第5話・異変と仲間

 ぼろい小屋の中には、外観に劣らないぼろさの机と椅子が乱雑に置かれていた。そして、三つある椅子のうちの一つに灰色の汚れたローブを着たおじいさんが座っていた。彼がそうなのだろう。


「最近は高貴な客が多いねぇ」


 しわがれたその声は、このスラムの雰囲気によく合っていた。


「最近、このスラムで異変は起きていないか? 些細なことでもいい」


 貨幣の入った袋を机に置きながら尋ねる。高貴な、と言われたことには触れずに行く。僅かな所作で僕がある程度の教養がある人間だと見抜いたのだろう。気を付けていたが、このおじいさんも曲者らしい。


「人が減っている」


 今日はそれっぽいことがしたかっただけだから、聞きたいことなど本当は無い。でも、せっかくだし適当に聞いてみたら何やら起こっているみたいだ。暇だしちょっかいでもかけてみようかな。

 おじいさんは静かに続きを話す。


「このスラムには子供も多いが、最近何故か減ってきている。確かな理由は分からないが、異変と言えばそれくらいだねぇ」


「なるほど」


 孤児院かどこかが拾って行っているなら特に心配はいらないが、そうではないということだろう。そして、身寄りのない子供を攫ってやることなどある程度見当がつく。どこの世界にも、倫理観のない連中はいるらしい。


「もう一つ。諜報活動のできる者を探している。心当たりはあるか?」


 僕は情報を深く精査しているような雰囲気を出し、良い感じのタイミングでもう一つ質問をした。こういうのは間の取り方が大事なのだ。


 スラムにいるような人にそんな優秀な人間がいるとは思えないが、お金はアーネットにたくさん貰っているし大した損にはならないだろう。


 さっきはすぐに答えたおじいさんだったが、今回は目を瞑って考え込んでいる。そのまま十数秒が経った。寝てないよね?


「明日、同じ時間に来な」


 呟くようにそう言ったおじいさんは、袋から何枚か銀貨をとった。袋を回収し無言で小屋を出た僕は、ここに案内してくれた男が陰からこちらを見ているのを感じ、良いことを思いついた。


 シュッと小さな音を立てて屋根の上に一瞬で飛び乗り、男を観察する。


「消えた……?」


 うん。完璧な反応だ。


▶▶▶▶▶


 翌日、僕は気配を消したまま昨日と同じ小屋の前に立っていた。中の気配を探ってみると、三つ感じ取ることができた。

 ゆっくり扉を開け中に入る。情報屋のおじいさんと昨日案内してくれた男の人、そして、


「なるほど、確かに使えそうだな」


 部屋の隅、物陰に隠れているのがおじいさんが用意してくれた子だろう。気配を消すのは上手いが、まだまだ粗がある。しかし、魔力の扱いはそこらの騎士よりも上手だ。中々優秀な子みたいだ。


 男は驚いた顔をしたが、おじいさんの表情筋は一ミリも動いていなかった。この二人相性抜群だな。何もかもが完璧だ。


 そんなことを考えていたら、隠れていた子がゆっくりと出てきた。痩せているが、足取りはしっかりしている。そしてもう一つ、ここに来るまでに見たスラムの住人との明確な違いがあった。

 珍しい青紫の瞳が、こちらをじっとみつめている。


「いい目だ」


 一度は言ってみたい言葉ランキングで上位にくる言葉だ。しかし、目は口程に物を言うとはよく言ったものである。

 彼女の瞳は絶望や不安を映していない。かといって復讐に燃えているようにも見えない。よく言えば未来を見据えた目。少し悪く言えば、普通の目だ。


 地元の村ではみんなこんな感じだった。毎日同じことを繰り返す生活の中に、少しの楽しみや希望を見つけてなんだかんだ楽しく生きる。彼女の目は、そんな普通の目だ。


「マーチン、説明してやれ」


 今にも崩れそうな壁にもたれかかった男が、おじいさんに向けてそう言った。マーチンさんというのか。


「……この子はカット。王都一の盗人さ。騎士様から記章を盗んだこともあってねぇ」


 しぶしぶといった声音でマーチンさんは話し始めた。


「お前さんがこの子の存在に気が付けなければ、適当にそこの男を紹介してやったんだがねぇ」


「おい、どういうことだ」


 男の人に睨まれたマーチンさんは、それを受け流して話を続ける。


「実力は折り紙付きさ。だが、厄介な訳ありでねぇ。本当にカットを雇うなら、一つ条件がある」


 そこまで言うと、今まで全く表情を変えなかったマーチンさんは突然真剣な顔になった。


「一生この子の面倒を見てやってくれ」


「マーチン、どういうこと?」


 ずっと黙っていた少女が言う。彼女も何も知らずにここに連れてこられたんだろう。非難めいた目を向けられたマーチンさんは、しっかりした声で語った。


「カット、君はこんな所にいていい人間ではない。儂の見立てでは、分の悪い賭けではないと思うがね」


 この人たちにいったいどんな事情があるのかは分からないが、様子を見る限り、本当に厄介な事情がありそうだ。正直、不安要素はできるだけ減らしておきたいが、ここまで優秀な人材に会うことは中々できないだろう。


 それにしても、思い付きで来てこんなことになってしまい、渋い顔で考え込む少女になんだか申し訳なさを感じてくる。そもそも、十余年しか生きていない子供に人生をかけるような決断をしろというのはとても残酷なことだと思う。

 学校の試験が終わるのが一週間後で、合否通知を出されるのが今からちょうど二週間後の朝だ。合格でも不合格でも一旦屋敷に帰るらしいから、その間までに決めてもらえばいいだろう。


「……十日後、また来る」


 僕はそう言いながら小屋を出た。さて、暇な時間は何に使おうか。

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