第21話:浮かれた足取りにもそりゃなるね

 あれから、冒険者協会の窓口へ行き、上がったレベルに応じた諸々の説明や報酬などを受け取った。猪退治に関する査定はまだらしいが、βテスターとしての報酬と請け負ったいくつかの依頼報酬で何とかしばらくは生活していけそうだ。……勝手に使ってしまった魔導具についても、カイルさんのおかげで弁償はしなくてよくなったわけだし。


 そして、冒険者協会近くの宿を手配してもらい、そちらに荷物を置いてようやく一息ついたところだった。四人部屋ではあるがかなり広くて設備も良い上に、この宿代も協会持ちらしい、やったね。


「疲れたぜー。ちょっと風呂でも浸かってゆっくりしたいところだ」


「温泉、気持ちよかったですよねぇ」


 疲れた様子のスピネルとルチルがしみじみと言う。まぁ馬車での長距離移動からのこれなので疲れるのも無理はない。コハクも目は覚ましたが眠そうだ。


「なんかこの町にも温泉じゃないけど大きなお風呂はあるみたいだよ。さっきもらった案内に書いてある」


 私は冒険者協会の窓口の人にもらったメルトの町の案内を見ていた。名物とか美味しいお店とか様々な施設とか、無料とは思えない充実した情報の載った冊子だ。


「へぇ、そりゃいいな。あとで行こう。ついでに町中も見回りたいな」


「で、でもぉ、宿にいろって言われましたよねぇ」


 確かに、カイルはそう言っていた。


「でも時間まだかかりそうじゃん。あの後で色々また偉いさんとか、下手すると領主とかにも連絡するだろうし、そんなすぐあたしたちのところに来るとは思えないからな。最悪宿に行き先伝えときゃいいだろ」


「えぇー……? アレクさんはどう思います?」


「うーん……結構広めの部屋とはいえコハクも飽きるだろうし……なにより、この町、見たいじゃん! と思ったので……外へ行きたいと思います! 怒られたらみんな一緒に謝ってねじゃあ出発!」


 立ち上がり右手を掲げて出発の合図。コハクはよくわかっていないが嬉しそうだった。いや、だってさ―着いたばっかりの町で部屋にこもってろはさ、無理よやっぱ。


◆◇◆◇◆◇


「改めて見るとすごいねー、なんか、視界が明るい」


 私はコハクを肩車しながら、町を見まわしていた。とにかく色鮮やかで、町も活気がある。建物もそうだが、本当に色々な種族がいるので、見ていて飽きない。トカゲ人間のリザードマンや、鳥人間のバードマンなど、最初は少し怖かったが、皆一様に楽しそうに歩いているので、いつの間にか私もコハクもニコニコしながら歩くようになっていた。露店も多く、串焼きやお菓子屋を買って頬張りながら散策を続ける。


「……そうだ! 忘れてた」


 スピネルが突然声を上げた。なんだろう。


「どうかした?」


「ああ。出発前に、リタとリズから手紙預かってたじゃん。何とかって獣人宛ての。結局冒険者協会への紹介とかはいらなかったけど、会っといたほうがいいんじゃないかどうせなら」


 ……そういえば。二人からメルトで助けてもらえるように、って手紙預かってたんだっけ。色々巻き込まれてあれよあれよと会長のところまで連れてかれちゃったけど、色々話は聞いてみたいし、会っておいて損はないだろう。


「確か……カルクさん、だったと思いますぅ。冒険者協会で聞けばわかりますかねぇ」


 ルチルは名前まで覚えているらしい。さすがだ。


「んじゃ、冒険者協会行くか。宿に置いた荷物の中に手紙あるから、取りに行って、その時に協会に行くって伝えとけば大丈夫だろ」


 とりあえず次の目的地は決まった。新しく人に会うのも楽しみだし、町中を歩くだけでわくわくしてしまう。

 

