第18話:ギラリ光るケモノの瞳

「もうすぐ、メルトに着きますよ」


 御者さんの声で、居眠りしかけていた意識が覚醒する。横を見ると、同じくぼんやりとしていたスピネルとルチルも目を開いて馬車から外を眺めていた。……私の膝の上で眠っているコハクだけはそのままだったけど。


 とはいえ、景色はまだ大きく変わってはいない。海沿いの道をずっと走っているだけだ。……少し、砂浜の割合は増えてきたかな。


「アレク。あれ……なんだかわかるか?」


 スピネルが、窓から砂浜を指す。浜でピクニックでもしていたのだろうか、子連れの親子が見える。そして――それらを取り囲むように、が、数十体、いた。


「……魔物? いや、なんだろうアレ、生き物っぽくない。ヤバそう。――御者さん! ちょっと止めてください! 浜に襲われている人たちがいます!」


 馬車が急停止する。コハクが目を覚ました。そして、家族連れに群がるモノをじぃっ、と見ていたルチルが声を上げる。


「アレは、魔導兵、ですぅ! 魔族の使う、作られた兵士!」


 私たちは馬車から降り、砂浜の方へ駆け出す。コハクはひとまず馬車に置いて、御者さんに見てもらうことにした。……近付いてみると、蜘蛛や虫を彷彿とさせる存在。だが、明らかに、生き物とは違う、機械的な、決められてた命令で動いているような挙動。


「危険度は!?」


 魔導兵についてはあまり詳しくない。冒険者になる際の試験で多少勉強した程度だ。


「アレはおそらく低級兵なので、そこまでではありませぇん! ただ、一般人には脅威ですぅ!」


「あたしが先行する! バックアップ頼む! ……借り物の魔導具、使うしかないな」


 身が軽いスピネルは先行し、家族を守ろうとする父親に襲い掛かろうとする蜘蛛型兵の頭部らしきか所を魔導銃で撃った。頭部が損壊したにもかかわらず、魔導兵は特に痛みなど感じた様子もなく、こちらを向く。他の個体も一斉にこちらを振り向いた。……うわ、気持ち悪い。


「弱点は!?」


 スピネルが問う。


「体のどこか――大体中心部ですが、核、と呼ばれる心臓と脳を兼ねた部位がありますぅ! そこを壊せば動かなくなるはず!」


「了解!」


 私も了解、と叫ぼうとして、気づく。――しまった、剣がない。


「ああー! やっぱり安物でもいいから剣買っとくんだった!」


 猪との戦いでへし折れた剣の代わりをどうするか、結構悩んだのだ。クレジーニもソエロルも、武器の品揃えはあまり良くなかった。間に合わせのモノを買うか、メルトについてからちゃんとしたものを買うか。万が一何かあっても、例の『盾』があるから何とかなると踏んだのだが……。


「盾じゃ核を狙うなんて簡単にはできない……私は防御に徹するか」


 ひとまず戦闘はスピネルに任せて、私とルチルは家族連れを保護することにした。幸い、魔導兵の動きは鈍く、よほど油断したり囲まれたりしなければ、スピネルがやられることはなさそうだ。


 家族連れを庇いつつ、スピネルが囲まれそうになった時に魔導兵を引きつけ、フォローをする。そんな感じで残りの魔導兵はあと数体、となったとき――。


 ゾクり、と背筋が泡立った。なにか、ヤバいものが、来た。その感覚と共に、声が。


「あれ? なんや、まだ現地民の処理終わってへんの? ん? ……へぇ、冒険者の町が近いだけあるなぁ。こんなところにも、戦えるもんがおったんやねぇ。運がいいのか、悪いのか」


 突然、砂浜に謎の裂け目が現れ、そこから姿を現しこちらを見たのは……長い黒髪をした、黒衣の女性。常に柔和な笑みを浮かべたような表情をしているが、瞳から覗く眼光は鋭い。そして――。


「耳……と、尻尾?」


 真っ黒な耳と、尾が……五本? やたら多いな。何か役に立つんだろうか、と余計なことを考えてしまう。――そんなことを考えないと、震えてしまうくらい、黒衣の女性は恐ろしい気配を放っていた。


「……もしかして、妖狐、ですかぁ……?」


 ぼそり、とルチルが呟く。――確かに。先ほどの口ぶりだと魔導兵を従えてるっぽいし、おそらく魔族。そしてその外見特徴。とどめに、砂浜に突然現れた。以前セーラさんから聞いた妖狐の特徴そのままだ。


「おや。知っとるんか。なら話は早い。私たち、あのメルトっちゅうところを落とさなきゃならんの。で、あんたら悪いんだけど……死んでくれる?」


 突然の理論展開と戦力開放。最後の言葉と共に巨大な青い火球が生み出された。――ヤバい。コハクのと似たような力っぽいが規模が桁違いだ。あんなもん食らったらたぶん死ぬ。


「スピネル! ルチル! 私の後ろへ!」


「ぼ、防御術掛けまぁす!」


 私は手に持っていた盾を全力で展開する。私たちだけじゃなく、後ろにいる家族を守れるように、大きめに。そして、それを囲むように、ルチルが結界を張ってくれた。これなら何とか――。


「ほい」


 青い火球が、魔力の盾にぶつかる。その瞬間、目算が甘かったことを知る。――やばい、このままだとすぐ突破される!


