第22話:もうにげられないゾーン突入
「――よし、状況説明だ」
先ほどと同じ会議室。会議室前方のスクリーンにいくつもの映像が映し出されている。……これ、もしかして今の町の外の様子もある? すごいな、どうやってるんだろう。
部屋の中にはカイルさんと私たちのほか、何人もの人たち慌ただしく映像を見ながら何かを確認し合ったり、指示を出したりしていた。耳に何か着けているから、遠隔でどこかと話しているのだろうか。ミクさんとレイさんはいないようだ。
「これは今の町の外の様子だ。遠隔で町の周囲が監視可能な魔導具を各所に設置してあって、そこからの映像だな。で、見て分かる通り、魔導兵が町の北、東、西からそれぞれ現れている。……まぁ、南側は海だからな。ざっと見る限りそれぞれ数百体単位、あと五分もすれば外壁のすぐ近くまで来るだろう」
「時間が全然ないですね……」
……五分。町の人の避難とかどうなっているんだろう。
「ああ、外壁に近いところから順番に避難指示を出している。町を覆うように張られている結界は今魔族や魔導兵を通さないようにはなっているが、あの黒狐みたいなやつが来たら破られる可能性も十分あるしな……避難場所はここ、冒険者協会の地下にあるシェルターだ。かなり広いが町の全員入ると座ることもままならないだろうから、状況によっては他の場所に分散させることにはなるが」
「あれ……? そういえば、結界で魔族は通さないのに、コハクは通れるんですね」
一応彼も妖狐、つまり魔族の一種のはずだ。特に馬車で町に入ってくるとき抵抗などはなかった気がする。
「ああ、町へ入ってくる前に、ミクがコハクの情報を端末で送って、それを結界に登録したからな。結界は通さないようにするための条件を任意で決めることができるようになっているんだ」
へぇ……柔軟性がすごい。魔術のことは詳しくないが、さすがS級冒険者の張った結界だ。だから、特定の種族だけ入れないようにすることができるのか。
「まぁそんなことはいいだろ。それより、今の防衛体制はどうなってて、あたしらは何をしたらいいんだ?」
スピネルが問う。そうだ。問題はそこだ。このまま町中やシェルターでぼうっとしていればいいわけではないだろう。一応私たちは冒険者なわけだし。下手すると敵はコハクを狙ってくるかもしれないし。
「順に説明する。まず――あそこ、あの図を見てくれ。あれが現在の町と味方、敵の配置図だ」
スクリーンに映る映像の一つにこのあたりの地図が簡略化されて記載されている。地図上で青色の光が町の外に点在し、町から少し離れたところには赤色の点が無数にある。おそらく青が味方、赤が敵、なのだろう。
「見ての通り赤は敵。青は味方だ。で、青は大体四、五人の部隊で分かれて、町の外壁からすぐ外側で待機している。それぞれB級冒険者一名にC級冒険者が三、四人。それで一部隊だ。大体二十隊相当の冒険者に声を掛けたんだが、いかんせん相手の動きが速すぎてな。まだ半分程度しか現着していない。代わりにB級上位やA級の冒険者を穴を埋める形で配備している」
「結構人数いるんですねぇ……さっきくらいの魔導兵だったら何とか対処できそうでしょうかぁ」
ルチルの感想に私も頷く。うん。あのくらいならたぶんC級冒険者でも囲まれでもしない限り大丈夫だろう。
「そうだな。正直あれ位の低級魔導兵だけだったら部隊を組ませなくても何とかなるとは思う。ただ、相手には魔族が混ざっている。しかも何体いるか不明。仮にあの黒狐クラスだと、C級冒険者なんか一瞬で殺されてしまうだろうからな。B級が引率して、魔族の接近時など危険な時にはすぐ退避できるよう指示を出してある」
徐々に、魔導兵たちが近づいてくる。映像に何人かの冒険者たちが映るが皆一様に緊張の面持ちだ。無理もない。
「魔族――例えばあの黒狐と遭遇した場合はどうするんだ?」
スピネルの問いにカイルさんが答える。
「とりあえずB級上位やA級連中で足止めてる間に、近くのやつらがみんな集合するしかないな。倒せそうならもちろんその場で倒すが、リスクを最小にしたいから基本的には大人数囲んで倒す、が基本だ。大体そのランクなのが二十名程度。さすがにその半数、十人で囲めば何とか対処はできると踏んでいる」
「となると問題は……魔族が複数いた場合、か」
「ああ。各個撃破するしかないが正直五名以上いたら相当厳しいな。俺の知る限り、前線に出てくるような魔族は弱くても冒険者でいうA級くらいの力はある」
「……そうなると、私たちがいたところで全然役には立たないですねぇ……」
B級どころかやっとC級に上がったレベルの私たちだ。はっきり言って魔族と遭遇したらすぐやられてしまうだろう。むしろ黒狐と会ったとき良く死ななかったものだ。魔導具のおかげではあるが。
「いや、お前たちには……やってもらいたいことがある」
「言わなくてもわかりますよ、囮でしょう」