「よしコハク、しゅっぱーつ!」


「しゅっぱーつ!」


 肩車されたまま、きゃあきゃあと喜ぶコハク。楽しい。……せめて今だけは、幸せな時間が過ごせますように。


◆◇◆◇◆◇


冒険者協会に到着した。ひとまずカルクさんへの手紙を預かっている旨を窓口の人に伝えると、ちょうど訓練所にいるから呼び出してくれるとのことだった。椅子に座り、休憩しつつ考えてみる。どんな人なんだろう。見た目が違うからびっくりするかも、とリタリズは言っていたが……。


「君たちか? リタとリズの知り合いというのは?」


 声を掛けられ、振り向く。落ち着いたトーンの声質だ。カルクさんだろう。その姿は――。


「――こ、こんにちは」


 思わずどもった。目の前にいたのは、一言で言うと、直立歩行をする狼、だった。リタとリズは耳としっぽと牙くらいしか獣人としての特徴はなかった。この町で見る獣人たちも、様々ではあったがせいぜい、人間に耳と尾、そして髭が足されたり、瞳が動物っぽかったり、手先や足先が獣に近かったり、というくらいだったが、カルクさんは何というかそういう次元ではなかった。


 まず、顔が、狼。いや、正確にはもう少し鼻が短く、人間よりではあるのだがどちらに近いかと言われれば完全に狼寄りだ。顔も含め、全身が毛に覆われている。そして、イヌ科の特徴を持つやや長い鼻。口も普通の人間より大きく、牙が覗いている。ただ瞳は人間のものに近いし、濃いブルーの髪の毛もある。簡単に言うと、鼻が短く目が大きく髪の毛のある青い体毛の狼人間、だ。ちなみに、服は着ている。半そでのシャツとショートパンツなのだが手足も含め全身青と白の毛に覆われているのであまり露出度は高く見えない。ただ、胸の膨らみや腰のくびれはしっかりとあり、体のラインは女性的だ。


「どうかしたか? ……あぁ、リタやリズとは見た目が違うから、驚いたか?」


 すごく理性的な話し方だ。見た目とのギャップにびっくりする。


「は、はい。正直ちょっとびっくりしました。こういうタイプの獣人の方もいるんですね」

 

 正直、ここまで獣寄りの獣人は初めて見た。そもそも獣人自体普通の町ではそこまで見かけないのだが。


「私みたいな獣に近いタイプは、通常獣人の集落にいるからね。人間に近い姿だと、そちらでは暮らしにくくなって人間の町へ来る場合が多いんだ」


「そういうものなんですね……あ、すみません。自己紹介がまだでした。私はアレク、こちらがスピネルと、ルチル。そして、コハク、です。コハク以外は冒険者で、レベル10――C級になりたてです」


 あっけにとられて忘れていた。慌ててみんなを紹介する。……コハク以外は私と似たようなリアクションだったけれど。


「私はカルク。この町で冒険者をやっている。私はレベルで言うと27。一応B級だ。よろしく」


「あー……スピネルだ、よろしく。この町の冒険者って、みんな自分のレベル把握してるのか?」


 スピネルが問う。ちなみにレベルと階級は10までがD級、20までがC級、30までがB級、という感じらしく、カルクさんはB級上位、ということになる。


「うん、そうだよ。基本新しい仕組みはまずこの町で試されて、そこから各地の冒険者協会に広める形をとるからね。冒険者協会が作られたのがこの町だから、本部みたいな扱いなのさ」


 なるほど。そういうものなんだ。


「な、なるほどぉ……。レベル27、ってことは結構腕が立つと思うんですが、役割は何を?」


 私はファイター……だけど、どちらかというと最近は盾使いという感じだ。シールダーとかになるのだろうか。スピネルはシーフ兼レンジャー、ルチルはヒーラーだが、カルクさんはどういうポジションなのだろう。


「私はファイターだよ。より厳密にいえば、槍使い、ランサーかな」


「そうなんですね、私もファイターです! あれ、今は、武器持ってないんですね?」


 このメルトの町も冒険者協会も、武器の持ち込みは禁止されていない。危険なもの、邪魔なものは受付で預ける決まりだが、槍くらいはみんな鞘をして持ち込んでいる。何かあったときに即対応できるように、武器は手元に置いておくのが基本だ。


