

 左手の銃から4発、右手の銃から2発発射させた。右ブロック後方にいた組員達の頭部に命中し倒れる。


 中央ブロックにいた残り5人の組員が乱射して来る方向を向く。

 再び身を隠し、乱射が落ち着いたところで身を出し、私は両手の銃を乱射する。一心不乱に乱射したため、発砲した回数は数えていなかったが、右手の銃が二度発射した後に弾倉が空になり、撃鉄のみが動いているのが分かった。しかし、御構い無しに乱射を続ける。

 実際発砲しているのは左手の銃のみだったが右手の指も勝手に動いてしまう。右手の銃の撃鉄が何度も空を打つ。銃声がうるさい。音に集中しないことだけを意識し乱射を続ける。

 何人もの組員達が呻き声を上げながら、うずくまり倒れる度に、徐々に彼らの乱射が止んでいくのが分かった。


 左手の銃も銃弾が無くなったようでトリガーが軽くなる。銃声が鳴り止んだ場内を見渡すと、座席に倒れこんだ組員達の中で動く気配がした。

 ──まだ生きている人がいる。

 呼吸音からすれば組員が一人だけ生存しているのが確認できる。幸いというべきか、残念ながらというべきか、彼にとってどちらの言葉を使うのが適しているだろうか。

 それは全て私のこれからの行動にかかっているのかとふと気付いてしまい、最後に残ったあそこでうずくまっている組員の最期をどうしたものかと困ってしまった。


 私は両手に持った二つの銃をパーカーのポケットにしまい、床に転がった死体の眉間からアイスピックを抜き拾おうとしたが、思ったよりも深く突き刺さっていた。

「……抜けない」

 死体の頭を右足で踏み、支えながら両手でアイスピックを抜き取った。

 周囲を見渡すと並んでいる座席の背もたれと畳まれている座面はボロボロになっており、場内は座席から飛び出た無数の綿と糸くずが、場内を漂う銃の煙をドレスのように身に纏い舞っていた。

 深呼吸した私は埃臭い匂いと煙臭さで咳き込んでしまった。


 その時だった。

 座席の背もたれを掴み立ち上がった生き残った組員は、私に銃を向け発砲する。

 しかし、彼の持つ拳銃には銃弾が入っておらず、場内にはスクリーンに映し出された男女が言い争う声と、彼の銃から発せられたやるせない金属音が鳴り響くだけだった。

 私はゆっくり彼に近付く。

 彼は私から逃げようとするも近くにあった組員の死体が足に引っかかりうまく抜け出せていなかった。私は中央ブロックの座席の背もたれに飛び移り、背もたれの6〜7cm程の幅をゆっくり歩く。座席の背もたれを歩く自分の姿が、まるでパリコレに出ているモデルのような歩き方をしていることに気付き、少し恥ずかしくなる。

 彼は必死に足元に絡まった死体から抜け出し、私から距離を取ろうとする。しかし、私の方が速かった。死体から足が抜けた瞬間を見計らい、私は一気に距離を詰める。

 座席の背もたれの上で側転をした私はその勢いのまま彼に飛び掛かる。

 彼に肩車をされる形で飛び乗った私は彼の顎と後頭部を抱え込み、首を思い切り右にひねる。バキッと嫌な音がしたが、それを耳には入れず、さらに彼の顔が後方の肩車している私の腹部を向くようにもう一度ひねった。

 完全に真後ろを向いた彼の顔からは泡が吹いており、黒目は力なく上を向いていた。数秒前まで「彼」であった物は、脱力しその場で膝から崩れ落ちた。そして私は「彼」だった物に手に持っていたアイスピックをしっかりと握らせた。


 まだ銃声のせいで耳鳴りがしたが、先ほどよりは少し楽になっていた。

 スクリーンからの光が私の右の顔面を照らした。私の心拍が78回/分と落ち着き始めたことに気付いたのは数多のハウリングとノイズが止み、映画の音楽が少しばかりの休憩に入ったせいだった。

 静寂とは呼べないのはまだノイズやハウリングやらが残響として残っているからであり、少しずつ静けさを取り戻した場内を見渡し、ふと足元を見ると売店で買っていないはずのポップコーンが一つ落ちていることに気付く。私はもう一度顔を上げ場内を見渡す。

