第20話:非日常に続く入り口はここ
「――なるほど。大体事情は分かった、が……その妖狐と遭遇したのは偶然、ってことであってるか? その連れてる子狐とは本当に関係ないんだな?」
隣の会議室で関係者を集めた事情説明が行われた。集まっているのは二十人ほどで、年齢や種族も様々だ。ただ、皆さん只者ではなさそうに見える。正直緊張はしたけれど、何とか状況は一通り説明し終えた。で、そのあとのカイルさんの念押し。コハク本人は覚えていなさそうだったが……。
「コハク自身は覚えていないと言ってましたが、黒狐の方は見たことあるかもというようなことは言っていたので、もしかしたら近くにいたことはあるかもしれません。種族も近そうですし……」
ちなみにコハクは眠そうだったので、軽食を取った後会議室の床にマットとタオルを引いて寝かせてもらっている。
「なるほどな……いったん了解だ。どちらにせよ、黒狐はこの町を攻めてくる気だろう。相手が準備を整える前に発見し、被害者を出さずに退けられたのは幸いだ。――ではこれから、戦力分析と対策検討を行う。映してくれ」
カイルさんの声に合わせて会議室の前方にいくつもの文字や図が映し出された。
「まず、戦力分析だ。黒狐の尾は何本あったか、誰か覚えているか?」
私たち三人は顔を見合わせる。確か――。
「五本、だったと思います」
私が手を上げて発言する。
「五本か……最高位の妖狐は九本の尾があると言われるんだが、そこまでレベルは高くなさそうか?」
え? あれより強いのがゴロゴロいるの妖狐って。ちなみにコハクは当然一本。
「私の体感だけど、少なくともA級冒険者では勝てなさそうな印象を受けたわ。……勘だけど、尾は何本か隠しているんじゃないかしら」
レイさんが補足する。D級の我々では理解できない領域だ。
「なるほどな……まぁそのくらいはやりそうだな。妖狐は変化の術を使うとも言うし。――さて、そうなると問題なのが、S級冒険者の不在だな」
「すぐには戻れないんですか? 二人は大陸の東側に行っていて結構遠方と聞きましたけど、もう二人は北にいるんですよね」
ミクさんが問う。そうなのか。さすがにS級となると色々やることがあるのかな。
「東に行ってる奴らはなぁ……まぁすぐには戻せないな。連絡すらまともに取れん。北方の二人、今は魔族との交戦中みたいなんだよな……とりあえず連絡は取ってみたが、難しそうだ」
「定期的に戻っているようなのでどうかなと思ったんですが、そんな状況なんですね」
「あぁ。ここしばらく、魔族側の侵攻が激化しているらしくてな。……待てよ。これ、もしかすると陽動じゃないか?」
カイルさんの目が鋭くなった。
「可能性はあるわね。確か北方は、前の魔王を倒した最強の魔女が守っているんでしょう? そちらを落とすのは簡単じゃない。だったらそっちにできる限り戦力を集めさせて、その隙にここメルトを占領してしまう方がよっぽど楽にできそう。――実際、既に手薄になっているわけだし」
レイさんの言葉にカイルさんは顔を顰める。なるほど。北は魔族との戦争の最前線。そちらへの侵攻が激しくなったら、各国も援軍を送らざるを得ない。そうして、南側の国が手薄になったところで――空間を越えて侵攻が可能な魔族を送り込む。手薄な状態であれば、簡単に人間の町が占領でき、あとはそこを拠点に徐々に大陸の制圧に移ればいい、と……。それ、本当だとしたらヤバいんじゃない?
