六月の梅雨は彼女を嘲笑う

死神王

第1話

 雨が嫌いだ。


 雨が降っていると、本当は明るいはずの世界がどんどん真っ暗になって惨めになってしまう。


 そんなことになるのなら、死んだほうがましじゃないか。


 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 五月の春、落ち着いた明るい教室の中をクラスメイトの会話声がこだまする。


「ねえ見た? 昨日のドラマ。」


「うん、本当に良かったよね。」


「特にさー、あの俳優さんがかっこいいの!」


「わかる!本当かっこいい……!」


 みんなが雑談している中を横切って、私、宮下紗夜みやしたさよは窓際の自分の机に座ると、カバンから本を取りだして、読みながら朝礼を待っていた。その間、クラスメイトたちは私に見向きもせずに、会話を続ける。私は本に書いてある「孤独な私をどうか殺してくれ」という文章を読みながら、まるで私じゃないかと、嘲笑った。

 高校二年の四月、私は親の事情でこの高校に転校してきた。子供の頃から本を読むのが好きで、これまでずっと無心で本を読んできた。今読んでいた本の物語は蛙と姫の物語で、蛙になってしまった王子が姫に愛の誓いを立てるがその醜さに拒絶されるというもの。そして最後に一言言うのだ。「孤独な私をどうか殺してくれ」と。もしかしたら、物心なく蛙や虫を潰す少年たちも意外と道徳なことをしているのかもしれない。そう考えていると、想像の世界が現れて、私に私だけの特別な映画館を作ってくれる。想像の世界にこもった私はその代償のように人と関わるのが嫌になって、ずっと独りで過ごすようになっていた。

 でも、それにもだんだんと漠然とした不安を抱くようになった。まあ、死に至るような不安ではないのだけれど、本当に私はこれでいいのだろうかと悩むことも増えていった。それで、転校を機に友達作りに頑張ってみようと思った。正直やらなかっただけで、やればできると思っていた。でも、駄目だった。それで少し自分が、いや結構自分が嫌になって、またこうやって本に逃げてしまった。

 読み終わった本の栞の棒をぴーんと伸ばして遊んでいると、朝礼のチャイムが鳴った。その頃にはもう窓からじんわりと熱が漂ってきていた。


「毎年恒例の新入生歓迎会をする事になった。そこで、実行委員が二人必要になる。男女は問わない。誰かやりたい奴はいるか?」


 時は流れて、ぶっきらぼうな担任教師の声が響く六限のホームルームの時間。私は話に興味を示すことも無く、読み終わった本を見返していた。


「うーん……。」


「ちょっと難しいかな……。」


 クラスの中からぽつり、ぽつりと小声が聞こえてきた。私含めて、あまりクラスはそういう事に乗り気じゃなかった。すると、クラスに同調するかのように窓からもぽつり、ぽつりと音が聞こえだして、気づけば雨が降り始めた。


「まだ五月なのに、」


 と漏れた私の声すらも、雨に取り込まれて、ざー、ざーとした重い雨が降り始めた。クラスの雰囲気はさらに悪くなってしまって、


「ううん。困ったなあ。」


 先生すら、雰囲気に飲まれ、腕を組んで黙り込んでしまっていた。この雰囲気じゃ簡単には決まらないなあ。と思って私は変わらず本を見つめていた。すると、突然水を刺すような声が聞こえた。


「私、やります。」


 そう言うと、一人の少女、木下露きのしたつゆは席を立ち上がった。


「いや、私にやらせてください。先生。」


「おお、やってくれるか。木下なら安心だな。」


 小柄で綺麗な茶髪のツインテールの少女。実は、木下露は私よりちょっと前に転校してきた同じ転校生だった。でも私とは全然違う明るいタイプで、私が転校してきた頃には既にクラスの輪に溶け込んでいた。後から来た私にはクラスの中心的存在のように見えた。はっきり言って、私は彼女に嫉妬していた。同じ人間でもこんなに違うのかって、辛くもなってきた。


「じゃあ、あともう一人、やってくれる奴はいるか?」


 担任教師がそう言うと、クラスはざわざわとした雰囲気になった。でも前向きな方のざわつきだった。


「木下さんがやるなら……。」


「露ちゃんと一緒にやりたい!」


 彼女が立候補するだけで、クラスの空気は一変した。本当に私と同じ境遇だったとは到底思えない。私もあんな風になれたら良かったのに。神様がいるとしたら、なんで公平じゃないんだ。私は本当に彼女が妬ましかった。私はそんな彼女を直視したくなくて、気づけば窓の外を眺めていた。窓を通して映る雨の様子はまるで古いシアターのスクリーンみたいで、荒んだ私の心を落ち着かせてくれた。


 木下露はクラスメイトの声を気にせずに、少しすると先生に何か伝えようとしていた。


「あの……先生……。ちょっといいですか……?」


「ん?何だ?」


「私……、宮下さんとこの委員会がやりたいです。」


「え。」


 予想外の言葉が放たれて、私は思わず彼女の方を向いてしまった。目線に気づいた木下露は私の方を向くと、にこっと笑顔を振りまいた。クラスメイト達はちらちらと私の方を向きながらこそこそと喋りだした。


「宮下さんと……?」


「二人って仲良かったっけ……?」


 私は、できる事ならずっと窓の外を眺めたかった。

 孤独な私をどうか殺してくれ。

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