第16話:次から次へと半端ないな
スピネルが手に持った銃から弾を放つ。どうやら実弾ではなく魔力の弾のようだ。ぼうっと見ているわけにはいかないので私は体を引きずりながらルチルのそばへ行き、彼女を起こす。コハクは心配そうにこちらを見ていた。抱きしめたかったが、私は土と自分の吐いたもので汚れているので、頭を軽く撫でる。
「あ……アレク、さん、私……」
「ルチル。起きて。そして私を回復して。詳細は省くけどボロボロで、今スピネルが時間を稼いでくれてるんだ。早く戦線復帰しなきゃ」
「あ、はいぃ、回復を……」
ルチルが寝ぼけた表情をしながらも回復呪文を自身と私に掛ける。とはいえ、動けるようになるまでは少し時間が必要だ。イノシシと戦うスピネルに目を向ける。
「あれ、魔導銃、ですかぁ……しかも結構性能良さそうな。いいもの運んでてよかったですねぇ」
「そうなんだ……というか、スピネル魔導銃なんて扱えたんだね」
魔導銃、読んで字のごとく、魔導技術で造られた銃だ。普通の銃が鉛の弾を発射する代わりに、魔力を弾丸とする……らしい。私はあまり詳しくは知らない。
「適性のありそうな武器は一通り訓練で覚えさせれますからねぇ……アレクさんも近接武器は大体使ったんじゃないですか?」
確かに。いわれてみれば私も剣、盾、槍、斧、棍棒など一通りは訓練させられた記憶がある。スピネルのような遠距離に適正があるタイプだと訓練メニューに銃の扱いは入っているのだろう。……ただ、魔導銃は値段が高いので、なかなか初心者には敷居が高い武器なのだが。
スピネルはイノシシから距離を取りながら、目や鼻、喉元などダメージの大きそうな個所を狙い狙撃している。さすがに直撃は避けるようイノシシも動いているが、そのたび弾丸がイノシシの体に突き刺さる。しかも――。
グォォォォー!!!
何度目かの悲鳴。スピネルの放つ魔弾は、炎をまとっているようだ。おそらく、本人の魔力を弾丸としているのだろう。魔力の属性は人によってばらばらで、例えば私は風、水、火を少しずつ持っているが、スピネルは炎に特化した魔力属性を持っていた。つまり、彼女の生み出す弾丸は、強い炎の属性を持ち、傷口を焼いているのだ。
ルチルの予想通り焼かれた傷はすぐには治らないらしい。今まで余裕を持っていたイノシシだったが、スピネルの銃撃により少しずつダメージを受け始めていた。
「けっこう、いい感じじゃないですかぁ?」
確かに。一定の距離を取りながら大イノシシを翻弄している。スピネルは移動速度も速いし、このままダメージを積み重ねられれば――。
「いや、アレはそう長くはもたない。急いで助けに入ったほうがいいぞ」
声に驚き振り向くと、ヘイゼルさんを抱えたトウヤさんがこちらへ移動して来ていた。ヘイゼルさんはまだ意識が戻っていないらしい。
「トウヤさん……ヘイゼルさん大丈夫です?」
「ああ、意識を失っているだけだ。衝撃波のせいもあるが、魔力切れのほうが大きいだろう。大技連発してたからな、結構ギリギリだったはずだ」
「なるほど……。そうだ。さっき言ってたスピネルの状況ですが……」
「あの銃も魔力を使ってるんだろう? そのうえ身体強化もかなり強めにかけてるはずだ。魔力が切れたら終わりだろう」
そうか。魔力切れ。普通の武器と違って魔導銃は魔力を消費する。身体強化の魔術と合わせれば戦える時間はそう長くはないはずだ。
「――じゃあ、早くいかないと! ルチル、立てるようになったら来て! その――なんだかわからない魔道具持ってきてね!」
私もギリギリ動ける程度だが、魔力はまだまだ残っている。魔道具を使うだけなら多少の怪我は問題ない。身体強化をして無理やり体を動かし、イノシシに向けて突進した。私の剣はもう折れているので、このなんだかわからない魔道具が頼りだ。何かの持ち手のようなこれ、いったい何ができるんだろう。――わからないけど、一か八かだ、やってやる!
「うおおおぉぉぉー!」
わざと声を出しながら突進する。イノシシの視線がこちらを向いたと同時、魔道具にありったけの魔力を込めた。さて、何が起こるかな。私の予想だとたぶん――。
私の身長よりも高い、透明な壁が生まれた。持ち手を起点として発生している。これは、盾だ。魔力の盾を生み出す、グリップ。それがこの魔道具の正体だった。――これなら、イノシシを止められる!
