第17話:忙しいったらもうありゃしないね
イノシシを倒した後。疲れ果てているのでそのまま寝てしまいたいところではあったけど、色々やらなくてはならないことがある。まず、怪我人や要救助者はいないかを確認し、必要に応じてルチルが治療を行うことにした。幸い、家を破壊された人が多少怪我をしていた程度で、いちばん重傷だったのは私たちではあったのでその点は良かった。
あとは瓦礫の片づけや、イノシシの死体の処理である。ただ、瓦礫に関しては町の人が率先して対応してくれたので、私たちの出る幕はあまりなかった。イノシシに関しては、魔獣の肉や各種素材は貴重品なので、ひとまず保存をしよう、ということで、ヘイゼルさんが氷の術で封印を施した。しばらくは鮮度が落ちないようにできるとのことだ。
いったん最低限の対応は終わり、全員で就寝、その後遅い昼食を取りながら今後の方針について相談することになった。
「私たちはできれば早めにメルトに行きたいんだけど……この辺の処理、結構時間かかるかなぁ」
被害がそれなりにあるし、大型の魔獣が発生した場合は色々と冒険者協会へ報告が必要なのだ。
「あ、それなんだけど。提案、というか相談がありまして」
ヘイゼルさんが右手を上げた。なんだろう?
「その手の面倒な事務作業全部私たちがやるから、その代わり報酬を人数割りにしてもらえん?」
「え?」
「基本的にはさ、討伐の報酬って倒した人がたくさんもらうことになるのがセオリーで、あの猪はそっちが倒したから、普通に考えたら八割くらいはそっちの報酬になると思うんよ」
「あ、そういうもんなんですね」
「うん。まぁそれは別に異論ないんだけどさ、私たちとしては時間よりお金が欲しい事情があって。だから、事務手続きを処理する代わりに、報酬の総額を山分け――あなた達三人と、私ら二人、五人で割ってそれぞれにもらうことはできないかね?」
「なるほど。――スピネル、ルチル、どう思う? 私らもまぁ……例の魔導具関連でお金が欲しくないわけじゃないけど、ぶっちゃけ面倒だから個人的には全然アリ。コハクを早くメルトまで連れていきたいしね」
ルチルは別に異論はなさそうだ。問題はスピネル。
「あたしも賛成。むしろ、金払ってもお願いしたいくらいだよ。ここの冒険者協会はたいして大きくないからこの魔獣の処理やら解体やらはできないだろうし、ガルセニアまで戻るか、そっちから人が来るまで待つかしなきゃならないだろ。色々考えたら何日かかるかわからねぇ」
確かに。冒険者協会で色々調査したり査定したり、猪の解体、買取、報酬の支払い、色々考えると結構な日付がかかりそうだ。
「じゃあ……ヘイゼルさん、トウヤさん、お願いしちゃってもいいですか?」
「よし、交渉成立! 査定結果とか全部出たら冒険者協会経由で連絡とって、お金も口座に振り込まれるようにしとくよ。たぶんその頃はそっちはメルトにいるだろうし、あそこなら冒険者協会大きいから大丈夫なはず」
「はい、ぜひお願いします!」
そういうことで報酬関連は片付いた。あとは、この先、メルトまでの道のりの話だ。馬車は動かしてもらえるのだろうか。近くを歩いていた御者さんを捕まえ、聞いてみる。
「あの、馬車ってこの後どうなります? 私たち、メルトに行きたいんですけど……」
「ああ、馬車に被害は特にないんで、皆さんの予定に合わせようかと思ってました。確か、カトラさんたちは温泉でゆっくりしたいから、少し滞在しようと思ってるって言ってましたが……ヘイゼルさんたちはどうするのかな」
「あぁ、彼女たちは魔獣の後処理で残ってくれるみたいです。なので、私たちだけ、って感じですかね。それでも大丈夫ですか?」
「ええもちろん。皆さんは命の恩人みたいなものですからね。あのあの猪が倒せなかったら、どうなっていたか……他に同乗したい方いないかは確認しますが、いなそうなら明日にでも出発しますかね。それで大丈夫ですか?」
それはとても助かる。よかった、頑張った甲斐があった。
「はい、じゃあ、それに向けて準備しときます!」
御者さんに手を振り、スピネル、ルチル、コハクに予定を報告しに向かった。――慌ただしいいけど、旅はまだ途中。コハクのためにも頑張らないとね。
◆◇◆◇◆◇
「これ、ここの名産だって。持ってきなー」
お饅頭の箱をヘイゼルさんから手渡された。これから、馬車が出発する。他に急いでメルトに行きたい人はいなかったらしく、私たち四人と御者さんだけの旅だ。食料など必要なものは、昨日のうちに買い込んである。
「ありがとうございます。色々、よろしくお願いします」
「うん。こっちも助かるからさ。お互い様。色々まとまったら連絡するよー」
ヘイゼルさんと別れ、馬車に乗り込もうとしたとき、トウヤさんが近づいてきた。
「あの、何か?」
「……あの魔物もそうだが、このあたり一帯、魔力が乱れている気がする。道中、気を付けたほうがいい」
トウヤさんの言葉に気を引き締める。そういえば、最近強い魔物が良く出没するって冒険者協会でも言われたっけ。
「ありがとうございます、気を付けますね。……お二人も、気を付けて」
二人のほか、カトラさん達や宿のおかみさんともお別れをし、馬車に乗り込んだ。――少し、心配になったが、むしろ気を付けられるチャンスだ。気を引き締めて行こう。
馬車が走り出す。別れるみんなに、コハクと一緒に手を振った。――さぁ、旅の第二幕の始まりだ。この後ソエロルの町まで二日、さらにそこからメルトまで二日ほどかかるようだ。途中休憩所はあるとはいえ、それなりに大変な旅になりそうだ。
「お饅頭、美味しいねぇ」
景色を見ながら、お饅頭を頬張るコハク。その様子を見て、笑ってしまう。――この子が、お母さんに会えるように、頑張らないとな。
ふと横を見ると、スピネルも、ルチルも、私と似たような表情を浮かべていた。まだ出会ってそんなに長いこと立ったわけじゃないのに、いつの間にかみんな保護者みたいだ。私はコハクの頭を撫でた。
――ふと、いつか来る別れが寂しくなった。長く共に在りたい気持ちと、早く母のもとへ連れて行ってあげたい気持ち。二つの相反する想いを抱えて、私はこっそり溜息をつく。
不思議そうにこちらを見るコハク。その視線を受け止めて、私は彼女を膝に乗せて抱きしめた。いつか失われるこのぬくもりを、せめて今だけは堪能しよう。
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