 私の目には、Lサイズの容器からこぼれ落ちた22個のポップコーンが劇場のいたるところに散乱しているような光景が映っていた。


 私は適当な死体の洋服からスマホを取り出し、持ち主の指を使い指紋認証でスマホを開いた。電話のマークが描かれたアプリをタップする。

 ダイヤルキーが現れ、私の親指は1と1と0を押した。耳に当てたスマホから男性の声が聞こえる。

「事件ですか? 事故ですか?」

「じ、事件だと……思います」

 私はわざと声を震わせる。

「どうされましたか?」

「え、映画を見てたら……男の人たちが、銃で撃ち合いを始めて……」

「銃ですか? 怪我はありますか? 場所はどこですか?」

 私は応答した警察官に場所などの尋ねられた情報を答える。


 数分後にはパトカーと救急車のサイレンと共に警察官が劇場に2名ほど入ってきた。そして劇場に足を踏み入れた二人の警察官のうちの一名が現場を目の当たりにし「……すごいな、こりゃ」と呟いたのが聞こえる。そしてもう一人の警察官は肩についた無線で応援の警察官を呼んでいた。

 さらに数分後、新たに2名の警官が劇場に入ってきた。どうやら劇場の外ではもっと多くの警察官、救急隊とパトカー、救急車で溢れかえっているようだ。

 私は劇場の右側通路にしゃがみ込み、床にM19を置き、両手でコルト・ガバメントを持ち、ヤクザの抗争に出くわし腰を抜かした23歳女性を演じていた。座り込む私にやっと気付いた警察官が「大丈夫ですか?」と声を張りながら私に近寄ってくる。

「大丈夫ですか? 立てますか?」

 私は急に話しかけられ両手で持った銃を警察官に向ける。

 発砲しようとするもカチャカチャッと虚しい金属音を発させ、弾が入っていないことをわざと警察官に見せた。

 身を伏せた警察官は銃が空だということを理解したようで安堵の表情を見せた。そのまま脱力させた両手から銃を落とし、体を震わせ座席の手すりを掴み立とうとするも、うまく足が動かない風を装い、話しかけてきた警察官の手を借りた。

 私の左肩の出血を見た警察官は近くの警察官を呼び救急隊を呼ぶように伝えた。

「歩けますか?」

 尋ねる警察官の質問が耳に入っていないように見せ、左肩の傷が痛む振りをした。

 その場で座席の側面を背にし座らせられた私は俯き、呼吸を荒げ、誰からも質問を受け付けないような空気を作った。他の警察官は転がっているいくつもの死体を眺めている。

 警察官達は一様に「どうしたものか」と頭に浮かべているようだった。

 

 その後、救急車に乗せられ近くの大学病院へと搬送された私は、数日後に事情聴取を受けることになった。

 左肩の傷よりも心因的な傷の方が深いと判断したのだろう。大学病院では傷口への処置としての抗生剤の他に、入眠導入剤が処方された。私にとってそれは余計なお世話だったが個室にしてくれたのは幸運だった。

「G.O.」の病室とは違い無機質な印象を受けないのは真っ白なスーツを着た人間が存在せず、看護師や医者から柔らかい印象を受けるからだろうか。本来は安堵するはずだったが私にとっては白いスーツをきた人間がいないことの違和感の方が強く、なんとなく居心地が悪かった。


 一日が過ぎ、事情を聞きつけた佐藤家の皆が見舞いに来たが、伯父さんだけは来なかった。しかし、伯父さんとスマホで連絡を取っていた私は、石橋組が壊滅状態に陥ったことを伯父さんから聞いた。

 私が殺した奴らは全員が石橋組の林派の幹部だったらしく、佐渡派から林派に移った幹部もいたらしい。つまり佐渡と林と主要な幹部を失った今、石橋組は組長と2〜3人の幹部しかいないとのことだった。

 私が壊滅させたということになってしまったが、申し訳ない気持ちよりも伯父さんからご贔屓にしている発注先を壊滅させてしまったことで怒られたりはしないか、心配な気持ちでいっぱいだった。


 左肩の傷の痛みが弱まってきた2日後には二人の警察官が病室に来た。一人はパンツスーツの上に茶色いコートを羽織った20代後半の女性、もう一人はジーンズと白のTシャツに黒のジャンパーを羽織った50代前半の男性だった。

