第27話:入道雲一刀両断するような光
『私』は空中に浮かぶコクヨウを見据える。思うように体は動くが、自己認識は曖昧だ。
アレク、スピネル、ルチル。そして……コハク。それぞれの意識があり、誰でもない自分がいる。――少しずつ、境界が曖昧になる感覚。あまり時間はなさそうだ。
「さて、お手並み拝見といこか」
コクヨウの呟きと共に、七つの巨大な狐火が『私』に迫る。ひとまず
「やるやん。なら、これはどうや?」
パチン、と指をはじく音と共に、無数の小さな狐火がコクヨウの周りに現れ、一気にこちらに襲い掛かってきた。――さすがに、これは撃ち落としきれない。なら。
「――盾」
「さっきまでとは硬度がちゃうな。削れてる様子もないやん」
心なしか、楽しそうな声音でコクヨウは言う。――そろそろ、こちらからも反撃させてもらおう。
「ええな。いい加減打ち合いもめんどうだったところや」
コクヨウは笑みを浮かべ、空中で拳を握りしめる。受けるつもりか。
「――いけ」
思い切りメイスを振りかぶり――そのまま全体重をかけ、振り下ろす。空中なのでバランスには苦労したが、
「――――!」
魔力の込められたメイスと拳が接触した瞬間、込められた魔力が大爆発を起こす――。辺りは魔力の粒子が飛び散り、凄まじい光が視界を奪った。
『私』は何も見えない中で、慌てず、自身の背中に盾を展開する。すると――。
ガキン! という音と衝撃が、その直後に『私』の背後から響いた。
「あらら、読まれとったか」
「カルクさんとの戦いのときに、見てるから」
転移で背後に回り、不意打ち。これがコクヨウの近接攻撃のパターンなのだろう。さすがに二度目は通じない。メイスを後方に向けて思い切り振るが、あっさりと距離を取られた。
「……あんまり、時間かけたないなぁ」
さすがに先ほどの攻撃で無傷とはいかなかったようで、コクヨウは全体的に薄汚れ、身体の動きは少々ぎこちない。『私』は神聖魔術による強化と、盾による防御があるので無傷だ。このまま長期戦に持ち込めば、勝つのは『私』だろう。――長期戦に、持ち込めれば、だが。
――意識が混濁する。『私』が誰かが曖昧になる。このまま戦い続ければ『私』としての存在が固定され、元に戻ることはできなくなるだろう。
……困ったことに、それに対して抵抗する意思すらも薄くなってきている。まずい傾向だ。理性があるうちに決着を付けなければ。
「提案や。あんたも時間、ないやろ。――お互い、全力の一撃で、決着付けるっちゅうのはどうや?」
コクヨウとしては、長引かせても勝ち目は薄い上、メルトの町の占拠に時間を掛けたくないという気持ちもあるのだろう。『私』としても異論はない。早く決着を付けないと、『私』たちが、何よりコハクがいなくなってしまう。
「――いいよ。そうしよう」
「なら、いくで」
コクヨウは目を閉じると右手を掲げる。──次の瞬間、その手には青く輝く刀が握られていた。
「知っとるか? 狐はな――刀も打つんや。銘は『小狐丸』」
見ただけでわかる。凄まじい魔力の塊。この場で振るえば、雲を裂き、海を割るだろう。――そう思わせるだけの、斬ることに特化した、武器。
――アレに対抗するには、出来合いの武器では足りない。それだけの重みをもって編まれた武器だ。なら、今の『私』にできることは。
「――『私』の魔法は『結合』。その結果、『私』はここにいる」
「なんや、突然」
「その対象は、肉体や人格だけじゃない。――つまり、こういうこと」
『私』の周囲に、銃が、メイスが、盾が――その場にある、あらゆる武器が集まる。そして、それらが青白い炎に包まれ――それぞれが、合わさり、結びつく。
生まれたのは、ひと振りの剣だった。いわゆる、ロングソードなどとは異なる、異国風のあまり装飾の無い、やや短めの、剣。
「……それ、なんや?」
「わからない。ただ……貴女を倒すための武器と願ったら、現れた」
『私』の魔法は、それぞれの力を合わせる側面もあるが、その状況に応じた『何か』を生み出すこともできるらしい。――つまりこれは、魔法が生み出した、コクヨウを倒しうる、武器というわけだ。
「――確かに、嫌な気配を感じるな。犬――? いや、狼か? まあええわ。ぶつけてみたら、どっちが強いかわかるやろ」
まるで、子供が玩具で遊ぶような口ぶり。にやり、と笑むとコクヨウは目を閉じ、さらに魔力を剣に込め始めた。――『私』も込めうるすべてを剣に注ぎ込む。
どちらからともなく距離を取った。障害物の無い、空の上。お互い、声がギリギリ聞こえるくらいの間を開ける。
「いくで」
「ああ」
光が、天を衝く。空に届く魔力の刃。コクヨウのものは青く、『私』のものは緑色だ。それを、同時に、振り下ろした。
「――斬り裂け、『小狐丸』!!」
「――『クサナギ』解放」
刀の名を呼ぶコクヨウに応えるように、『私』の口から、知らないはずの剣の銘が、零れた。そして――。
天高く、雲を両断するような光が二条、ぶつかり合った。
「―――――っ!」
衝撃が、『私』を吹き飛ばす。視界は白く染まり、何も見えない。結末を見届ける余裕はなく、『私』の意識は消滅した。
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