第6話・黄昏の邂逅
仕事を終わらせた後、僕は意味もなく王都へ繰り出した。恰好はサステブル家の下っ端使用人仕様だ。
空いた時間全てを修行に使ってもいいのだが、時には街に出ることも大切だろう。しかし、既に日は傾きつつありあまり長い時間ぶらつくことは出来なさそうだ。
貴族以外にも大成功した商人や冒険者も王都に豪邸を建てるが、ある程度固まって建てるせいで高級住宅街みたいになってしまっている。つまり、一般庶民が生活する区画とかなり離れているのだ。
特にサステブル家の別邸の辺りは人がおらず、適当に歩いていてもいい出会いがあるとは到底思えない。
数十分歩くと、市場のような場所に出てきた。東京の駅ほどではないが、それなりに人がいる。早い人は仕事が終わり、夕飯でも買いに来ているのだろう。
面白そうな人がいないか気配を探っていると、見つけた。やはり勇者同士は引かれ合ったりするのだろうか。道行く人に何やら聞きながら歩く三人組は、他の人とは明らかに違う魔力をまとっていた。その量も質も今まで見てきた人の中で間違いなく一番上だ。
しかし、一応隠そうとしてはいるが、魔力の動きに敏感な人にはすぐにばれてしまうだろう。あえてそうしているのかあれが本気なのかで今後の僕の動きが変わってくる。どうせいつかばらすのだからこの機会に関係を持とう。
「この辺りで、誘拐があったという話は聞きませんか?」
三人のうちの一人、金髪の男の子が聞く。こうしてみると、まさしく勇者にふさわしい見た目だ。おそらくたまたまだが、僕含め他の勇者は地味な茶髪だし、何か理由があるのかもしれない。
「些細なことでもいいです、何か気になったことがあれば教えてください」
隣の女の子が言う。二人の後ろにいる男の子は無言だが、真剣な表情だ。
「気になったことねぇ。……そういえば、最近リンゴがよく売れるようになったのよ。今までも売れてたけど、今はほとんど在庫が無いわ」
「なるほど……。ありがとうございました」
「あの、少し力になれるかもしれません」
話がひと段落着いたところで、いかにもたまたま通りかかっただけの人といった風を装って三人に話しかける。僕が持っている情報はそれほど貴重なものでもないし、待っていたらチャンスがなくなるかもしれない。
こちらに気が付いた金髪の男の子が突然詰め寄り、叫ぶくらいの声量で言った
「本当ですか⁉ 教えてください!」
三人とも、僕が魔力を隠していることに気が付く様子はない。
「大した情報ではありませんが……とりあえず場所を移しましょうか」
▶▶▶▶▶
市場から三十分ほど歩き、人通りが少なくなってきたところで話を切り出す。
「あくまで噂ですが、最近、スラムの方で子供が誘拐されている可能性があるとの事です」
「スラムで……」
女の子が悲痛な面持ちで呟く。そういう所には慣れていないのだろうか。
「あ、そういえば自己紹介をしていませんでしたね。僕はツェイン、とある貴族家に仕える使用人です。皆さんは?」
聞くと、金髪の男の子が答えた。
「俺はカイル。こっちがユミナで、こいつはジン。王立中等学園に通ってるんだ」
「なるほど、中等学園に。皆さん優秀なんですね」
「へへ、まあな」
照れ笑いをするカイル。その後ろで少し苦い顔をしているユミナと、ずっと無表情のジン。
この人たちに世界を任せてもいいのか少し心配になりつつ歩いていると、目的地にかなり近づいてきた。そのスラムは、やはり市場や普通の住宅街とは違う異質な空気に包まれた場所だった。
「ここより先は危険を伴いますので、僕はここまでです。日を改めることをお勧めしますが、そうでなければ十分お気を付けください」
太陽は既に一部が隠れており、王都全体がオレンジ色に染まっていた。本当は陰からカイルたちの動きを見ていたいが、夜ご飯に遅れるとアーネットに怒られてしまう。急いで帰らなければ。
「ありがとうございました!」
三人が頭を下げているのを感じながら、来た道を引き返す。歩いていたら間に合わないから走りたいが、いくつか動く気配意を感じる。市場からずっとつけられていたが、雰囲気からしてカイルたちの護衛とかだろう。ここで怪しまれてしまっても良いことがないからどうにかして撒きたいが、さすがに難しそうだ。
どうしようか考えていると、覚えのある魔力を感じた。そうだ。良いこと思いついた。
迷子になってしまったという体でうろうろ歩き回り、隙を見て路地へ入る。物置らしいそこには木箱がたくさん並んでおり、そのうちの一つを静かに開ける。
「カット、少し手伝って欲しいことがあるんだけど」
中で丸まっていたくすんだ金髪の少女に話しかける。
「仮面ローブ?」
「そうだよ」
どうやら僕に気が付いたらしい。まあ、小屋で会った時と同じように魔力をほんの少し開放して分かりやすくしているから、このくらい出来てもらわないと困る。
「……まだ決めてない」
視線をそらし、そう言う。しかし、こちらもかなり切羽詰まっているのだ。あまりゆっくり話していられない。
「あれとは別件。ちゃんと報酬も出すよ」
「でも、」
「僕を追ってきてるやつらの気を紛らわせてほしいんだ。五分もあれば十分。頼んだよ」
ああいう子は、押しに弱いんだ。よく知っている。ひとまず今日はこれ大丈夫だろうから、明日からは陰からカイルたちの観察をしよう。
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