第2話・始まりの日

 十歳になった。この世界について色々と分かってきたが、本当に素晴らしい。


 まず何といっても魔法だ。簡単に言えば身体能力を高めたり火を出したり出来る。才能の差はあれど、努力をすれば誰でも出来るようになるという辺りが非常に好ましい。


 そして、転生する時に頭に流れ込んできた知識についてだが、おそらくこの世界の防衛機能のようなものだろうと予想している。

 あくまで感覚的な話になるが、大昔に倒されたはずの魔王なる存在が復活し、このままでは星が滅ぶと考えた世界そのものが僕たち地球人をこちらへ連れてきたような気がする。その時何も知らないままだと意味が無いから、魔王を倒すように仕向けようとしたのだろう。

 ただ、世界が意志を持っているというより、条件反射のようなものだと思う。


 しかしそんな事はどうだっていい。この世界には、「まぁ魔法あるし」という文字通り魔法の言葉があるのだ。たいていの事はそれで納得ができる。


 とりあえず、魔王を倒すにしろ寝返って人間に反抗するにしろ更なる力が必要だ。日課の魔力トレーニングを八年続けた甲斐あってか、そこら辺の大人もあくまでイメトレだが余裕で倒せるようになった。そろそろ魔物討伐でもしてみようか。

 だが魔物討伐といっても、幸か不幸かこの辺りに魔物はいない。


 新聞も本も無いせいで詳しいことは分からないが、ここは何とか王国にある何とか領の辺境の村のようだ。住民はほぼ全員が農家で、例にもれず我が家も主に麦を栽培している。


 たまに来る行商人が持ってきてくれる情報によると、西に数十キロ進んだ所にここと同じような村があるらしい。活動範囲を広げるためにも、ひとまずそこへ行ってみようと思う。


「ツェイン、ご飯よ」


「はーい」


 そうそう、僕のこの世界での名前はツェイン・シークらしい。中々かっこいい名前で大変満足である。


▶▶▶▶▶


 誰かに見られた時のために、ぼろい布を体に巻き付けて家を出る。本当は黒い外套でもあればよかったが、百姓の家にそんなものはないから仕方がない。


 ゆっくり扉を閉め、深く深呼吸をする。体の中にたまっている魔力をはっきり感じ取り、それを意図的に動かす。貧乏農家である父ですら使うことのできる、最も初歩的な魔法、肉体強化だ。

 初歩の魔法とはいえ、これがなかなか奥深い。魔力操作の練度を高めれば高めるほどその効果も強力になっていくのだ。そして僕の魔力操作の練度は、この村では比べるのも馬鹿らしいほどぶっちぎりで一番である。

 体の調子を確認した僕は走り出し、畑を駆け抜けそのまま西の森へ入っていく。


 木々の間を縫うように走り続け、二時間ほど経っただろうか。何やら進行方向の空が不自然に明るい。少し速度を上げ近づいていくと、怒声や悲鳴も聞こえてきた。


 僕はそこら辺に落ちていた良い感じの棒を拾い、魔力を流していく。少しコツはいるが、肉体強化の応用で物体の強化もできる。この木の棒も、岩を軽く砕ける程度の硬さになっているはずだ。


 このまま脳死で突っ込んで謎の子供を演じてもいいが、やはり状況くらいは把握しておきたい。速度を落とし木の陰に隠れる。


「つまんねえな。あの騎士どもと闘いたかったってのに」


「仕方ないさ、アルフェート様の命令だ。それに今回はあくまで宣戦布告。楽しみは後にとっておこうぜ」


 この世界では軽く攻撃をすることが宣戦布告なのか。まあ、文化の違いというやつだろう。


 息を殺して話している奴らを見てみると、二人とも頭から角が生えており、しかも片方はとても魅力的な羽を生やしていた。

 もしあいつが友好的だったらぜひともお友達になってほしいが、残念ながら僕の悪人センサーがかつてないほど激しく反応している。あいつらは本気でだめなやつらだ。


 このまま飛びかかろうかとも思ったが、よく考えたら彼我の実力差が全く分からない。武術などもせいぜいネットで調べた程度だし、そもそもこの世界には魔法があるのだ。色々な物語では魔族というのは魔法に長けた種族だというし、ここは戦略的撤退がベストだろう。


 ゆっくりと、音をたてないように動こうとしたその時、少し離れた場所から物音がした。魔族に集中していたせいで気が付かなかったが、その音の方向からかなり大きな魔力を感じる。

 生まれた瞬間から魔力を増やすために努力してきた僕には及ばないが、村で二番目に魔力が多い人と同じくらいはあるだろう。


 逃げようとしていた住人だろうか。魔族も音に気が付いたようで、そちらに歩いていく。


「ガキだ。しかし人間にしては魔力が多いな」


「どうでもいいだろ。殺せ」


 ちなみに僕は、魔力操作の技術を駆使して自分の魔力を隠している。あの魔族たちにも気づかれていないだろうが、やはり、ここであの子を見殺しにしてしまうのは信条に反する。仮にも世界に選ばれた勇者なのだし、一か八かやってみよう。


 子供をつかんでいた魔族が反対の手を振りかぶったその時、僕は木の棒の先に魔力を集め、あいつがこちらを向く一瞬前にそれを放った。

 村で何度も練習したその技は、僕の思い描いた通りの結果をもたらした。


「何だ⁉」


 声もなく倒れた同胞を見て、もう一体の魔族がこちらに手を向ける。何をするのか見てみたい気持ちもあるが、これが初めての戦闘なのだ。危ない橋は渡らないほうがいいだろう。


 魔族よりも早くさっきと同じ魔法を放ち、呆然としている子供の前に歩いていく。


「もう大丈夫だよ」


 そう声を掛けると、少女は突然泣き出した。他の魔族に見つからないことを祈りながら、僕は彼女が泣き止むのをひたすら待ち続けた。


▼▼▼▼▼


 辺境の地での二人の出会いは、運命の大きな分岐点となった。しかし運命とは、全ての存在に平等に与えられるものだ。


 燃え盛る村の裏側でもまた、世界を巻き込む大きな渦が出来上がろうとしていた。

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