第14話:息すらできない飲む固唾
「ふぅ、さっぱりしたぁー」
温泉から出て、ほてった体を冷ましながら、私たちは宿に向かっていた。
「戻ったらご飯食べてさっさと寝ようぜ、疲れた」
「そ、そうですねぇ。寝ないと色々成長しなそうですし……あとたんぱく質、取らなきゃ」
コハクも少し眠そうだ。早く宿でゆっくりと――。
その時、悲鳴が村の中に響いた。どうやら、山の方。悲鳴に続き、遠吠えのような、くぐもった、唸り声。
「何が――」
それは、突然現れた。おそらく山から下りてきたのだろう。駆け下りてきた勢いそのままに近くの民家に突進し――あっさりと破壊する。家よりも巨大な、猪。毛は漆黒に染まり、明らかに普通の獣ではないことが推測できる。
「――魔獣」
「ああ。……大イノシシ。魔力を吸収して巨大化した、猪だ」
「な、なんでこんなところにいるんですかぁ……」
「最近、魔獣が増えてるって聞いたけど、もしかしてあいつも……?」
思えば、精霊の泉の洞窟内のオーガも本来の生息域を越えて出てきた魔物だった。魔物というのは魔力を帯びた生物のことだが、大イノシシ、魔猪とも呼ばれるアレは、元々普通の猪が魔力によって変貌した姿であると言われる。
「なんにせよ、この村を守るためには戦うしかねーみたいだな。みんな武器は?」
「は、はいぃ、一応、持ってます。いつ何が起こるかわからないのが、冒険なので」
温泉に行く前に、多少面倒だが装備品は持っていこうと話していた。まさにこういう事態を想定してのことだったが、本当に起こるとは。
「――よし、今のところ私たちのほかに冒険者はいなそうだし、ここで止める! 私が正面から行くから、スピネル援護お願い! ルチルは私たちを強化した後、コハクを連れて村の人たちの避難誘導、よろしく!」
「また矢の通らなそうなやつだな……とりあえず了解だ」
「は、はぃぃ、やってみます……!」
「あとルチル、もしヘイゼルさんとトウヤさんいたら連れてきて! さすがにこれ見たら来てくれるとは思うけど……」
彼女たちも歴は浅いとはいえ冒険者だ。それに魔術士としては優秀らしいから、うまく連携すればこの大イノシシを倒すことも不可能ではないかもしれない。
「あれく! だいじょうぶ?」
コハクが不安そうにこちらを見ている。前回彼女は私がオーガにやられかけたところを助けてくれている。――でも、それを期待するわけにはいかないよね。さすがに危険すぎる。
「大丈夫! コハクはとにかく猪の進む方向に入らないように気を付けて!」
――さて、冒険者らしく、戦おう!
◆◇◆◇◆◇◆◇
ルチルの強化を受けて、私は大イノシシと正面から相対していた。大きい。何せ周りの家より巨大なのだ。体当たりなど受けたらひとたまりもないだろう。
「だからと言って、避けるわけにもいかないのが辛いところ……」
下手に避けてそのまま何処かへ直進されてしまったら、村に被害が出る。村人たちはみな逃げているが、老人や子供もいる。イノシシは雑食性が強く、下手すると人も食われかねない。
イノシシは私の方を見て、唸り声をあげた。ひとまず邪魔な障害物として認識はしてくれたようだ。魔獣は概ね獣以上の知恵を持つ。下手な戦い方をすれば被害が拡大するだろう。
「――さあ、来なさい!」
私の言葉と同時、近所の家の屋根の上に移動したスピネルが、大イノシシの目に向けて矢を放つ。こちらに視線を向けておいてからの一射。皮膚だとそう簡単には貫けなさそうだが、さすがに目なら――!
