Interlude2 - 怖気ついたって仕方がないから
ミクはカイルとの通信を遮断した。ほんの少しの集中を削ぐ要因が命取りになると感じたからだ。対峙した赤髪の鬼は笑うでも、怒るでもなくただ無表情に佇んでいる。対面して、わかる。この鬼は、先ほど見た黒狐と遜色ない実力者、A級冒険者以上の力を持つ化け物だと。
「――お初にお目にかかる。俺はグレン。鬼の種族内では将軍の地位を務めている。其方らと戦う前に、名を聞かせていただきたい」
「……名前、ですか?」
「自分が殺したものの名は、留めておくようにしている」
「……なら、不要ね。知りたければ小粋なトークでも聞かせて頂戴」
「承知した。――黒い少女と金の少女。少なくとも退屈しない時間は提供させていただこう」
黒い少女――ミクは両手に魔導具である短剣を構え、グレンを睨みつける。対するグレンは自然体。腰に下げた鞘から刀を抜くことすらしていない。つまり、それが彼の評価。臨戦態勢になるほどの相手ではない、ということ。
「グレンさん。一つ、聞かせてください」
ミクは早鐘のように鳴る心臓を抑え、鬼に問う。
「なにか」
「あなたは――不死、ですか?」
「――いや。鬼であろうと、傷を負えば血が噴き出し、急所を貫かれれば死ぬ。多少頑丈なだけで、其方らと特に変わらぬよ」
「……そうですか」
嘆息し、ミクはその場で体を少しずつ跳ねさせる。加速のための助走。出し惜しみはなし。油断されている間に決着をつける――!
「――縮地」
高速の移動術。文字通り地を縮めたがごとく、ミクの姿は目で追うことすら困難となるはずだ。直線的ではなく多角的に。相手の死角からの攻撃を繰り返す。
「早いな」
だが、グレンはミクの攻撃をすべて紙一重で躱す。受けることさえしない。視認できないはずの速度を視認し、さらに反応までしているということ。驚異的な反射神経と身体能力だ。
「これはどう?」
ミクの攻撃の合間を縫うように、レイが槍状に変化させた魔力弾を十発ほど撃ちこむ。ミクには当たらないよう軌道を繊細に変化させつつ、すべてグレンの急所を狙った攻撃だ。さすがにすべての回避は不可能だったか、抜いた刀で全弾叩き落としている。凄まじい技量だ。
「……刀を抜かせたな。――もう、手加減はできんぞ」
「……なんでもいいわ。どうせ、勝つのは私たちだから」
舌戦を繰り広げつつ、レイは幾度も槍を撃ち込み――そのまま背中に羽を生み出すと高速飛行をしてグレンに接近した。ミクとタイミングを合わせ、右手に生み出した光の刃で、鬼の前後から挟み打つように近接攻撃を仕掛ける。だが――。
「二人とも技量が足らん。それでは俺に届かない」
あっさりと、刀と鞘でそれぞれの攻撃を受け流す。そのままの勢いで二人にカウンターの一撃を撃ち込むグレン。本人の言葉とは裏腹に、明らかに手加減されている様子だ。何とか防御し、それぞれ後方に飛び退る。
グレンとの距離が離れたので、通信機器を用いて会話をし、作戦を立てることにした。
『……勝機は?』
『近接戦闘じゃ無理ですね。技量の差がありすぎます』
ミクもレイも一定戦闘訓練は受けているが、実戦経験が足らない。一方目の前にいる鬼は、優れた才を幼い頃からの訓練で育て、実戦で磨き上げていると想像できる。相手からすれば文字通り児戯に等しいだろう。
『作戦、ある?』
『……私たちにあって、彼にない部分をうまく使いましょう』
『具体的には?』
『うまくいく保証はないですが――』
◆◇◆◇◆◇
こちらが会話をしていることに気付いているだろうに、グレンは動かない。――いや、もしかしたら彼は積極的にこちらを始末したいわけではないのかもしれない。
「お待たせしました。では、再開といたしましょう」
ミクは鬼の正面に立ち――その両手を大きく広げた。まるで、何かを掲げるように。その背後で、レイが高速で飛翔した。どんどん高度を上げ、町の中央へと飛び去る。
「――逃げたのか? いや……なるほど。援軍を呼びに行ったのか。あの速度なら、確かにすぐ誰かを連れて戻ってこれる、か」
「私たちにあって、貴方にないもの。それは、人数と機動力です」
あとは、ミクが相手を止めておけばいい。
