第3話

「はいじゃあ、そんな訳で、解散!」


委員会が終わって、人々がまだらに教室を離れる中、私と木下さんは最近の映画の話をしていた。


「あの映画もう見た? 木下さん。」


「え、まだ見てない! 興味あるの? 一緒に見に行こうよ!」


「いいね。私も行きたいと思ってたの。」


私はまるで水を得た魚のように弾んでいた。あまりに嬉しくてつい喋りすぎてしまう時もあったけれど、木下さんは優しく受け止めてくれた。


「宮下さん。ちょっと、飾り物取りに行かなきゃでしょ?」


「あ、ごめん……。じゃあ行こっか。」


木下さんの笑顔を見ながら、私たちは生徒会室へと向かった。


「来週の日曜日さ、映画一緒に見に行こうよ。」


廊下で歩きながら木下さんが呟いた。


「え、いいの? 私なんかで」


「私なんかって言わないでよ。普通に楽しくいきましょう?」


「う、うん。」


歩いていると、生徒会室の前についた。生徒会室の鍵は空いていたようでガラガラとドアを開けて中に入った。


「とりあえず探してみよっか。木下ちゃん。」


「そうだね。」


 生徒会室の中は私が漫画で読んだようなきらびやかな場所ではなく、むしろ事務的な倉庫のような場所で少し残念に思った。探していると、上の棚の方に「歓迎会飾り用」と書かれたダンボールを見つけた。


「あ、これかな。」


 そう思ってダンボールの角をつかみ下に下ろそうとすると、手に強い重みを感じた。


「これ……重い。」


「ん? 待って! 一人じゃあ危ないよ!」


「え……? って、あっ!」


 木下さんの方を向いた瞬間、ダンボールのバランスが一気に崩れて、ひっくり返ってしまった。ダンボールは私の頭の上で破裂し、折り紙やら花紙が大量に出てきた。私はそのまま体勢を崩し、腰から転んでしまった。


「いたた……。」


「大丈夫!? 怪我はしてない!?」


 慌てて木下さんが駆け寄ってくる。


「うん……。ちょっとぶつかっただけだよ。」


「それなら良かった……! もー、次からは気をつけてよね!」


 木下さんはほっと胸を撫で下ろすと、辺りの惨状を見た。


「とりあえず、急いで拾っちゃおう。二人でやればすぐ終わるよ。」


 そう言うと、木下さんは私の方へ手を差し出した。


「あ、ありがとう。」


 私はそのまま彼女の手と繋ぎ、立ち上がった。その時、木下さんの手はとてもひんやりしていて、どこか生々しかった。


 拾い集めてからしばらく時間が経過して、何とか全てを拾い終わった。時計を見ると時刻は既に十八時をこえていた。


「とりあえず拾い終わったね。良かったよかった。」


「わざわざありがとう……。ごめんなさい……。」


「そんなに気にしないでね紗夜ちゃん。こういう事はよくある事だよ。」


 彼女の優しさにほっとする一方、こういう所が人を惹き付けるのかなとモヤモヤとする気持ちもあった。


「そういえば、雨降ってるね。傘持ってきた?」


「あ、実は忘れちゃったんだ……。」


「あらら……。」


「でも、このくらいの雨なら帰れるよ。」


「そ、そっか……。にしても、最近雨多いね……。」


「もうそろそろ梅雨の季節になるからね……。宮下ちゃんは雨嫌い?」


「嫌いじゃないかな……。なんか落ち着くし。」


「ふーん。そうなんだ。」


「木下さんはどうなの?」


「んー……。まあまあかな。」


 そんな雑談をしながら私たちは飾りの入ったダンボールを先生に渡して帰る事にした。渡した後、学校玄関まで行き、靴を履き替え外を見ると、この数時間で雨は強くなり、風も吹き荒れていた。どうしようか考えていると、木下さんに話しかけられた。


「雨思ったより強くない……?」


「確かに……。」


「一緒に入る……?」


「いいの……?」


「……うん。」


 学校の帰り道、私は木下さんの傘の中に入れさせてもらった。雨は想像以上の土砂降りで、傘の内側からぽつぽつと雫の音が聞こえた。私はこういう音が好きだった。理由は一つ。何も考えずに聞けるから。他の事に気を遣う必要がなく、ゆっくりとノスタルジックな気分になれる。学校の帰り道の通学路。アスファルトの道を歩くと、溜まった雨のぴしゃ、ぴしゃという音と音に水が跳ねる。通学路の周りには私たち二人だけしかいなくて、雨が周りの音を遮断して、二人っきりでお喋りをしていた。


「転校生って凄くない?」


 そう木下さんは喋った。


「転校生ってさ、今までの学校生活が無かったかのように新しく違う所で過ごすじゃん。これってさ実質二人人間がいるみたいじゃない?」


「あ、何となくわかるかも。」


「例えば、前の高校で友達沢山いて充実してたって子だとしてもやろうと思えば転校した後友達を作らない一匹狼みたいになることも出来るんでしょ? これって凄いと思わない?」


「んんん……。でも、それは理想だと思うな。木下さん。」


「何で? 紗夜ちゃん。」


「だって……、元々人間関係って、その人の性格による物じゃん。多少それっぽくやったとしても、そんな続く物じゃないと思う。」


「あー、確かにね。」


 木下さんはこちらを向きながら頷いた。一見すると納得しているようだったけど、どこか腑に落ちないようにも見えていた。


「でも、理想だけでも私は凄いなーって思う。私は理想でもやろうと思えば叶うと思うんだ、宮下ちゃん。」


 木下さんはそれでも嬉しそうにこちらを向いていた。木下さんの目はきらきら輝いていて、雨なんか吹き飛ばしてしまうんじゃないかとさえ思った。


「うん。そうだね。」


 でも、実際に吹き飛ぶ事なんて無いわけで、私たちはそのまま通学路を帰っていった。


「いやぁ、にしても帰り道が一緒だったとは以外だったよ……! これからも一緒に帰れるね!」


「え、これからも一緒に帰るの……?」


「あ、悪かったかな……? 他に帰る人がいるとかなら別に構わないけど……。」


「いや、そんな事はないけど……。凄いフレンドリーだなぁって。」


「気に障ったならごめんね……。やっぱり人と仲良くなる時は自分から積極的に行かないとだと思うんだよね。しかもあれじゃん、私たち同じ転校生でしょ? 転校生トークとかしてみたいし。」


「……。やっぱり、嫌だったかな?」


「いや、そんな事ないよ! 私でよければよろしくね!」


「よかったぁ! 紗夜ちゃんは優しいね。」


「そ、そうかな?」


「そうそう凄い優しいよ! うん!」


「あ、ありがとう。」


「でさぁ、聞きたいことがあるんだけど、宮下ちゃんって元はどこの高校ー」


 木下さんの会話はとても面白くて、自分が今まで思ってた転校生の不満だったりが噛み合って、最高に楽しいと思えた。最初は木下さんを毛嫌いしてたけど、気を遣わないで、互いに楽しめる。そんな感じがした。そうやって歩いていると、一つの十字路に着く。


「私こっちの道だから、じゃあね。」


 ふと私は思った、この気持ちを伝えたいって。


「あ、あの……、木下さんと話して、凄い楽しかった。ありがとう。」


「え……。嬉しい! ありがとう!」


 しどろもどろな言葉に彼女はまた喜んでくれた。


「じゃあね! また明日!」

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