Interlude3 - スガタ・カタチが変わったとしても

(――あぁ、めんどくさいなぁ。なんでこんなふうに、悪者扱いされなあかんのやろ)


 必死に命を懸けた友情ごっこをしている少女たちを眺めながら、黒曜こくようはこっそり溜息をつく。そもそも、彼女としてはこの侵攻に対しては賛成でも反対でもない立場だ。――正直なところ、人間の世界に憧れはある。それは、魔界に住む種族は共通の認識として持っているだろう。


 魔界には太陽がない。人工の明かりが無数にあるが、常に薄暗く、植物、動物含めて、生物が遥かに少ない。――ただ、生まれたときから魔界にいたから、それが当たり前だった。人間界の噂話も聞いていたが、そんなに違いはないだろう、と思っていた。


 ――それが間違いだと知ったのは、自分の力で魔界から人間界へ転移ができるようになってから。


 一目見て、心が奪われた。色とりどりの美しい世界。眩しく、じりじりと肌を焼く太陽。正直、最初はとにかく暑くて、痛くて、魔力で体を覆わないと、まともに立っていることすらできなかった。――でもそれだけ、すごい刺激だった。


 変化のない、薄暗い世界での暮らしになれた魔族たちがこんな光景を目にし、空気に触れてしまったら、もう憧れから逃れることはできないだろう。まるで、地面からはい出した蝉の幼虫。飛び立ちたくて仕方がなくなる。


(そりゃ欲しなるよなぁ。まして魔族は実力主義。自分らの持たんものを、弱い種族たちが独占している。しかもそれが魅力的で、絶対手に入らんものだったら? 奪うしかない、ってなってもしゃあない)


 実は、黒曜こくようは争いが好きではない。技を磨き、それを発露することは好きだが、一方的な虐殺は嫌いだ。今回は狐の王からどうしてもと頼まれてのことだから引き受けたが……正直、今の状況に後悔さえしていた。


(弱いもんいじめてもしゃあないねん。お互い強いやつ五人くらい出して、戦って勝ったら要求通すとか、そんなんにしてくれればええんやけどなぁ。……ま、人間からしてみたら何のメリットもあらへんからな。武力で一度強さを見せつけないとあかんのは分からんでもないんやが)


 まずは魔族の強さ、恐ろしさを知らしめて、そこから交渉、という流れを踏みたかったんだろう。実際に北方では、十年ほど前に魔王がそれをやろうとして侵略し――失敗した。人間の魔法使いに撃退されたのだ。だから、こうして地道に侵略活動を行い、そこからの交渉に踏み切ろうとしているんだろう。メルトの侵略はその第一歩だ。

 

(魔界からの転移装置を新規開発しての不意打ち。装置使用時に魔力をごっそり持っていかれるから十全での戦いは厳しいとはいえ、将軍クラスの魔族を五名に新型を十機。魔導兵も大量に。まぁ結構な規模よな)


 そこまでやっても、楽勝とはいかない。余裕だったら黒曜こくよう自身はサボろうと思っていたくらいだが、実際将軍クラスの魔族がすでに一名負けている。


(――ま、さっさと片付けて、他手伝わんとなぁ。S級は一応北におびき寄せとるらしいから、あの狼さんより強いのはそうそうおらんやろうけど)


 ぼんやりと考えながら、アレクとか言う少女の構え盾と拮抗する、青白い狐火に負荷をかける。――これで、終わり。あとは子ぎつねを回収して、町を潰したら、完了だ。


 ――そんなふうに油断していたから、反応が遅れた。狐火の前に、突然子狐が、少女たちを庇うように現れたことに。


「――え?」


 思わず声が漏れた。盾を破って青白い炎が少女たちを焼き尽くそうとした瞬間、現れた子狐が何かしらの術を使い――直後、狐火が大爆発を起こし、周囲が煙に包まれた。子狐が、何らかの干渉を行ったのだろう。


「…………マジかい、やってもうたな。あの子狐さん、そこまであの子らに執着しとるとは思わへんかった……」


 出会ってそう長い時間ではないはずだ。だから、油断していた。


「――狐は、火に耐性があるから、もしかしたら生きとるかもしれんけど……」


 呟き、黒曜こくようは煙の中心に向かう。――さすがに、他の三人は死んでいるだろうと思っていた。


「――気配は、一人分……ん? なんか、ちゃうな。……あんた、誰や?」


 強い風が吹き、煙が晴れる。黒曜こくようの前方に立っていたのは、子狐ではなく――一人の、女性だった。赤と、緑と、白と、金が混ざり合った、長さもまちまちな、髪。背は中肉中背で狐の耳と尾が生えている。顔は――整ってはいるが、印象が薄い。その女性は、黒曜こくようを見ると、ゆっくりと口を開き、こう言った。


「――魔法使い」


 女性はそう告げると、右手にを構え、黒曜こくように向けて撃つ。三発連射。赤、緑、金の魔弾が放たれた。


「はぁ? ――っ! 何やこの威力。バケモンか」


 三発の魔弾を辛うじて防御する。それぞれ凄まじい魔力が込められている。弾は小さいが、それこそ先ほど黒曜こくようが放った狐火と遜色ないくらいの密度だ。


「――また、面倒なことになったな。えーっと、なんや。転生? 成長? 吸収? ……いや、ちゃうな。全員の気配と魔力が混ざっとる。ご丁寧に髪色もごちゃごちゃ。耳と尾っぽまで生えてまぁ……合体したんか。ロボか、あんたら」


「――あなたに、勝つために」


「ブツ切れ会話やめぇや」


 そう突っ込みながら、黒曜こくようは空中に舞う。――冗談めかした口調ではあるが、かつてなく、真剣だった。アレは、化け物だ。全力で戦わないと、負ける。


「ええで、私も全力や。最後の勝負といこか」


 黒曜こくようの言葉と同時、五本だった尻尾が七本に増える。――本気を出した、ということだ。


「――受けて立つ」


「五歳児と混じったからなんか? えらいカタコトやね。――辞世の句は、早めに考えとくとええよ!」


 ――口では面倒と言っていたが、実はこっそり笑みを浮かべていた。なにせやっと、全力を出しても問題ない相手が出てきたのだ。


「……さぁ、お手並み拝見といこか」


 呟くと、黒曜こくようは宙に浮かぶと、自身の周りに七つの巨大な狐火を生み出し――女性に向けて放った。これが、最後の戦いになるであろうという漠然とした予感を感じながら。




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