第13話:風の誘いに身を委ねながら
その日の夕食は、賑やかだった。コハクがいることでみんなの顔も自然とほころぶし、ヘイゼルさんやカトラさんが色々話してくれるものだから、御者の皆さんも含めて、美味しくご飯を食べて笑いの絶えない食卓となった。
ちなみにヘイゼルさんと一緒にいるのはトウヤさんというらしい。黒髪黒目で、私たちと同世代とのこと。気になったので二人はどういう関係なのかと聞いてみたけど、彼女曰く。
「まぁ別に、色気のある関係じゃあないねー。とりあえずは旅の連れ、かな」
とのこと。トウヤさんも別に異論はないみたい。お似合いなようにも見えるけど、まあ私たちは恋愛のことなんかわからないもんね。
そんなたわいない話をしていたが、コハクが船をこぎ出したので自然とお開きになった。夜はみんな疲れていたのかすぐ寝ちゃったみたい。さすがにお風呂はないので、身体を拭く程度しかできなかったけど、まだ汗ばむほどの季節でもないし、大丈夫だろう。心配だったコハクもぐっすりと眠っていた。
そして翌日、さすがに慣れないベッドだから疲れがとり切れたとは言えないけど、朝日と共に起床し、みんなでパンを中心とした朝食をとった。今日の夕方にはクレジーニという村に着くらしい。
「クレジーニってどんなところなんですか?」
御者さんに聞いてみると、彼はにやりと笑って答えた。
「ああ、そんなに村としては大きくないですが、街道が整備されてから立ち寄る人も増えましたから、観光地として整備されてきてますよ。何より――名物がありますしね」
「名物?」
「温泉、です。この街道沿いは結構温泉あるんですが、特に有名なのがクレジーニなので。ガルゼニアから温泉ツアーの馬車も出てるくらいですからね」
「温泉! 私入ったことないや。楽しみですねぇ」
「私たちも馬車の運転は疲れますが、温泉で一晩ゆっくりできるから助かるんですよね」
そんな話を聞いたので、馬車に乗り込んだ後さっそく他のメンバーに話してみた。
「温泉! いいな。一度行ってみたかったんだ」
スピネルは乗り気だ
「お、温泉ですかぁ……いや、気持ちいいんだろうなぁとは思うんですが、その、みんなで入るの照れ臭くないですかぁ? 一人で行っていいですかね」
「なんでよ、別れるほうが面倒だしみんなで行こうよ」
「うぅ……恵まれた人は強気ですねぇ……わかりましたよぅ」
ルチルがなんとなく気乗りしない感じだったが、折角だからみんなで行きたいよね。
「コハクも行きたいよね?」
「おんせん、ってなに?」
「あーそっか。えっとね。でっかいお風呂。みんなでは入れる。どう?」
「こ、こはくおふろあんまりすきじゃない……」
おや。獣だからお湯苦手なのかな。でも馬車旅でお風呂入れる機会は貴重だし、子供は代謝がいいだろうから何とか入ってほしいところだ。
「お風呂気持ちいいよ? あと、温泉だったら景色がいいかも。お空見ながらお風呂入れたりするんだって。それって、楽しそうじゃない?」
「おそと……おほしさまみえるかな?」
「うん、多分着くの夜だから、見えるよ。いこいこ」
「うんいく! みんなでいこうね!」
コロッと意見を変えてコハクは楽しそうにニコニコとしている。子供ってなんでも楽しめるからいいよね。
「みんなで、行きますか……コハクちゃん嫌がったらお留守番でもよかったんですが。……まぁ暗いでしょうし、うん。大丈夫……」
後ろ向きな人もいるけど、まぁ放っておきましょう。
◆◇◆◇◆◇
到着したクレジーニは、確かに村というには栄えている印象だった。観光地としての側面が大きいからだろう。宿がいくつも点在しているし、色々な商店も立ち並んでいる。宿は乗合馬車と提携しているところがあるということなので、そこで四人部屋を借りた。宿自体は綺麗だが特に変わったところがない。……具体的に言うと温泉がない。どこなんだろう。
「あの、温泉ってどこに?」
宿のおかみさんに聞いてみた。
「ああ、温泉は高台にあるんだよ。すぐ行くのかい? なら、これを持っていきな」
おかみさんが渡してくれたのは人数分の割引券だった。
「これを受付に出せば割り引いてくれるからね。あと、タオルとか石鹸とか入浴に必要なものは全部貸してくれるから、手ぶらで大丈夫だよ」
「え!? そうなんですか、すごい」
「むしろ不衛生なものを持ち込まれたり、身体を洗わないで湯船に入られたほうが困るからね。その代わり、身体をきれいに洗ってからじゃないとお風呂には浸かれない仕組みさ」