「そう簡単には行くかな……それに――其方では、俺を止められん。このまま町に入ってしまえば目論見は外れる」
こちらの覚悟を読み取ったのか、グレンの身体から剣気が迸る。――あぁ、怖いな。でも。
「私にも、切り札くらいあるんですよ。……あまり、貴方に効果的ではなさそうですが」
「……何を」
「――ハルペー、起動」
それは、異世界の武器。神を殺す逸話を持つ、不死を否定する首狩りの鎌――。
ミクは――39番目の実験体は、その成果である大鎌を両手に掲げた。
「……其方は、その武器を生み出すために造られた存在か」
「出来損ないですけどね。まぁでも、短剣よりは扱いなれています」
少女には不釣り合いな、巨大な鎌を両手で支える。コーディネートとしては最悪なのに、まるで生まれる前から持っていたかのように、黒髪の少女によく似合っていた。
大きく、鎌を横に薙ぐ。柄が長く、刃の大きい大鎌での戦い方は限られる。重く、隙だらけで、本来なら目の前の鬼には通用なんてしないはず。だが――。
「――驚いた。理屈を超えた動きをするな、その鎌は」
まるで子供のおもちゃのように、軽快に動く。両手で扱う必要すらない。ミクは大鎌を振り下ろし、斬り上げ、回転させる。刃が地面や自らの身体を傷つけることもない。これが、不死を殺すために造られた神造兵器――。
「神様が作った武器、らしいですから。模造品ですが……このくらいのことはできます」
「……面白い」
グレンの動きが、加速し、抜き放った剣がミクを襲う。――あぁ、やっぱり強い。攻め手に回られるとお手上げだ。
「――くっ」
頬から、腕から、足から、血が噴き出す。
「どうした、その程度か!」
「あなたが不死なら、もうちょっとやりようもあるんですけど――ねっ!」
大きく鎌を振り、距離を取る。本来これは不死の神を殺すための武器なので、不死者を相手にすればその能力は跳ね上がるのだ。
「そうか。吸血鬼が来ていたら大変だったな」
「今からチェンジをお願いしたいくらいですよ。まぁ……私はあくまで、時間稼ぎ、ですけどね」
その言葉で、グレンは町の方を見る。……何も、誰も来ない。空飛ぶ天使は現れない。怪訝そうな表情。当たり前だ。――あの、負けず嫌いの天使が、誰かを呼んでくるなんて、そんなはずはないのだから。
「――金の少女は、どうした」
「――すぐに来ますよ」
その瞬間、無数の光弾が、上空高くから鬼に降り注いだ。文字通り、無数。視界を埋め尽くすほどの光の弾。一つ一つの威力は小さいが、質量を持つソレは、四方八方から間断なく鬼に激突し、その動きを、止める。そして――。
「――はっ」
防御に徹する鬼が、思わず笑う。彼が仰いだ天に輝くのは、垂直落下する流星。超高高度から一直線に墜ちる、金色の髪をした、麗しき天使。
「やられたな」
落下の加速と、自らの魔力を放出することでさらに推進。その速度は音を越え、衝撃波を生み出した。そして――。
「――潰れなさい!」
クレーターを生み出すほどの衝撃音に紛れて、そんな声が響いた気がした。
◆◇◆◇◆◇
「……大丈夫ですか?」
「全然大丈夫じゃないわ……あの鬼、激突の瞬間に全力で反撃をしてきやがった。おかげで衝突面がかなり削られたわ」
あれだけ不意を突いたのに、さすがの反撃だった。普通なら即死してもおかしくない威力だったが、かなり相殺されたのだろう。とはいえ――さすがの鬼も意識を失って倒れているようだが。人間と変わらないという言葉は嘘ではなかったらしい。
今はレイが魔力で両手両足をがんじがらめにして転がしてある。命に別状は――あるかもしれないがそこまでケアしていられない。
「魔族、あと何体いるのかしら」
「さぁ……とりあえずあの狐もいるんですよね。もう、私魔力ほぼないですけど」
「私もよ。飛ぶことすらままならないわ」
「……あとは、他の仲間たちに託すしかないですね」
「そうね。取りあえず……」
レイは右手を掲げた。ミクは微笑み、同じく手を掲げる。
「お疲れ様、いい戦いでしたね」
パン、とお互いの手を打ち鳴らす。自分たちにやれることはやった。どうなるかはわからないが、とりあえず今は、二人での勝利を祝うことにしよう。
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