第23話:見たことないものは怖いけど
私――アレクとスピネル、ルチル、コハク、そしてカルクさんは町の南にある浜辺にいた。耳には冒険者協会との通信用機器を装着し、警戒態勢を取っている。新型の魔導兵が現れていることもあり、その対応も兼ねて外に出てきたのだ。
ミクさんとレイさんは既にこの魔導兵を撃退したらしく、二人からの情報によると大体B級冒険者相当だと聞いている。カルクさんがメインで戦闘し、私たちがバックアップをする形なら対応できるだろう、ということだった。
「囮役なのに、戦わせないでほしいよなぁ」
スピネルがぼやく。
「仕方ないでしょ、新型の魔導兵に加えて――魔族も現れているらしいし」
ミクさんとレイさんは魔族との戦闘の最中らしく、新型を相手にする余裕はないということだ。残りのこちらの戦力を考えると、私たちはともかくカルクさんを遊ばせておく余裕はない、ということでこの対応となった。もちろん、あの黒狐が現れれば、囮の役割を果たさなくてはならないが――。
「……いたぞ」
カルクさんが鋭い瞳で敵を睨む。砂浜に白と黒の魔導兵が二体。おそらくあれだろう。フル装備の重装歩兵を彷彿とさせるシルエットだが、普通の人間よりはだいぶ大きく見える。白いほうがこちらを発見したのかゆっくりと近づいてくる。黒い方は……動かない。
「……獲物を見る限り、白が前衛、黒が後衛だね」
白い方は剣と盾、黒い方は長いもの――おそらく、長射程の魔導銃だろう――を構えている。
「指示を出すよ。まず私とアレクで白い方に突っ込む。おそらく黒い方から狙い打たれるだろうからアレク、君はその盾で私を守ってくれ。スピネルは後方から援護射撃。ルチルは私たちが前に出る前にバフと、コハクの護衛。必要に応じて回復や援護。……何か質問は?」
「――いえ、私は大丈夫」
他二人も頷いた。……他の人の指示で動くのは久しぶりだ、緊張する。
「よし、なら行こう。まずはルチル、頼む」
「は、はいぃ! お二人に強化、かけますぅ!」
ルチルの言葉と同時、私たちの身体が薄い光に包まれる。私も自身に身体強化の魔術を掛けた――よし、行こう。
「行くよ!」
カルクさんが跳ねるように飛び出す。――早い。さすが獣の脚力だ。必死に食い下がる。スピネルも後方から白の鎧に射線を通そうとしている。目標まであと十メートル……! そのとき――。
「アレク!」
カルクさんの合図に合わせ、彼女の前に出て盾を発動させ、構える。黒い鎧からの狙撃。それを間一髪間に合った盾の魔導具で防ぐ。――思ったより、攻撃が早く、重い! これ、直撃したら冒険者でもヤバいのでは。
「カルクさん、これ威力かなり高いです! 当たったらヤバい! 私、狙撃手倒しにに行ってもいいですか!」
相手の命中精度によっては近接戦闘をしているカルクさんに危険が及ぶ可能性がある上、射程次第ではルチルやコハクも狙われかねない。私に狙いを集中させつつ、できれば無力化しておきたい。
「……うん、やってくれると助かる。何発かはもらうつもりでいたけど、結構厳しそうだ。その代わり、こいつは、私が倒すから。――スピネル、ルチルもアレクのバックアップを!」
「了解!」
「りょ、りょうかいですぅ!」
私は盾を展開しながら前進する。カルクさんと白いのが戦っている射線を塞ぎつつ、移動しないと――。
「アレク! 気を付けろ、そいつの銃……ただの銃じゃない!」
スピネルの声。え? どういうこと? 思う間もなく――銃弾が、横から、来た。
「くっ!?」
普通の弾ではありえない起動。まさか銃弾が曲がるとは。正面に展開していた盾を慌てて左側に展開しなおすが、一歩遅い。魔弾が、私の左腕を直撃した。
「いっっったぁー!!!!」
思わず叫ぶ。ヤバい、折れたかもしれない。高速で飛来した魔力の弾だ。身体強化をしていたとはいえ直撃したらこうなる。……いや、しかし私が正面に出ていてよかった。これカルクさんに当たってたらヤバかった。
「だ、大丈夫ですかぁ!?」
「大丈夫じゃない! 痛い!」
「治療したいですけどぉ、ちょっと遠いので、あとで直しますねぇ、ファイトー」
「がんばれー」
遠くからルチルとコハクの声がする。くぅ、痛いよう。
そんなことをしている間に、スピネルが私の近くまで来ていた。カルクさんの方にも援護射撃を放ちつつ、黒いほうも牽制している、さすがだ。
「アレク、あたしが軌道を読んで指示を出すから、そっちの方向に盾を展開しろ。さすがに連続じゃあ撃てないみたいだから、徐々に接近して隙を見て倒しに行くぞ」
「了解。……結構、時間かかりそう、かな」
左腕が痛い。骨折まではいかずともヒビは入ってるかも。