なるほど。確かに旅人や冒険者は汚れた石鹸しか持っていないだろう。集団で入浴するなら衛生面は大切だ。
「ありがとうございます。早速行ってみます」
私たちは着替えを持ち、みんなで温泉に向かった。……正確にはルチルだけ荷物を整理すると言って後から来るらしいけど、まぁいいや。
「おおー、すごいね。ここ」
階段を上った高台にあったのは、屋根付きの大きな建物だった。入り口で男性、女性は区切られている。受付の人はやさしそうなお姉さんだった。
「はい、ではこちら身体を拭くタオルと洗うタオル、それと石鹸、髪につける用のオイルです。石鹸で洗うだけだと髪がごわごわしますからね。必ず、入浴前に身体と髪を洗ってください。お湯を汚すと他の人に迷惑が掛かりますからね。守っていただけない場合は速やかに退場してもらいます。監視していますので、すぐわかりますよ」
怖いことを言っていたが、髪用のオイルまでくれるのは驚いた。確かに入浴料は結構高いが、これだけの備品があるなら納得だ。説明を受けた後に脱衣所で服を脱ぎ、温泉に足を踏み入れた。
「……すっごい」
思わず茫然としてしまった。岩で造られた大きな湯船や、雨避けのための大きな屋根にも驚いたが、何よりその景観にびっくりしたのだ。
「うみがみえるねぇ! きれいだね!」
「なるほどな。なんでわざわざ高台に温泉作ったのかと思ったが、風呂に入りながら景色を楽しむためってことか」
夕方に差し掛かった日は、オレンジの光を放ちながら水平線に沈んでいこうとしている。薄紫に染まった空は、海とのコントラストも相まってとても美しい。これを見ながら入浴できるなんて、とんでもない贅沢だ。
「ねぇはやくはいりたい」
「あ、そ、そうだね。すぐに体洗おう」
石鹸を使って、コハクの体と頭を洗い、綺麗な金の髪にオイルを馴染ませる。私も急いで身体と頭を洗い、温泉に浸かることにした。場所によって温度が結構違うみたいだったので、コハクに合わせてぬるめの個所に浸かった。
「きれいだねぇ」
「うん……すごいね」
「これは絶景だな。……そういや、ルチルはまだか?」
そういえば、と洗い場を見てみると、こそこそと隠れながら体を洗うルチルがいた。……何をしてるんだか。
「ルチルー! 早くおいでよ、夕日がきれいだよ。急がないと沈んじゃうよ」
「は、はぃい……今、いきますよぅ」
体洗い用のタオルで前を隠しながら、こそこそとルチルが湯船に入ってきた。ちらり、と私は彼女の身体を見て、そのあとスピネルを見る。
スピネルはやや細身だが、引き締まった体をしているし、女性らしさもちゃんと兼ね備えている。一方ルチルは……やたら細い。痩せすぎという感じだ。心配になる。
「あぁっ! なんか変な目で見ましたねぇ! 自分が豊かだからって! 蔑むような視線を感じましたよぅ!」
「い、いや、ほら私は体が大きいからさ。背も高いし、筋肉もあるし。ルチルはもうちょっとご飯食べて鍛えたほうが……」
「これでも前よりは食べてるんですよぅ! 体格は素質ですからぁ! 恵まれた人が恵まれない人にアドバイスをしても役に立たないのです!」
まくしたてるように怒るルチル。どうも彼女は体形にコンプレックスがあるらしい。気を付けないとなぁ。
「なーに喧嘩してるんよお風呂で。追い出されるよー?」
声を掛けられて振り向くと、そこにいたのはヘイゼルさんだった。……この人、スタイルがいいな。すらっとした細身でありながら、女性らしい部位はきちんと主張している。
「おお。アレクちゃん、胸おっきいね。さすが。スピネルちゃんはスレンダーで綺麗だね。ルチルちゃんは……カリカリだねぇ、もっと食べな?」
「みんなして言わないでくださいぃー! 簡単に改善されたら苦労はしないんですよぅ」
「ありゃ、気にしてたんね、すまんすまん」
「ヘイゼルさんはスタイルが良いですねぇうらやましいです……私もお魚とかもっと食べたらいいんでしょうかぁ」
そのやり取りを聞いていたコハクがルチルに向かって口を開いた。
「ルチル、コハクとおんなじ! ぺったんこ。いっしょだからだいじょうぶだよ、おおきくなるってお母さん言ってたよ」
「五歳児といっしょにしないでくださいぃー!!!!」
温泉に、ルチルの叫びが響き渡った。……とりあえず彼女に、栄養のあるものを食べさせてあげよう……。
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