会議室にいる冒険者たちもざわつき始めた。当然だろう。下手するとこれから、この町は魔族からの大規模な侵攻にさらされるのだ。
「――とにかく、今時点で考えても埒が明かん。いったん最悪に備えて準備をするしかない。幸い、この町にはS級冒険者である『玉虫の魔女』が張った結界があって、外部から魔術による侵入は容易にはできないようになってるからな。少なくとも突然町中に現れるようなことは起こらないはずだ」
玉虫の魔女? ってなんだろう。虫人間とかなんだろうか。いるのか? そんなの。バカでかい玉虫を想像して鳥肌が立つ。いかんいかん。真面目に真面目に。
「いきなり出現することがないのであれば、町の近くに戦力を集めて攻撃を仕掛けてくる形をとるでしょうね……。不意を突かれることがないのは助かりますが、となると問題は……あの黒狐をどう倒すか。そして合わせて攻めてくるであろう別の魔族や魔導兵から、町をどう守るか、ですね」
ミクさんの言葉にカイルさんは頷く。
「ああ。魔導兵はまぁここにいるメンバー含めた冒険者を配備すれば何とかなるだろう。この町の冒険者人口はかなり多いからな。問題は――黒狐をはじめとする魔族どもをどう倒すか、だ。今現在A級冒険者は俺を含めて七名いる。B級上位も併せれば十五名ほど。その戦力を割り当てるしかないな。……ミク、レイ。率直に聞く、俺と、お前ら二人。それと――そうだな、ストレアの四人で黒狐と戦った場合勝てそうか?」
ミクさんとレイさんは顔を見合わせた。ストレアさん、というのはA級の冒険者だろうか。
「……倒せるかは分かりませんが、抑える、なら何とか……」
「そうね。魔力量が桁外れだったから、ダメージを与えられるかというと結構怪しいわ。ただ、足止めはできると思う」
「四人がかりでその見立てか。かなり厳しいな。他の魔族がどれだけ来るか次第ではあるが……そういえば、黒狐は子狐を狙ってくるような口ぶりだったんだな?」
カイルさんは頭を掻きながら、私に声を掛けてきた。
「あ、はい。そんなニュアンスのことは言ってました。どこまで本気かはわかりませんが……」
「そうなると囮には使えるかもな。ただ、さすがに一人で置いとくわけにもいかん。お前ら三人、冒険者ランクはどのくらいだ?」
……B級以上しかいないこの場で話すのは恥ずかしいが、正直に。
「私たち、まだD級です。……あ、でもちょっと前にデカい魔獣を倒したから、上がってるのかな? レベル制のテストに参加してて、それ用の冒険者カードもらってるんですが、そういえば見てなかった」
冒険者カードは身分証のようなものだが、別に毎回提示を求められるわけでもないので、鞄にしまったままだった。スピネルもルチルもそんな感じのようだ。慌ててカードを探している。
「あったあった。えーっと。……レベル……10!? めっちゃ上がってる!」
「お、あたしもだ。すげーなあの大イノシシの経験値」
「わ、私もですぅ。これで、一応、Cランク相当、になるんですかねぇ……まぁ、あれ、私たちの実力で倒したかっていうと……アレですがぁ」
う、そうだ。あれ魔導具の力借りて何とか倒したんだった。それでもランク上げてもらえるんだろうか。
「レベル10あれば、魔導兵からその子狐を守るくらいのことは問題ないだろ。魔族相手は厳しいけどな。取りあえず、状況はある程度見えた。この後の動きは整理して、また通達する。アレクたちは悪いが協力を頼むことになるだろうから、色々手続きした後、冒険者協会と提携の宿にいるようにしてくれ、手配はしとくから窓口に行けば案内してくれるはずだ」
そうか。Cランク相当の冒険者になったのであればその旨を報告しないとならないだろう。報酬もあるだろうし、一度窓口に行く必要がありそうだ。
「わかりました。取りあえずコハク連れて手続きして、終わったら手配してもらった宿にいればいいんですね」
「あぁ、それで頼む。他、何か質問は?」
――そういえば、ここで聞くことではないだろうが、緊急事態だからお願いしたいことがある。主に冒険者協会会長の権力で。
「あの……ちょっとお願いがありまして」
「なんだ、言ってみろ」
「私たち、冒険の依頼で魔導具をメルトまで輸送するよう頼まれてたんですが、途中で魔獣に襲われたときにそれを使っちゃったんですよね。その時は魔導具をうまく使って何とか切り抜けられたんですが……今レベル10になっているのはその魔導具のおかげが大きくて。できればこの騒動が収まるまでそれを借りていたいんですが、相談できたりしますか?」
カイルさんに言っても仕方ないのかもしれないが、正直この魔道具がないと、魔導兵やら魔族やらに襲われたときに対応できる気がしない。……うまくすれば、弁償は免れられるんじゃないかという打算もあったが。
「なるほど。ちなみにどんなだ? 俺、魔導具には結構詳しいから価値は何となくわかると思うぞ」
「あ、これです。取りあえず私のは。スピネルは魔導銃、ルチルは杖を使わせてもらってます」
私は、盾のグリップ部分に装飾が付いたような魔道具をカイルさんに見せる。彼はそれを手に取ると、にやり、と笑った。
「お前ら運がいいな。これは、冒険者協会、つまり俺がコペルフェリアから取り寄せた試作品だ。まだ安定しているとは言い難いが、最新技術を使ったかなり高性能な魔道具だぞ。そして――元々誰か冒険者に使わせて、データを取ろうと思ってたところだ。ちょうどいい。お前らそのまま使ってて構わないぞ。その代わり一通り終わったらレポート提出な」
「え……! じゃあ弁償とかしなくても大丈夫ですか!?」
「おう。もしお前らが今回の戦いで成果を上げたら報酬としてそれをやろう。買ったら相当な額だからな、いい条件だと思うぞ」
「マジですか! 私これほしかったから助かります! あ、あと私剣折れたんでなんか貸してください!」
ついでにもう一つ要求を通す。
「ああ、準備しとくわ。じゃあそう言うことで、頼むぞ。また連絡する」
そういってカイルさんは小走りで部屋を出ていった。めちゃくちゃ面倒なことに巻き込まれたけど、一つ困っていたことは解決しそうだ。レベルも上がったし、いいこともある。うん。前向きに、頑張ろう!
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