「長引かせると不利だな、早めに決めよう。……カルクさんの方も、フォローできた方がいいだろうしな」
ちらり、と後方のカルクさんの様子を見る。白い方の新型と戦闘中だ。有利な展開のようだが、黒い方がたまに遠距離射撃を放つので警戒して攻めあぐねているみたい。とにかく早めに黒い方を潰さないとまずい。
「アレク、右! 今度は左前! 真上!」
スピネルの指示に従い盾を展開しながら前進する。
「スピネル、次防いだら私が敵正面に向けて走るから、あなたは側面に回って!」
リスク覚悟で私が特攻、その間にスピネルに相手を無力化してもらうのが早そうだ。最悪銃を潰してくれれば何とかなる。
「OK、それで行こう。……ちょうどいい、正面だ!」
私は正面に向けて盾を展開し――そのまま黒い新型向けて全力で走る。さすがに想定外だったのか、一瞬新型が止まった。その隙を逃さず、スピネルが相手の右側面へ向けて走る。
目標が分散したことで、黒い新型はどちらを狙うか迷っているようだ。だがそれも一瞬。嘘。スピネルに狙いを定めた。防御が薄い方を優先したのか。――まずい、私を狙ってくれないと作戦が。
「アレク! あたしが囮になるから、お前が倒せ!」
「――わかった! 死なないでよ!」
盾を消し、柄を痛む左手で持って、全力で走る。黒い新型はスピネルに向けて発砲。ただ、彼女は身が軽い。間一髪ではあったが射線を読み、何とか躱す。――そして、私と新型の距離はすぐ近くまで来ている――!
「うりゃあああああー!」
借り物の剣を走りながら抜き、思い切り相手の銃に叩きつける。――こんなことになるなら、もっといい剣を借りとけば良かった。私の剣の腕は大したことはないので、銃に傷はつけたものの使用不能にするには至らない。これが腕のいい剣士なら、銃など真っ二つにできたろうに。それどころか、零距離で反撃を受けようとしている有様だ。
「くっ……盾を」
痛みを堪えながら左手に持った柄を掲げ、銃口に突きつける。ガン! という衝撃。ギリギリのところで防御が間に合った。衝撃が痛んだ腕に響くが、何とか堪える。そして――発砲直後、盾を消し、右手の剣をその銃口に突き入れる――!
ギィン! と音を立て、銃口がひしゃげる。さすがに突き刺さりはしなかったが、少なくとも銃の機能は損なえたはず。黒い新型は一瞬固まり――銃を投げ捨てた。そして、予備武装だろうか、短銃を取り出して構えようとする。させるか――!
私も剣を投げ捨てると、左手に持っていた盾の柄を右手に持ち替え、魔力の盾を発動。そのまま思いっきり殴りつける――! シールドスマイト!
ゴガン! という鈍い音がして、構えようとした短銃は地面に落ちた。黒い鎧自身もよろけている。よし、これで隙ができた。
「よくやったぜ、アレク」
私が黒い新型と戦闘している合間に、スピネルはそいつの背後を取っていた。そして――。
発砲。発砲。発砲。
無数の炎を纏った弾丸が、黒い鎧に突き刺さる。まず脚部を狙い、機動力を削いだ。続けて指。これで銃は扱えない。
「予想以上に固いな……ルチル!」
完全に狙いがスピネルや私に向いたタイミングで、ルチルがコハクを伴い、白い鎧を避けつつ接近して来ていたのだ。
「はい……これで、とどめ、ですぅ!」
ルチルは不安定ながらも素早い動きで鎧のそばに駆け寄ると、思い切りメイスを振りかぶり――フルスイング。直撃と同時にメイスの先端が大爆発を起こし、黒い鎧は粉々に砕け散った。ちなみにルチルも吹き飛んでいる。
「ああああああやっぱりこれって欠陥魔導具ですよねぇえええええー!」
吹き飛んだルチルが何事か叫んでいた。彼女が防御の術に長けているから笑いごとで済んでいるけど、普通の人が使ったら大惨事だと思うよ、確かに……。
「――終わったね、お疲れ様。」
掛けられた声で振り返ると、槍の魔導具で串刺しになった白い鎧を背に、カルクさんが立っていた。
「はい、何とか……カルクさんは、大丈夫でしたか?」
「あぁ……連携されていたら面倒だっただろうけど、君たちが黒い方を引きつけてくれたからね」
「アレク、スピネル、ルチル、おつかれさま、かっこうよかった!」
「ほ、本当ですかぁ……?」
コハクの言葉に薄汚れたルチルが疑問の声を上げる。
……まぁ、とりあえず、新型を二体打倒することに成功した。あとは――。
「はい、お疲れさん。今度は私のお相手、お願いしてもええかな?」
唐突に生まれた声に血の気が引いた。疲れを労い合う私たちのすぐそば、先ほどまで何もいなかったはずの場所に、黒い、狐の女性が立っていた。
戦いはまだ、何も終わってはない。――本番は、これからなのだ。
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