「ルチル! 魔力全開! 出力上げて!」


「や、やってますよぅ!」


「スピネル! 私と一緒に盾持って! 魔力注いで!」


「了解! くっそ、化け物だな」


 全力で防御に徹して、ようやく拮抗したレベルだ。だが、ここで私たちが死んだら、後ろの家族も、おそらく御者さんも、そして――コハクも、殺される。それどころか、メルトの町への被害にもつながるだろう。諦めるわけにはいかない。


「うあああああああああー!!!!!」


 声を上げ、魔力を注ぎ、足を踏ん張る。頼む――これで。


「お、やるやん。じゃあもうちょい足そか」


 黒狐の女性は何気ない口調で、盾に激突している青い炎を巨大化させた。――嘘でしょ。またしても盾が押され始める。まずい。


「このままじゃ押し負ける――! 術者の気を逸らさないと」


「そうだね……スピネル、行ける?」


 私が防御に徹している間に、横からスピネルの射撃で気を逸らしてもらおうという作戦だ。……通用するかは怪しいが、やらないよりはマシだろう。


「何とかやってみるが……お前ら、死ぬなよ」


「うん。最悪、髪の毛でもなんでも犠牲にすればもうちょい持つはず……」


 髪の毛は一時的な魔力強化に使うことができる。それなら何とかなるかもしれないが……こちらの必死さに対して、黒狐は涼しい顔だ。


「ええなぁ、無駄な努力。がんばり」


 腹立つ! 何とか一矢報いてやる――そう思った時、黒狐に向けて、青い火球が飛来した。


「お? なんやこれ、狐火?」


 あっさり片手で受け止める黒狐。ただ気が逸れたのか、こちらに対する圧力は減った。だが――。


「あ、アレクたちをいじめるな!」


 馬車から降りてこちらを睨んででいたのは、コハク。そうだよね……あの子の性格ならそうなるよね。まずいな。


「――へぇ? なんでこんなとこに子ぎつねがおるんかなぁ。迷子の迷子の子ぎつねさん。あなたのおうちは、どこや?」


 コハクを見て、笑みを浮かべる黒狐。


「ん? んん? なんか見たことあるような気もするけど、子供の顔ってわからんのよなぁ。まぁええか。取りあえず捕まえて、色々聞いたろ」


 矛先がコハクへ向かう。――まずい。私たちで止められる気がしない。一瞬顔見知りの可能性も考えたが、この様子では危険そうだ。


「待て! その子は、私たちの連れだ! 捕まえるなら先に私たちを倒してからにしなさい!」


 とりあえず足を止めるため叫ぶ。黒狐は一応、めんどくさそうにこちらを見たので、成功はしたようだ。

 

「はぁそうですか。ほなそうするね」


 再び青い火球をこちらに放とうとする黒狐。――ヤバい、とりあえずもう一度盾を――。


「ん?」


 黒狐のつぶやき。同時に無数の光球が、彼女に向けて降り注いだ。――え? 何?


 間髪入れず、私たちの横を通って一人の女性が黒狐に斬りかかった。……黒狐はあっさりと手のひらで受け止めていたが、私には目で追うのが精いっぱいの速度だ。何事?


「なんや、新手か。面倒やなぁ」


 無数の光弾を降らせたのは、砂浜の上空を飛ぶ金髪の女性。……どうやって飛んでるんだろう。そして、もう一人黒狐に斬りかかったのは、黒髪を肩口で切り揃えた女性。二人とも、冒険者だろうか?


「既に冒険者協会で、強力な魔族の出現は検知済みです。初動は私たちだけですが、すぐにもっと格上の冒険者たちも来ますよ」


 短刀を二本構えて、黒髪の女性が言う。町までまだそれなりに距離はあるが、それでも魔族の存在を検知可能なのか、さすがメルトの冒険者協会。


「うーん……この人数なら何とでもなりそうやけど、これ以上増えると面倒やな。――よし、仕方ない、帰るわ。またな」


 黒狐はあっさりと言って、体を砂浜から謎の空間へと移動させた。ちょうど今は頭だけが出ている状態だ。


「あ、そうや。あの子ぎつねさん、さすがにほっとけんからまた来るわ。よろしくー」


 手を振りながら、黒狐は姿を消した。――え? また来る? どうしよう……。


「おい……なんか、めちゃくちゃ面倒なことになっちまったじゃねぇか!」


「ど、ど、どうしましょう、あんな化け物に目を付けられちゃいましたよぉ、私たち!」


「……まぁ取りあえず、無事でよかった、と、思うしかないよね……」


 呆然としながら、駆け寄ってくるコハクを見る。――まだまだ、一安心とはいかないみたいだ。




 


 

 

 

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