こちらに唸り声をあげて突進してきたイノシシ。それを正面からにらみつけ、足を踏ん張り思いっきり盾を突き出した。さらに魔力を込めると、盾の下部から力場が伸び、地面に杭のように突き立った。――なるほど、これで相手を止めるのか。
巨大なイノシシが魔力の壁と激突する――! いかに壁が頑丈でも、体重差がこれだけあれば間違いなく私は吹き飛ばされるはずだった。だが――。
「――すごい、この盾」
巨大な衝突音。だが、杭は地面にがっちりと食い込み、盾はびくともしなかった。杭だけでなく、盾自身が重くなることで安定性を強化している。重量を増やせるのだ、この盾は。結果、巨大なイノシシの突進すらも止めて見せた。
はじかれたイノシシはさすがに驚いたような表情をしている。それはそうだろう。さすがに人間に突進を止められるなんて想定外のはずだ。しかし、この盾本当すごい。すごいということはすなわち――。
「めちゃくちゃ高そう……ああこれ買い取り? 弁償? どうしようかなあああ……」
つらい。とりあえず考えないようにしよう。盾は大きさと重さもある程度自由に変えられるようだ。ひとまず武器がないので盾でイノシシを牽制する。その間隙を縫うようなスピネルの狙撃がイノシシにさらなるダメージを与えていた。
「スピネル! 私がイノシシを止めるから、後ろから狙って!」
「やってるよ! ……しかし、こいつタフだな。急所狙いでもしないとこの銃じゃいつになっても倒せねぇぞ」
イノシシも、ダメージは受けているものの致命傷には程遠い。何か、何かもう一押しが――。
ふと、イノシシの後方から、よろよろと近づいてくる誰かが見えた。
……不安で仕方がないけれど、ここは彼女に託してみるか……。
私は声をあげながらイノシシに突進し、鼻先を思いっきり魔力の盾でぶん殴った。重量をうまく制御すれば打撃武器としても有用だ。……これほしいな。
イノシシがこちらに気を逸らすと、スピネルの魔導銃が火炎弾で急所を狙う。イノシシは防戦一方で、後ろからにじり寄る人影には気づかない。そして――。
「せ、せええええのおぉぉぉー! えいーっ!」
棒状の何かを上段に振りかぶったルチルが、思いっきりそれをイノシシの後方、お尻のあたりに振り下ろした。瞬間――爆発したような音が響き、イノシシが文字通り悲鳴とともに飛び上がった。
「ルチルのアレは、メイスだったんだが……なんか爆発してるな、大丈夫か?」
「うーん……込めた魔力を叩きつけた瞬間に大爆発を起こしているように見えるけど、本人も巻き込まれてないアレ?」
衝撃で吹き飛ばされたイノシシとは対照的に、ルチルはとんでもなく驚いた表情はしているものの、特に怪我はなさそうだ。おそらく爆発と同時に結界でも張っているのだろう。
「大丈夫そうだな。……ちょうどいい、畳みかけるぞ」
「オーケー。――ルチル! 私がイノシシ止めるから、今度はこいつの頭をそれでぶん殴って!」
「ええええええー!! 無理ですよぅ! 頑張りますけどぉ! ダメでも怒らないでくださいねぇー!!!」
ルチルがドタバタとイノシシに走り寄る。イノシシも危険を察知したのか、叫び声をあげて衝撃派で吹き飛ばそうとする……が、その瞬間、私はイノシシの口の中に盾を持った手を押し込んだ。
「これでもう叫べないでしょ」
最小サイズにしてあった盾を、イノシシの口内で巨大化させ、重さも増やす。
さすがにイノシシはパニックになり、バランスをくずして私もろとも倒れこんだ。――痛ぁー! でも、これで隙はできたはず!
「ルチル!」
「アレクさぁん! 爆死しないでくださいねぇー!!!」
ルチルは思ったよりスムーズな身のこなしで、ひょいひょいとイノシシの体に飛び乗り――そのまま頭部にメイスを思いっきり叩きつけた!
――そういえば彼女、武器を扱うセンスは割と良いんだった。神聖魔術を使える人間が稀有なのと、体力が致命的にないので前衛職にはならなかったんだけどさ。
私はルチルがメイスをたたきつける瞬間に合わせ、盾をイノシシの口から取り出し、自身を守るように拡大した。多少間に合わなくて衝撃は受けたけど、イノシシはその比じゃないダメージだ。何せ、皮膚どころか、頭蓋骨の一部が吹っ飛んでいる。そこに――。
「じゃあなイノシシ。安らかに眠れ」
近寄ってきていたスピネルが、頭蓋の割れ目に弾丸を撃ち込んだ。ぱぁん! という音とともに、大量の魔力が込められたその弾は、イノシシの脳を焼きつくす。
こうして、大イノシシとの戦闘は、強力な魔道具の力によって、決着したのだった。
――ああ神様、どうか、違約金が安く済みますように――。
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