しかし、気配を察したのか、たまたまか、大イノシシが咆哮を上げると――衝撃波が放たれ、矢はすべて吹き散らされた。それどころか、それなりに距離を取っていた私やスピネルまで突き飛ばされたような衝撃が襲う。――まずい、これ、飛び道具がほとんど通用しない。
「くそっ、あたしまた役立たずじゃねーか! アレク! ちょっと援護の方法考える、何とか耐えろ!」
「えええー! そんな薄情な!」
しかし大イノシシは臨戦態勢である。くう、やっぱり盾買っとけばよかったなぁあ!
イノシシの突進を剣で受ける、しかし体重が違い過ぎた。当然のように吹き飛ばされ、後ろにあった民家に私は直撃する。あああ、ごめんなさい、家の持ち主の人。
壁にめり込みながらも、何とか立ち上がる。ルチルのバフは防御方面に寄っているが強力で、私自身の強化と重ね掛けすればこのくらい何とか耐えられる。しかし、ダメージは当然あるし、吹き飛ばされてばかりでは当然勝てない。一か八か、突進の時に目や鼻を狙ってみるか……そう考えていた時だった。
「アレクー、離れなー」
声から一瞬遅れて、
「なんか知らんがチャンス!」
その隙を逃すスピネルではない。連続で強化された矢を放つと、そのうち一本が見事にイノシシの右目を貫いた!
「――――!!!!」
怒りの声を上げる大イノシシ。合わせて衝撃波が放たれ、私は立ち上がったものの再び民家にめり込んだ。
「やーでっかいイノシシだこと。でも、目を潰せたのはでかいね。スピネル、いい腕」
のんびりした口調と共に現れたのはヘイゼルさんだった。彼女を庇うようにトウヤさんもいる。二人ともきちんと装備を整えていた。
「はぁ、はぁ、ああよかった、間に合いましたぁ!」
二人に遅れるように、ルチルがこちらに走ってきた。
「ルチル! コハクは!?」
「御者さんがいたので、見ててもらってますぅ! 戻る途中にこのお二人を見つけたので、事情を伝えて攻撃してもらいましたぁ」
ヘイゼルさんの魔術は確かに強力だった。一瞬でもイノシシの動きを止めることができたのだから。――ただ、大きなダメージを受けているようには見えない。スピネルの矢もイノシシの視界は半分奪えたが、まだまだ倒すには程遠そうだ。
「ヘイゼルさん、私たち、どっちかというと防御寄りのパーティで、イノシシ倒すの厳しそうなんですけど、何かいい手、あります?」
「うーん、あたしも最大火力がさっきのやつなんよねぇ。せいぜい動きを少し止めるくらいだね。……トウヤ、あんたはどう?」
「傷を負わせるくらいはできそうだが……倒すとなると時間がかかりそうだな」
トウヤさんは腰に二本細身の剣を差している。一つは長く、一つは短い。
「とりあえず地道にやってみるかねー。まずトウヤとアレクで足止め。あたしの雷は撃つまでに結構時間がかかるから……で、それが直撃したら全員で攻撃。その繰り返し」
「簡単に言いますけどあのサイズを足止めってかなり大変……」
「結構動きも早そうだな。飛び道具でのけん制も欲しい。スピネル、って言ったか。頼む。俺も短剣を投げて援護するから、正面はアレク、任せた」
「ええ! トウヤさんは!?」
「俺はあんまり正面からぶつかるタイプじゃないんだ。武器もあまり強度がないし鎧も来てない。その代わりかく乱はするから、頼む」
確かに、トウヤさんはかなり軽装だし、手持ちの剣も細身で、おそらくイノシシの体当たりには耐えられなさそうだ。うぅ……やっぱり私かぁ、壁役は。
相談している間に、イノシシは復活したらしい。目に刺さった矢を振り落としながら、怒りをあらわに唸り声を上げている。――ここで私たちが倒れれば、この村の人もコハクもきっと無事では済まない。なら、負けるわけにはいかない!
「よし! さあ来いイノシシ! 私が受け止めてやる!」
私は挑発するように大声を上げた。さあ、第二ラウンド、開始だ!
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