第4話・大罪たる無知
僕はこの世界に来た時から、いや、それより少し前から、とある夢を持っている。それは、圧倒的な力を身につけてなんか色々やるということだ。
具体的に何をやるか決める前に転生してしまったせいであやふやだが、この世界に来れたことはとても運がよかった。魔法があり、魔王がいて、勇者もいる。まさに理想郷だ。何でも出来る。
しかし、何をやるにしても必ず必要になるものが三つある。一つは単純な力。魔法でも剣でも何でもいいが、とにかく強さが欲しい。二つ目は頭脳だ。計算されつくした作戦で、敵だけでなく味方まで掌の上で踊らせるというのに憧れる。そして、一番重要と言えるのが情報だ。
アーネットに協力してもらいながら暗躍し、勇者対魔王の構図に割り込んだ後、タイミングを見計らって正体を明かすというものが今のところの予定だ。でも、ただ無理に割り込んで意味深ムーブをするだけではつまらない。何か物語を盛り上げる要素が必要なのだ。
しかし、良い設定が中々思いつかない。マッチポンプはあまり好きじゃないから、僕たち以外の第三勢力でもいればいいな。と思って調べたが、いかにもなカルト集団しか見つからなかった。とてもではないが、あいつらが世界を脅かす存在になるとは思えない。
心当たりもあるにはあるが、やはり情報が足りない。
そして、情報を集めるための手段や人手も足りない。アーネットにお願いすれば多分何でもやってくれるが、あまり彼女の手を煩わせるわけにはいかない。三女とはいえ、大貴族の令嬢なのだ。しかも、来年からは学園とやらに通うらしい。
強くて、隠密行動ができて、時間があって、それでいて信頼のできる仲間が欲しい。
よし、ちょうどいい機会だ。王都に行こう。
▶▶▶▶▶
馬車に揺られて一週間、ようやく王都が見えてきた。一番高いところに建つお城は、地球でもそう見ないほどの大きさだ。あの屋根の上に立って、王都全体を見下ろしながら何かかっこいいことを言ってみたい衝動を頑張って抑え込み、気を紛らわすためにアーネットに話しかける。
「そういえば、アーネットが通う学校はどんなところなの?」
ただの使用人がこんな言葉遣いをしたらしょっ引かれるだろうが、今この馬車は二人きりだ。防音性能もかなり高いから御者にも聞かれていないだろう。
王都に行きたいと言ったら、ちょうど学園の試験を受けに行く予定だったらしいアーネットに付いていくことになった。でも、よく考えたら僕はこの世界の学校事情をほとんど知らなかった。
僕は学校に通うつもりは無い。そこで学べることなどたかが知れているだろうし、なにより勇者たちと近い関係になりすぎると正体がばれるリスクが高まるからだ。
しかし、いずれ正体を明かすとき、知らないやつがいきなり出てくるよりもある程度知っている人だったほうが盛り上がるだろう。どこかで会えたらいいが、そう簡単に会えるものでもない。こればっかりは運に任せよう。
「フロミネン王国が誇る世界最高峰の学び場です。設備は最新の物がそろっており、教員も各分野の専門家が多く在籍しています」
なるほど。つまりとても凄いところだということだろう。
「ツェインも通いますか? 私の従者として行くこともできますし、あなたにとって試験などあって無いようなものでしょう」
出発前に過去問を解いてみたが、確かに簡単だった。やはり、数学や科学などに関しては地球のほうが圧倒的に進んでいるらしい。真面目に授業を受けていた僕からすれば、あんなものは文字通り朝飯前だ。
しかし。
「遠慮しとくよ。必要ないし」
「そうですか……。では、今後もあの屋敷で働くのですか? 私が言えば王都の別邸で共に暮らすこともできますが」
「いや、いい機会だから旅に出てみようと思う。調べたいことがあってね」
「調べたいこと、ですか。わかりました、必要なものがあればお申し付けください」
「うん。でもまあその前に、試験頑張ってね」
彼女も合格する前提で話しているが、何があるかはわからないのだ。用心しておくに越したことはないだろう。
「はい!」
頷いた拍子に、セミロングの赤毛が小さく揺れた。
▶▶▶▶▶
王都に着いて数日が経った。僕は使用人といっても下っ端見習いだ。アーネットに気に入られているせいで屋敷の人からは変に注目されてしまっているが、所詮下っ端は下っ端。それにここはサステブル家が王都に持つ別邸で、ほとんどの人は初対面だ。僕が下手に出しゃばるとかえって邪魔になってしまう。
簡単な買い出しと大まかな掃除が唯一の仕事で、あとは自由時間だ。学校の試験が終わるまでまだ五日ほどあるし、色々やれそうだ。
この数日で王都の地理は大体把握した。今日はついに、スラム街に行ってみようと思う。
屋敷からくすねてきた全身を覆うローブを着て、夜の街に繰り出す。スラムまではここからだとかなり遠い。少し急いで向かおう。
気配を消しながら走ること十数分、何かの腐ったような嫌な臭いがし始めた。僕は走るのをやめ、辺りを観察しながら歩いていく。
一番の目的は情報屋的なお店だ、表の情報屋では扱っていないようなディープなネタが欲しい。
「探し物か?」
闇の中から、渋めの男の声が聞こえた。いい。とてもいい。そういうのを待っていた。
「情報屋はあるか?」
「ついてこい」
余計な言葉はいらない。洗練された最低限の会話で、僕たちはお互いのことを大体理解しあったのだ。
興奮を何とか隠し男の後をついていくと、崩れかけの小屋に案内された。
なるほど、これは教えてもらえなければわからないだろう。
「感謝する」
僕は、入り口にもたれかかった男の脇を通り過ぎる時小さく呟きながら、約五日分の給料である銀貨一枚を投げ渡した。
男はうまくそれをキャッチし、静かに去っていった。
ありがとう。とてもいい体験ができたよ。
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