「私の武器はこれだよ」


 カルクさんは右手にはめた銀色のやや大きなブレスレットを見せてくれた。細長い棒が何重にも巻き付いたような形状で、一つ宝石が嵌っている装飾品にしてはややごついな、と思ってはいたが……。


「魔導具、なんですね」


「そう。私の意志で槍に変化する。高かったが、便利だな」


 私たちも勝手に借りた魔導具の便利さは身に染みている。やっぱりお金は大事だなぁ。そもそもの日常の快適さが全然変わるもの。


「それで、君たち、その子ぎつね――いや、妖狐か。とにかくその子の親を探すためにここへ来たということだったが」


 リタとリズが手紙に書いてくれたのだろう。こちらの事情はある程度把握してくれているらしい。


「はい。取りあえずこの子が魔族だってことは分かったんですが……私たち魔族には全然詳しくなくて。こっちに、魔族とのハーフ? の方がいるって聞いてとりあえず来てみたんですが……」


「あー……なるほどな。いるにはいるが、今は不在だな」


「えっ、そうなんですか?」


「ああ、聞いているか? 北方で魔族との戦闘が激化していて、そこへS級冒険者が行っているという話」


「は、はい。さっき、カイルさんに」


 事情説明の時に聞いた内容だ。


「そのS級冒険者の一人が、魔族とのハーフだ。……いれば紹介くらいはしてやれたんだがな」


 カルクさんは肩をすくめる。……なるほど。困った。だけど、正直今はそれどころじゃないし、このバタバタが収まってからでもいいかな……。そう思った時――。


「おい! アレク、スピネル! ルチル! ついでにコハク!」


 大声で名前を呼ばれた。そちらを向くとカイルさんがいる。……あ、何か進展があったのかな?


「お前ら宿にいろって言ったろ。……ん? 何だカルクも一緒か。知り合いか?」


「共通の知人がいてね。……しかし、どうしたんだいカイル。慌ただしい」


 カイルさん一応会長の立場のはずなのにカルクさん気安いな。どちらかが、あるいは両方があまりそういうことを気にしないタイプなのだろう。


「あー……お前は巻き込むつもりだったからまぁちょうどいいか。アレク、突然だが敵襲だ。相手はお前ら――というかこの妖狐の子を狙ってくる可能性がある。悪いが作戦を説明するからちょっと来てくれ」


「て、敵襲? だってまださっき襲われてからそんなに時間たってないじゃないですか!?」


 まだ半日も経ってない。どれだけせっかちなんだ、あの黒狐。


「全くだ。少なくとも明日までは準備の余裕があると思ってたんだが……思った以上に大胆で頭がいい。組織が準備を整えるのにある程度の時間がかかることを知っていて、間髪入れず攻めてきたんだろう」


 カイルさんは苦々しい表情を浮かべている。


 だが、嘆いていても仕方ない。とにかく今、この時を何とか切り抜けなければ。――コハクのためにも。


「わかりました。……みんな、いける?」


「いやだけど選択の余地ねーだろこれ」


「だ、ダメって言ったらほっといてくれます……? そんなことないですよねぇいきますよぅ」


「コハク、だいじょうぶ!」


 コハク頼りになるなぁ。他二人も少しは見習ってね。


「あー……カイル。私はどうすれば?」


「詳しい説明は後回しだ。取りあえずカルク、お前はこいつら――特にこの妖狐の護衛頼む」


 カルクさんは少し混乱した様子ではあったが、カイルさんの言葉に力強く頷いた。


「――よくわからないが、承った。コハク。君は私が守る。安心していいぞ」


 笑みを浮かべてカルクさんは言った。うわ、笑うとカルクさんかわいいしなんか安心感がすごい。さっきまでは不安があったけど、頼りになる仲間もできたし、きっと大丈夫。――よし、頑張ってこの窮地を切り抜けてあげましょう!

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