Interlude1 - 神頼みとか冗談じゃない
状況は絶望的だった。端末に送られてきた敵の配置図と大雑把な戦力分析。最低でもB級クラスの新型魔導兵が十体。加えて魔族はまだ姿を見せていない。ミクは嘆息しつつも新型に向けて走る速度を上げた。ここからは一分一秒が勝負になるだろう。
「神頼みでもしてみる?」
すぐ隣を飛翔するレイが冗談めかして声を掛けてくる。
「……天使の貴女が言うと、本当に頼めそうな気がしちゃいますね」
ミクはその言葉で少し緊張が解れたのを感じる。レイは天使と人間のハーフであり、以前は神の近くに暮らしていた。神頼みが、本当ににできる環境にあったのだ。
「自分で言っておいてなんだけど――神頼みとか、冗談じゃないわね。あいつら、頼んでもロクに聞いちゃいないわよ」
実感の籠った声音で呟き、レイは高度を一気に上げた。天使は背中に魔力で生み出した羽を展開し、自由自在に飛行することが可能だ。……たまに、羨ましいなと思う。
「先行して攻撃を仕掛けるわ! いったんミクは様子見で、本部に報告しておいて!」
レイはそのまま上空から視認できる距離にいた新型の一体に数十発の光の弾を撃ち込んだ。天使の扱う魔術はシンプルで、魔力を自由自在に操る。球状にしてぶつけたり、針状にして刺したり、そのあたりは好きなように調整できるらしい。
ミクが視認できた範囲だと、新型は全身鎧を模したような姿をしている。――いや、より具体的に言うと、まるで、重装甲のロボットだ。
戦闘の開始と同時、ミクは冒険者協会の作戦本部へ連絡を取る。マイクとイヤホンを兼ねた魔導具が配布されており、それを通じて会話ができるのだ。
「司令部。こちらミク。新型魔導兵の一体と交戦を開始。レイさんが光弾を撃ち込みました。私も接敵します」
返事を待たずに通信を切り、ミクは体中に魔力を通し、一気に加速した。彼女は身体強化を得意としており、一般の魔術士が使う強化と比較にならないレベルで身体能力を高めることができる。――それこそ、飛行している天使に簡単に追いつけるくらいに。
光弾を受けた新型は、微動だにしていなかった。それはつまりレイの攻撃が何らダメージを与えていないということになる。ミクは想定していた敵の防御力を引き上げた。レイの使う魔術は、純粋な魔力の塊をぶつけるので炎や氷といった属性付きの魔術と比べると威力は低いが、それでも当たれば人が昏倒するくらいの威力はあるのだ。にもかかわらず、へこみ一つ見えない。
「レイさん、聞こえますか? 見たところ無傷です。威力を引き上げたほうが良いかと」
上空にいるレイ、そして本部へも同時に言葉を投げかける。個別の共有は面倒だし、このまま実況したほうがわかりやすいだろう。
レイは周囲に無数の光弾を浮かべて空中を漂っていたが、その弾をすべて槍状に変化させた。これで少なくとも威力は格段に上がる。
「ミク、長引かせている時間はないわ。これを全部撃ち込んだら接近戦で。よろしく」
「了解ですレイさん。タイミング、合わせます」
レイが右手を掲げ――振り下ろす。瞬間、彼女の周囲に漂っていた数百本の槍が、地上の新型に向けて降り注いだ。すると――さすがに新型も直撃はまずいと判断したのか、見た目に合わない俊敏さで回避行動をとりつつ、左手に付属していた盾で防御姿勢を取る。
いくつもの衝突音。地面と、盾と、そして鎧に魔力の槍が突き立った音だ。さすがに重装甲な魔導兵でも無傷とはいかなかったようで、特に左手の損傷は激しい。――その隙をついて、ミクは駆けた。
魔導兵は意思があるわけではないといわれていて、基本的には事前にプログラムされた命令に従って動く。そのため、低級の魔導兵はそもそも動きが鈍く、とっさの行動についてこれない様子が目立った。だが、この新型は反応速度も速い。実際、正面を避け迂回しながら接敵するミクの方に身体をずらし、すぐに対応できるように動いている。ハードだけでなくソフト面でも低級とはスペックが違うらしい。
ミクはもう一段速度を上げ、身を低くし新型の左側面から接近。相手の左脚部――膝を狙い、手持ちの短刀を突き入れた。これは魔力を刃とする魔導具で、それこそ全身鎧でも貫ける程度の威力と強度はある。人間同様の二足歩行であるなら、膝を潰せば機動力は奪えるはず、と踏んだのだ。
狙い通り、膝を貫かれた新型はバランスを崩す、が、左手の盾を地面に突き刺し、転倒を避けた。それどころか、右手にいつの間にか剣を持ち、それをミクに向けて振り下ろしてきた。刃は魔力で編まれている。ミク自身の魔導具と類似の武装だ。
体制を下げていた上に短刀を突き入れてしまっていたので反応が遅れたが、強化した脚部に無理をさせ、何とか振り下ろされた魔力の刃を回避する。だが、そこで終わり。転がるような避け方しかできなかったため、次撃の回避は困難だ。
想像を超える反応速度で、新型は剣を再びミクに向けて振り下ろす――その時。
「――あなた、私の相棒に、何をしているのかしら?」
ずぶり、と、新型の胸部から、白く細長い手が生えていた。その手を覆うように、魔力が鋭い刃として輝いている。レイは、今まで遠距離攻撃に用いていた魔力を右手に集め、刃として新型を貫いたのだ。ミクが新型の注意を引いている最中、気配を消して背後から接敵してからの一撃。おそらく新型も、まさか遠距離攻撃を連発してきた相手が急接近して背後から刺してくるとは想定していなかったのだろう。
振り下ろされようとしていた刃が消える。レイの刃が、新型の核を貫いていたのだろう。次の瞬間、新型はがしゃり、と、音を立てて崩れ落ちた。
「……ふぅ、助かりました、レイさん」
「私の動きまで、想定通りでしょうに。いい囮だったわ。……でも、貴女ならもっとやりようはあったでしょう?」
「新型の反応速度は予想以上でしたよ。それに、時間もなかったですし。まぁレイさんなら、何とかしてくれるだろうと」
笑みを浮かべ、お互いの健闘を称える。――しかし、これで終わりではないのだ。まだ十体のうち一体を倒したに過ぎず、その上魔族は別にいる。
「本部。ミクです。聞いていたと思いますが、新型を一体倒しました。私たちが遭遇した相手は剣と盾を持つ近接型。装甲も厚く、反応速度はかなりのものです。見立て通り、B級冒険者と遜色ないかと。見たところ汎用性も高そうなので、もしかしたら遠距離戦に特化したタイプなどもいるかもしれません。相手の武装や攻撃パターンを見定めてから戦略を練る必要があります」
『――あぁ、了解だ。助かる。悪いが、他九体を倒すのも手伝ってくれると――』
……カイルの声を聴きながら、ミクとレイは一点を見つめていた。
「すみません、カイルさん。それは難しそうです。――魔族を、発見しました。これから、交戦します」
現れたのは、赤い着物を身に着けた青年。その額には二本の角。
「――鬼、ですか……」
魔族の中でも高い戦闘能力と残忍な性格を持つと言われる、鬼。その一人が、ミクとレイの前に姿を現していた。
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