第19話:愉快な仲間を紹介するぜ
「大丈夫ですか?」
私たちを助けてくれた二人組の一人、黒髪の女性がこちらに問いかけてきた。……女性、と呼称はしたが、よく見ると私たちと年齢はほとんど変わらないように見える。少女と言って差し支えない年齢だった。
「だ、大丈夫です、ありがとう。おかげで、助かりました」
「危なかったわね」
突然目の前に降り立ち、会話に入ってきたのは、先ほど上空から光球を放っていた女性。……こちらも、私たちと同世代かもしれない。金髪碧眼で、恐ろしく整った顔をしているため、年齢がいまいちわかりづらかったが。
「ミク。さっきのはったり、上手だったわ。もし粘られてたらたぶん結構危なかった。アレ、相当上位の魔族よ」
「そうですね、レイさん。……あの黒狐、余裕は見えましたが、油断はなさそうでした。A級冒険者でも厳しい相手かと」
この二人は、黒髪のほうがミクさん、金髪のほうがレイさん、という名前らしい。……いや、ちょっと待って。はったり?
「え? 冒険者協会が検知してる、って言ったの嘘なんですか?」
「嘘ではないです。ただ……今、冒険者協会に私たちより明確に格上と呼べる冒険者はいないんですよね……。あなた達も冒険者だと思うので、ざっくり説明すると、私たちのランクは一応B級上位です。ただ、これはA級へ昇格するには経験が足りないだけで、戦闘能力等はA級と遜色ない、と言われています。なので、明らかな格上というとS級冒険者となるわけですが……」
メルトにはS級冒険者が何名かいるはずだ。ガルセニアでさえ一名は所属しているくらいだし、メルトの冒険者協会では大陸で一、二を争うほどなのだから。
「S級冒険者は今、出払っているんですよね……各所で色々なことがあって」
「え、そうなんですか。ヤバいじゃないですか。また来るって言ってましたよあの黒狐」
「ええ、ヤバいの。なのであなた達、ちょっと力を貸して。実力的にはそこまで期待できないとは思うけど……あの」
そこまで言って、レイさんはコハクを指した。
「狐の子は、使い道があるかもしれない。取りあえず、冒険者協会で、色々事情を聞かせてもらえないかしら」
――正直、あまり気分の良い言い方ではなかったが、どちらにせよコハクのことを考えると冒険者協会で話を聞くことは有益だ。私は頷く。
「はい。こちらかもお願いしたいです。……スピネル、ルチルもいいよね?」
「ああ。コハクを利用しようってのは気に食わないが、それを考えないとならないくらい、あいつがヤバいやつってことだろ。コハクが狙われているわけだし、こっちにも十分メリットはある」
「そ、そうですよねぇ。私たち狙われそうだから、一緒にいてもらえた方が、いいですね、コハクさんのためにも」
ひとまず意見は一致。ひとまずコハクを連れ、メルトの町の冒険者協会へ向かうことにした。
◆◇◆◇◆◇
家族連れの方も含めて全員で馬車に乗り込み、メルトへ向かった。幸い、怪我人は誰もおらず、少し子供が怯えていたくらい。そこはしっかりケアしてあげるように伝えつつ、最近危険なので町から離れる時は冒険者に護衛依頼をするようにと念を押されていた。その間、ミクさんは板状の端末のようなものを取り出し、何か作業をしている。おそらく今の状況を報告しているのだろう。
「そういえば、さっきみたいに魔族が来ることって、今までもあったんですか?」
私はミクさんとレイさん二人に聞いてみる。対応がやけに早かったように思えたので、もしかしたら警戒していたのかなという印象だった。
「魔導兵が出たことは、ここ最近で何度かあったわ。ただ、そこまで数も多くなかったし、冒険者でも簡単に退けられる強さだったから、冒険者協会の上の方も見張りを強化する程度で本格的な対策や調査まではしていなかった。……まさか、あそこまで強い魔族がいきなり現れるなんてね」
レイさんが回答してくれた。なるほど……。つまり、あの黒狐のような魔族が現れたのは初めて、ということになる。そりゃ一気に警戒モードにもなるだろう。
そんなことを話しつつ、簡単に自己紹介をしているとメルトに到着した。あまり行くり話す時間もなかったので、詳しい事情は後で説明する形だ。メルトの街並みについては、基本的に今まで通ってきた町や村も海沿いにあったし、他と様子はそこまで変わらないだろう、と思ってあまり期待していなかったのだが――。
「すごい、めちゃくちゃ綺麗」
メルトの町並みは、私が想像していたよりはるかに美しかった。道などはそんなに特徴がない石畳だが、建物が色とりどりだ。赤、黄色、緑、青……他にもたくさんで、どれも派手な原色、という感じでなく、淡い色で、なんとなくかわいらしい。
「きれいだねぇ、おはなみたい」
私と手を繋いでいるコハクも、周囲を見渡しながら目を輝かせている。
「本当に本で読んだ通りなんですね。色とりどりの家が並んでいますぅ」
