第24話:ごっこじゃない真剣勝負

「……黒狐」


 私がぽつりとつぶやく。


「なんやその呼び方傷つくわぁ。…………ん? そうか、私まだ名乗ってへんのか。そりゃ失礼。なら改めて――」


 その場で黒狐は黒い着物――ハカマ、とか言ったかな。その裾を軽く持って、頭を下げた。


「私は、コクヨウ。黒い石の名前から取っとる名前やね。かわいくクロちゃんでもええよ」


 石の――名前か。私たちも同じだから、少しだけ親近感を感じてしまった。


「コクヨウさん。貴女の目的は?」


 この町を占拠したいのか、それともコハクを攫いたいのか。それ次第で対応も変わってくるので聞いてみた。時間を稼ぎたい気持ちもあるしね。


「つれないなぁ。ま、ええか。私は優しいからな、時間稼ぎにも乗ったるわ。まず私たちの目的、一つ目は、メルトの町の占領。地上占拠の足掛かりやね」


 ほぼ想定通りの回答だ。そして、当たり前だけどこちらの思考なんて完全に読まれてる。


「そして、もう一つの目的は、とりあえずそこの狐の子、やな。さっきな、帰ってからちょっと調べてみたんよ。したらその子、とある狐さんの娘さんやった。……この作戦の核となる、魔界と地上の転送装置の開発者さんのな」


「……お母さん、知ってるの?」


 コハクが驚いたように声を上げた。


「仲良し、っちゅうわけじゃないけどな、顔くらいは知っとるよ」


 コハクの母と彼女が知り合いってことは、つまり、コハクを彼女に預ければ、母のもとに送り届けてくれるのだろうか……? だとしたら、この戦いのことは置いておいて、そうすべきなのではないだろうか。――そんなことを考えていると、スピネルが口をはさむ。


「コクヨウさん。あたしからもいいか?」


「ええよ。なんや」


「コハクはなんで、こっちの世界に来たんだ? 事故か?」


「さて、なんでやろな」


「……じゃあもう一つ。……コハクのお母さんは、でお前らに協力してるのか?」


 コクヨウは、無言で笑みを浮かべた。


「……スピネル、どういうこと?」


「推測だが。……コハクのお母さんは、こいつらにんじゃないか、と思ってな」


 コクヨウは何も言わない。


「それは、どうして?」


「……元々、コハクが一人でこっちに来たのがおかしいなと思ったんだ。妖狐が転移の力を使えるとはいえ、魔界から地上まで事故で来るようなことがあり得るのか? ってな。本人も記憶がないって言ってたし……誰かに送り込まれたんじゃないかと思ってた。悪意のある誰かにやられたか、もしくはか、のどっちかじゃないかとな」


「へぇ。続き、聞きたいなぁ」


 コクヨウは笑みを浮かべつつ、先を促した。


「悪意のある誰か、だったら、そもそもコハクを生かしておく理由がないように思えた。の有力候補であるあんたコクヨウはコハクのこと知らないって言ってたしな。じゃあ母親が子供を地上に送り込む理由はなんだ? ……おそらくは、自分と子供が危険な状態にあって、子供を一か八か、逃がすためにやったんじゃないか、って思ったんだ。全部推測、勝手な妄想、だけどな」


 コクヨウは感心したように頷き、口を開いた。


「――いや、あんたいい読みしとるわ。概ね合っとるよ。ご想像の通り、転移装置の開発のために、その子の親は監禁され、さらにその子自身も人質のような扱いをされとった。その子の親は転移の研究をしていたが、もっと平和的な利用をしたかったみたいやね。――ただ、地上への侵攻の手段として軍から目を付けられた。拒否した結果、その子は人質にされて無理やり開発をさせられた。母親はせめてその子だけでも助けようとして、地上に逃がした、ってとこやろな、私が直接知っとるわけやないけど、状況的にはな」


「そんな……じゃあ、コハクちゃんのお母さんは今、どうしてるんですかぁ……?」


 スピネルの言葉にコクヨウは目を細める。……もしかしたら彼女は、この開発に、あまり乗り気ではなかったのかもしれない、となんとなく思った。想像だが。


「生きとるよ。ただ、今はもう関わることを拒否しとるから、どこぞに拘束されとるらしいな。……私たちには、この町の占拠と合わせて、その子の捜索命令が下されててな。上の連中は、またその子を脅迫の材料にしようとしとるみたいやな」


「なんで、私たちにそのことを話すの? お母さんの知り合いだって言って、コハクを預かれば楽だったんじゃ?」


「私から言えるのは、あんた、空気読み? ってだけやね。言葉の裏くらい、察せるやろ?」


 やっぱり、彼女自身はコハクの境遇に思うところがあるみたいだ。……最初は純粋に迷子だと思って保護しようとしていたのかもしれない。でも、今は連れ帰ることにあまり前向きじゃないように見える。……思ったより、悪い人ではないのかもしれない。


「それで、コクヨウとやら。どうするんだい? 見なかったことにして、帰ってくれるのかな?」


 カルクさんが問う。――共存の道は、あるのかと。


「その子のことはなぁ。ま、他に見つからんかったらほっといてもええな、とは思っとる。ただなぁ、この町は、落とさんとならん。お仕事やからな。――というわけやから、あんたたち、今なら見逃したるよ。そこの狼さんは、やる気満々やけどな」


 コハクを連れて逃げれば、見逃してやる。ただ、この町は落とす、ということだ。――なら、取れる手は一つ。


「事情は分かった。貴女の想いも。でも、私たちは、この町を守る。――もちろん、コハクも」


「そか。まぁどっちでもいいけどな。――母親の近くにいるほうが、結果的には幸せかもしれん」


 すぅっ、と、コクヨウの目が細められた。


「じゃ、始めるか。その子、避けとき。怪我させたくはないやろ。……盾として使うんなら、それもええけどな」


「――そんなわけない。あなた達と、一緒にしないで」


「――そういわれても仕方ないんやけど、ちょっと傷つくな。ま、しゃあない」


 コクヨウは、右手を目の高さに掲げた。そして――。


「戦闘開始や」


 その手から、青白い炎が噴き出した。





 


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