私は説明される前に先手を打つ。おそらく敵の最強戦力と思しきあの黒狐がコハクを気にかけていたのだから、それを使わない手はないだろう。彼女の位置をコントロールできればだいぶ戦いやすくなるはずだ。
「……悪いとは思ってる。だが、俺もこの町を守らなきゃならんからな、勝率は少しでも上げたい。頼む」
「……まぁ、魔導具、勝手に使ってますし。なにより、ここでごねてもコハクが危ないことには変わりないので。それだったら協力体制取ったほうがマシなので」
そう。どうせあの黒狐がコハクを狙ってくるのなら、対策は必要なのだ。それなら冒険者協会と共に戦ったほうが絶対に良い。
スピネルとルチルをちらりと見ると、二人とも仕方がない、という風に頷いている。
「助かる。ひとまずお前らには町の外……敵勢力の来ていない南側がいいか。そこで待機をしてもらいたい。護衛としてひとまずカルクを付ける」
今まで無言だったカルクさんは特に大きなリアクションもなく頷いた。既に察していたのだろう。
「でも……あの黒狐、私たちがそこにいるってわかりますかね?」
ここは監視装置があって、だれがどこにいるのかもリアルタイムで把握できるようになってはいるが、そんな道具は持っていないだろうし。
「まぁ一応賭けではあるが……あのクラスの魔族だったら、自分の同種がどこにいるかくらいは簡単に把握できるんじゃないかと思ってる。結界の中だとさすがにわからんだろうが、外にいりゃ気付くだろう」
「でも、罠だって思いませんか」
「思うだろうな。だが、あれだけの実力があれば、意に介さない可能性もある。……まぁ博打ではあるが、俺らの損はカルクが戦闘に参加できないくらいだし、魔族がこなそうならカルクだけ移動してもらうとかは考えるつもりだからな。とりあえずやってみるさ」
確かに私たちがいようがいまいがあんまり関係はないか。そんなことを考えていると、カルクさんが手を上げた。
「カイル。その黒狐とやらは相当強いようだ。私一人で抑えられるとは思えないんだが、囮として引き寄せた後のプランはあるのか? とりあえず足止めをしろと?」
死ねというのか、というニュアンスを言外に出しつつ問うカルクさん。……そうだよね、いきなりお願いするにはハードルが高い任務だ。
「あ、あぁ、取りあえず、だが魔族の接近を検知したら、ミクとレイをそちらに送り込むつもりだ。あの二人なら到着までそんなに時間はかからないだろうし時間稼ぎもできるだろ。三人で抑えておいてもらって、そこからさらに状況に応じて俺やストリア含めたA級連中を投入する感じになるだろうな」
「ふむ……とりあえず了解はしたが、本当に大丈夫なのか、この作戦」
「大丈夫じゃねぇだろうな。正直、どこでどれだけ犠牲が出るかわからん。それだけヤバい状況なんだ。何せ急な魔族の侵攻で何より時間がない。そもそも冒険者連中に事情を説明する時間すらほとんどとれてないんだ。お前もそうだが招集掛けても集まらない奴多すぎだ。取りあえず文面で状況まとめて送ったが見てねぇだろ」
「支給された端末、そんなに頻繁には見てないからな……。取りあえず、今はアレクたちと共に南側へ向かえばいいか?」
「ああ、それで――」
カイルさんが答えようとしたとき、ビー! ビー! という巨大な音が室内に鳴り響く。な、何事!?
「カイルさん! 大変です!」
部屋の中で映像を見ながら何らかの指示を出していた女性がカイルに叫ぶ。……よく見ると、なんか、皮膚が少し、透けてる? 何の種族だろう。
「マリーか、どうした!?」
「まだ距離はありますが、町を取り囲むように、十体新たな魔導兵が現れました! 今までのものとは違い、魔力量がかなり多く、おそらく上級クラスの魔導兵です!」
「マジか……! 上級が十体となると、そちらにB級上位以上は裂かざるを得ない」
カイルさんが苦悶の声を上げる。よくわからないけど強い魔導兵が町を取り囲むように現れたみたい! え? ヤバいじゃん。さらに魔族も来るんでしょう?
「――レイさんから通信が!」
「部屋のスピーカーから出せ!」
『こちらレイ! カイル! 今町の西側にいるけど、なんか変な奴らが現れたわ! とりあえず私とミクはそいつらのところへ向かおうと思うけど構わない?』
レイさんの声。なるほど、現地にいる冒険者たちとも連絡が取りあえるようになっているのか。便利だ。
「頼む! 殲滅より情報収集を優先してくれ! 交戦したらすぐに連絡を」
『了解! いったん切るわ!』
プツリ、という音と共に、音が消える。室内はその直後沈黙した。
なんというか、どんどん大変なことになってくる。――今の私ができることは、ミクさんとレイさんの二人が、無事でいられますようにと祈ることだけだった。
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