 警察官の中でも威圧感がなく人当たりがいい人材を選んだのだろう。ベッドに座る私に対しての彼らの口調は穏やかだった。

 女性警察官が口を開く。

「具合どうですか?」

 ほんの少し間を置き、視線をそらしてから私は答える。

「……まだ少し痛みますが、だいぶ良くなりました」

「これから先日の通報してくださった事件についての事情聴取を行いたいのですが、短時間で切り上げますので差し支えなければご協力頂いてもよろしいですか?」

 その言葉を聞き、私は少し黙り俯く。

「また日を改めましょうか?」

 男性警察官が私の顔を覗き込み伺う。

「……いえ、大丈夫です。捜査の、為ですから」

「ありがとうございます。ご協力、感謝します」

 男性警察官がお辞儀したのを見ていた女性警察官は男性警察官と同じような角度までお辞儀した。

 上着を脱いだ女性警察官は病院が用意した見舞い用の丸椅子に腰を掛けた。男性警察官は後ろの壁にもたれかかっていた。

 事件当初の私の足取りを女性警察官が話す。それは私が通報した時に話した内容と救急車に乗るまでに付き添った男性警察官に話した内容と同じものだった。

「はい、間違いありません。急に後ろから銃声がして……」

「それから?」

 質問の舵をとったのは女性警察官だった。

「それから……、私はずっと座席の下に隠れてたんですが──」

「移動した?」

「はい、匍匐前進みたいな感じで……。それで」

「それで?」

「……よく覚えてないんですけど、たくさんの銃声と男の人たちのうめき声みたいなのも何回か聞こえて……、私は頭を抱えながら通路に出たんです」

「なるほど」

「それから、目の前に銃が2つ落ちていて──」

 女性警察官は少し眉を上げ真剣な顔つきになる。

「それを手にとったんですか?」

 私は静かに頷く。それから女性警察官の方を向く。

 私の目を初めてちゃんと見た女性警察官は私の目の奥の深淵を覗いたようで目が泳いだのが分かった。

 泳ぐ彼女の深淵に、私も触れる。

「……でも撃ってみたんですが、二つとも弾は入っていなかったみたいで」

「二つとも手に取ったんですね?」

「はい。弾が入ってなかったんですけど威嚇にはなるかなって思って持ってました。そしたら近くに棒みたいな物が転がってきたんです」

「棒?」

「はい。あの、なんだろう……、先端に針の刺さったやつ」

「アイスピックみたいな?」

 女性警察官はほんの少し目を見開き、声のトーンが少し落ちた。心拍は95回/分と上昇している。

「ええ、そんな感じです。それを手に取ったと思うんですが」

「それをどうしたんですか?」

「いつの間にか手放してました。多分その時ここを撃たれてしまって」

 私は自分の左肩をさする。

「痛かったでしょう?」

「……はい、でもびっくりしたことしか頭になくて。気付いたら撃たれてたって感じで」

 女性警察官は小さく頷く。哀れみの表情が見て取れた。

「それからずっと身を隠してました。肩が痛くて動けなくて。誰かか近付いてきたら銃で撃ってしまえって思って。弾は無いことは分かってたんですけど」

「それから110番に通報をして、警察官に声をかけられたんですね?」

 私は小さく頷いた。それからは終始左肩をさすり、俯いていた。

「驚いてしまって、警察の方に銃を撃ってしまいました。弾が入ってなくて良かったです。……すみません、少し疲れたので横になってもいいですか?」

「ええ、もちろん」

 そういった女性警察官は丸椅子から立ち上がり、後ろにいた男性警察官と小声で話した。私は横になりながら耳に集中する。


「大体の供述は合ってますね」

「ああ、二つの銃からの指紋とアイスピックからの指紋の説明もつく」 

「もういいんじゃないですかね?」

「だな。さすがに女一人が組の幹部、十何人を相手には出来ないだろ」

「まぁ、誰も初めから疑ってもいませんしね。彼女の負担になりそうなのでもう切り上げます」

 男性警察官は小さく頷いた後で「では失礼しました」とお辞儀をし病室から出て行った。続けて女性警察官も口を開く。

「ご協力ありがとうございました。何も無いと思いますけど、また何かありましたらお伺いしますので連絡先をお教え願えますでしょうか?」

 女性警察官からメモの切れ端とボールペンを受け取った私は、横になりながら電話番号と住所を書いた。

 正直に本物の電話番号と住所を書いたのは、偽物を書いたことがばれてしまう方が厄介だったからと言う思いが半分と、もう半分は単に偽の電話番号と住所を考えるのが面倒くさかったからだ。

「ではこれで失礼します。お大事に」

 女性警察官はお辞儀をし、病室を後にした。

 私はちゃんとか弱い被害者を演じれただろうか。

 気にはなったが誰かに聞くわけにもいかない。私も先ほどの女性警察官のように凛々しい芯のある素直な声で話すことが出来るのだろうかとぼんやり思いながら、ベッドで横になった私は自分の深淵を閉じることにした。

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