ルチルの言葉を聞いて、前を歩いていたミクさんが詳しく答えてくれた。
「ええ。見ての通り、この町って、多種族が住んでいるんです。獣人、エルフ、バードマン、リザードマン……ちょっと歩いただけでも、色々な人とすれ違ったでしょう? そして、種族ごとに見えやすい色、って異なるみたいなんですよね。なので、皆さん自分がわかりやすい色の家やお店を建てるようになって。だから、こんなにカラフルな街並みになったらしいんです」
「へぇ、ちゃんと理にかなってるんだな、見た目重視なのかと思ってた。そういえば、犬って黄色と青は見えるけど、赤は見づらいって聞いたことがあるし、種族によってそれが異なるって感じか」
スピネルも感心したように頷いている。
「もう一つ、なんですけど、そもそもなんでこんなに異種族の人がいるんですか? ここって一応、人間の領地ですよね?」
私は疑問をぶつけてみた。ここメルトはアルベインという国にあるが、王は人間だし、特に移民を強く受けれ入れているようなことはなかった気がする。
「それはこの町が、様々な事情で自分の国に住めなくなった異種族を受け入れるために作られたから、らしいわ。詳しい成り立ちまでは知らないけど、だから、色々な種族の人がいるし、あまり過去を詮索されたがらない人も多いわ。会話するときは気を付けなさい」
レイさんの言葉に私は頷く。なるほど、異種族受け入れのために作られた町なのか。であればこの状況も納得はいく。
「着きましたよ。ここです」
「……でっか」
思わず呟いてしまった。何せガルセニアにあった冒険者協会の数倍はありそうな建物だったからだ。しかも、なんというか、他の建物と明らかに造りが違う。凹凸も少なく、なんというか無機質だ。他が色とりどりなのに対し、薄いグレーで全く主張がない。素材も謎な、直方体の、巨大建造物。それが、メルトの冒険者協会だった。
「他の町の冒険者協会って行ったことないんだけれど、こことは違うの?」
レイさんが逆に質問を投げかけてきた。
「そ、そうですねぇ……私たちのいたガルセニアの冒険者協会も、アルベイン国の中では一番大きいだけあって、なんというか、博物館みたいな作りで、建築素材も特殊なものが使われてはいたんですが……これは、そもそも設計というか、使われている技術から違う印象ですぅ……」
ルチルは色々な技術に詳しい。その彼女がこういうのだから、普通の建物ではないんだろう。
「特殊素材はもちろん使われていますが……これはおそらく、異世界の建築様式が使われていますね。だから、他の建物とは全く異なる外見なんだと思います。……まぁ、その辺はきっと解説してくれる人がいると思うので、中に入りましょう。急いで状況を報告しないと」
前を行く二人が進むと、両開きのドアが自動で開く。内装は……うわ、なんとなく雰囲気は近いけど、見た目は全然違う。綺麗すぎて落ち着かない。職員の人たちも統一された制服だし、中は謎の明かりで室内なのに眩しいくらい。石造りの床に絨毯が引かれているが、豪華さよりも合理性を感じる。装飾などは最小限に抑えられていて、仕事をする場所、という雰囲気を感じさせた。
気後れする私たちを促し、ミクさんとレイさんは建物の奥へと進んでいく。うわ、昇降機、初めて見た。びくびくしながら乗り込み、三階で降ろされた。廊下を少し歩くと、巨大な扉があり、会長室、と書かれている。……会長室!?
「え、あの、なんでいきなりこんなところへ」
「時間がないからです。大丈夫、顔見知りなので」
「そうそう。呼び出すと時間かかるし、直接来た方が早いわ。面倒だけどね」
二人の態度はやたらぞんざいだ。ノックもそこそこに、部屋のドアを開け、中に入っていく。私たちも恐る恐る後を追った。
「カイルさん、状況説明、聞いていますか?」
「寝てた、なんて言わないわよね? 当事者連れてきたから事情説明と、対策を相談したいんだけど」
「……ああ、とりあえず報告は読んで、準備は整えた。隣の会議室に移動するぞ。取りあえず協会内にいたA級とB級上位には招集掛けてある」
二人の呼びかけに答えたのは、椅子に座った金髪の大柄な男性。四十代くらいだろうか。体格もよく、明らかに戦う人であることが伺える。彼が――。
「……全く、お前ら俺の事紹介くらいしろよ。一応会長だぞ俺。一番偉いんだぞ?
――ええと、改めて、メルトの冒険者協会で会長をしている、カイルだ。色々大変だろうが、ちょっと協力をお願いしたい。あ、腹減ってるか? とりあえず飲み物と、軽食も用意させるからちょっと待ってろ」
……見た目は怖そうだが、とりあえずいい人であることは分かった。気圧されている場合じゃない。自分たちのためにも、何よりコハクのためにも、これからのことを決めないと。
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