第7話・曇天の下
ツェインと別れたカイル達三人は、顔を突き合わせて相談する。
「どうするの?」
「行くしかねぇだろ。今日これから誘拐される人がいるかもしれないんだし、早い方がいいだろ」
「確かにそうだけど……。ジンはどう思う?」
「どちらでも構わない。ただ、俺たちの実力はそこらの騎士よりも上だ。それほど心配する必要はないだろう」
結局このまま進むことにした三人は、ユミナが魔法で生み出した光源を頼りに歩きだした。夕日に染まっていた空はいつの間にか厚い雲に覆われ、月も見えなくなっていた。
雰囲気に気圧され無言で歩く三人の耳に、どこからか剣戟のような音が聞こえた。静かに顔を見合わせ、誰からともなく走り出した。
細い路地を抜けた先。少し開けたその場所で、三人の男がローブを着た誰かを取り囲み、今にも襲い掛かろうとしていた。
「ジンは左、ユミナは右を頼む。俺は奥のやつをやる」
「分かった」
「あぁ」
騎士と共に何度も訓練をしてきた成果か、三人はスムーズに動きそれぞれの敵と戦い始めた。
「誰⁉」
「助太刀します! 話は後で!」
男たちは剣を持っているが、その動きはどこか緩慢であまり優秀な剣士とは思えなかった。しかし、剣を交えたその瞬間、三人は違和感を覚える。
「何だこいつら、普通じゃねぇぞ!」
全力ではないがかなりの力で剣をふるったにも拘らず、男はびくともしなかった。連撃を浴びせても、服を破ることすらままならない。
「逃げなさい。あなたたちでは敵わないわ」
ローブから聞こえた女性の声に、ユミナは後悔を覚える。自分たちは勇者だからと自信過剰なカイルに、何を考えているのか分からないがカイルと似たような行動をするジン。勇者と名乗り出てから当然のように二人と行動するようになり、いつの間にか自分も二人と同じようになっていたのだ。
先ほどから剣に魔力を乗せて攻撃しているが、効果は全く表れていない。剣も魔法も効かない敵など初めてであり、焦りが出始めていた。
今ならまだ、間に合うかもしれない。
「全員で逃げよう」
ユミナは男から距離を取り、カイルに撤退を提案する。カイルもさすがに乗ってくだろうと思っての事だった。しかし、その返答は予想外のものであり、ある意味想定内でもあった。
「ユミナ、俺たちの役割を忘れたのか? いつどんな時だって負けることは許されない。だよな、ジン」
「同感だ」
「でも、あんな奴らどうやって倒すの? 武器も今はこれしかないし……」
学園から借りた普通の剣に視線を落とし、ユミナは言う。
「簡単だ。今ここで、限界を超えればいい」
にやりと笑ったカイルは、正眼の構えを取り魔力を高め始めた。その魔力量は膨大で、周囲の空気が震えるほどだった。
確かに、これならいけるかもしれない。ユミナはそう思った。思い、油断してしまった。だから、カイルも、ジンも、ユミナも、男たちの異変に気が付かなかった。その場で唯一気づいたローブの女は、声を掛けるべきか一瞬迷い、間に合わないと悟って逃げ出していた。
魔法の明かりが弱弱しく照らしていただけの広場を太陽と見紛うほどの閃光が覆った。三人の意識は、深い闇の中へと沈んでいった。
▶▶▶▶▶
薬品のにおいが鼻をくすぐり、ユミナは目を覚ました。周囲に人は見当たらないが、見覚えはある。以前、訓練で大きな怪我をした時に訪れたことがあったのだ。
「ラーマヤか……」
そこは、王城の近くに建つ世界最高峰の病院であり、運び込まれる人はそのほとんどが死の淵に立たされた状態であることから『死の門番』という意味を持つラーマヤと呼ばれていた。
「何だったんだろう」
彼女たちがこの世界に来て既に十二年が過ぎたが、ユミナは自らの力に疑問を持ち始めていた。修行をつけてもらっているうえに自主練習もしているが、他の二人の勇者には遠く及ばない。そしてあの夜の男も、もしかしたら女性らしきローブの人も、カイルより強いかもしれない。
もう、逃げ出してしまいたい。
そう思った瞬間、部屋の扉が開き二人の男が入ってきた。カイルとジンだ。
「起きたか、気分はどうだ?」
体を気遣ってくれるカイルに少しの罪悪感を感じながら、ユミナは答える。
「ちょっとだるい感じがするけど、多分大丈夫。」
「そっか。俺たちはもう元気になったから、今日もスラムに行ってみる」
その言葉に、ユミナは驚く。何をされたのかもよく分からないのに、本当にまた行くのだろうか。せめて、鍛えなおしてからのほうがいいと思うが、一度言い始めたら曲げないのがカイルだ。
「分かった。気を付けてね」
自分はどうするべきなのだろうか。ユミナは漠然とした不安を抱きながら一日を過ごした。
勇者に関する信託を受けたという
ユミナは窓の外を見た。空は相変わらず分厚い雲に覆われていた。
その夜、二人の勇者が護衛と共に消えたという知らせが入っても、不思議と驚きはなかった。
夜の鷹 藻馬 @mouma
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