第2話

 最初見た時、これは私と違うんだろうなと半ば確信した。だからこそ、あまり関心は無かったし、話しかけることもなかった。


 けれど、日がすぎるにつれてだんだんとそれは変わっていって……。


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「いきなり誘ってごめんね。迷惑だったかな?」


「いや、別に用事とかないから大丈夫だけど……」


「それなら良かった! 宮下さん、一緒に頑張ろうね!」


「う、うん……。」


 流れに押された私はその流れに身を任せるように、委員になってしまった。しばらくはざわつきが心をずきずきと刺してきたけれど、少ししたら落ち着いた。木下露は授業が終わると私のもとへと駆け寄ってきて、話しかけてきた。


「私、宮下さんの事よく知らなくてさ、ほら、同じ転校生同士でしょ? なのにあんまり仲良くなれてないのちょっともやもやしてたんだよね。どう宮下さん? ねえ紗夜ちゃんって呼んでもいい?」


「あ、うん……。」


 あまりのマシンガントークに私は硬直してしまった。木下露はずっと目を光らせて、くりくりとした輝きを放ち続けていた。これがクラスの中心たる者かと内心かなり怯えてしまっていた。ずっとテンションの高い声ですらすらと言葉が産まれていく。こういう距離感が掴めれば私も同じようにできたのかもしれないけど、出来るわけないしやりたいとも思わない。私は少し木下露が恐ろしく感じてもいた。


「ねえせっかくだからLINE交換しない? 色々連絡とかあるだろうから。」


「あ、いいよ。」


 そう言ってすぐに自分スマホを出すと、木下露は手で持っていたスマホでLINEを開き始めた。スマホの透明なケースには指の隙間から友達と撮ったプリクラが見える。私はそれを見ながら心がごわごわと荒れ始めていた。ああ、充実してる。嫌だ。根暗な自分が心の中で叫んでいた。幸せを妬む自分も嫌だった。友達交換が終わると、「ありがとう」とぼそっと呟いて、じゃあまた明日ねと居なくなってしまった。何もかも、理想すぎて自分には到底真似出来ない。私にとって木下露はまるで嵐のように過ぎ去っていくのだった。いきなりの事象を噛み砕くためにしばらく机で休んでいた。


 帰り道。雨の中、私は駅に着くや否や本屋に直行した。沢山の本が並び、静かな環境。乾燥した空気で改めて自分の身体を一新して、ゆっくりと本を見始めた。今の自分に本が必要なのは私がよく知っていた。色々と新著が並ぶ欄を見ていると、自分の好きな作家を見つける。ああ、これこれと右手を伸ばすと、知らない人と手が当たった。


「あ、すみません。」


 そう言いながら右を向くと、そこには茶色のツインテールがあった。彼女はぽかんとした顔で「え」とだけ呟いた。


「あ、同じ駅なんだ。」


「そ、そうなんだ……。」

 

 突然過ぎて、木下露は嬉しそうというか気まずそうというか、顔に「気まずい」と書いてあるような顔で笑っていた。私は多分凄い顔をしていたと思う。この瞬間ならムンクの叫びに張り合えるかもしれない。すぐにもその場から離れたい私はぎこちない雰囲気で


「じゃ、じゃあ私これで……」


「いや、待って。」


 と手を引き止められてしまった。私の右手を掴んだ木下露の左手は雨のせいもあるけど、ひんやりとしていて、背筋がぴしっとなる気がした。


「紗夜ちゃん。この本興味あるの?」


 木下露の目はやはり星のようであったけれど、なんだか、少し暗いというか、落ち着いた光を放っていて、それを見て私は漠然と何か惹かれるような感覚がした。


「うん。まあ、好きだけど。」


「わ、私も、好きなんだよね。」


 ぎこちない顔でそう笑った時、木下露、木下さんはそのまま手に取った本で口元を隠した。


「木下さんって、本読むんだね。」


「まあ、あんまり分からないんだけれど、なんか読んでると楽しいかなって思うんだよね。」


「どういう本読むの? 木下さん。」


「えー、有名な本は色々読むよ。でも最近の人は読まないかも。古い作家とかが多いよ。」


「そうなんだ、意外。」


「えー? でも、紗夜ちゃんも意外だよ。こんなに話しかけてくれるって。」


「え?」


「教室の時、ちょっと紗夜ちゃんあんまり話してくれなかったから。私ちょっと話しすぎたのかなって思ったし。」


「あ、それは……ごめん。」


「まあそれでもいいけどね。」と笑みを零した木下さんを見て、ぼんやりとした輝きのような目線が何か親しみの近いものになった気がした。私は木下露に親近感を湧いていたのだ。

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