第12話:夢に描いた景色見に行こうよ

 翌日早朝。私たちは乗合馬車の待合所に集まっていた。馬車は二頭立ての幌付き四輪で、想像以上に新しく、作りがしっかりして見えた。さすが高速馬車、という感じだ。馬にも馬車にもたくさんの装飾品がつけられており、おそらく馬や馬車を強化する魔道具だろう。


「おはようございます、これから一週間、よろしくお願いします」


 御者を担当する二人から挨拶をしてもらった。二人で御者台に座り、時間ごとで後退するらしい。確かにずっと一人でだと疲労や居眠りの危険もあるだろうしね。


 他の乗客の方は、老夫婦と旅人らしき若い男女、そして私達で、御者の方を含め十名だ。荷物もあるから結構な重さになるだろう。


 座席は、車体に沿う形で四人掛けの長椅子が二つ外向けに設置されていた。景色を見ながら旅することができるらしい。椅子の間は荷物置きになっている。元々は内向きの椅子だったらしいんだけど、景色を見ていたほうがお客さんも飽きないし、馬車酔いもしづらいということでこうしているらしい。


「二頭で一週間、メルトまで大丈夫なんですか?」


 純粋に疑問だったので聞いてみると。


「ああ、馬は途中のクレジーニとソエロルで交代させるんですよ。通常の馬車でも過酷でしょうが、これは高速馬車なので馬への負担も大きくて」


 なるほど。移動速度の向上はそれも一因なのか。


「馬だけでなく、我々御者も交代しますよ。どうしても魔道具を使い続ける兼ね合いで、魔力が足りなくなりますので」


 驚いた。そりゃあ値段も高くなるよね。割引してもらわなかったら全然足りないところだった。セーラさんに感謝。


「あら、かわいいお子さんねぇ。これからしばらく、よろしくね」


 老夫婦も挨拶をしてくれた。とはいってもおじいさんの方は少し厳格そうな感じで、口を開くのはもっぱらおばあさんの方だったが。若い旅人の男女とは軽く挨拶をする程度だったが、特に人当たりの悪そうな人でもないので、少なくとも同乗者に問題はなさそうだ。


「そろそろ出発だけど、忘れ物はないな? トイレは大丈夫か?」


「えーと、たぶん大丈夫……かな? あ、一つ忘れてました。酔い止め、飲んどいたほうがいいですよぉ、コハクちゃん。私もですが乗り慣れないと気持ち悪くなりやすいので」


 ルチルがコハクに薬を渡している。コハクは少しイヤそうにしていたが、気持ち悪くなるよりは、と、水で流し込んでいた。


「よし、じゃあ出発、乗り込もう!」


 どうなるかわからないけど、これから私たちの旅が始まる。楽しみだ。


◇◆◇◆◇◆


「うわ、綺麗だねー」

 

 海側の景色を見ながら、私たちは潮風に吹かれる快適な旅を送っていた。というか、高速馬車凄い。さすがにそれなりには揺れるが、道がきちんと整えられているせいもあって、全然許容範囲だ。崖下に見える海、遠くには水平線や島、船もたまに見える。カモメが飛んだり、よく見ると魚が跳ねていることもある。天気のよさも相まって、最高の景色の旅だ。コハクはずっと目をキラキラさせながら外を眺めて「あれは何?」と何か新しいものを見かけるたびに私たちに聞いていた。


 移動開始から二時間ほどで、一旦休憩を取ってくれることになった。この街道には、定期的に簡易の休憩所が設置されていて、その中のいくつかは宿泊も可能なくらいに設備が整っているらしい。ここはさすがにガルセニアのすぐ近くなので、簡単な雨避けと、トイレ。そして椅子、テーブルがある程度だったが、魔物避けの結界は張られているということだ。


「こうやって降りてくつろげるのは助かるね。すごいなアレストリア街道」


「なんでもぉ、このあたりの国々が連携して道も、休憩所も整えたらしいですよぉ。ここまでちゃんとなったのはここ数年らしいですけど」


 ルチルの説明に加え、御者さんも詳しく教えてくれた。


「ええ、少し前までは、道もガタガタだし、休憩所も大して整っていなくて大変でした。トイレもちゃんとしたものはなかったですし」


 それは本当に改善されてよかった。その状態だと子連れの旅なんてかなり厳しかっただろうし。トイレに関しては、汚水を浄化する魔道具が設置されているらしく、清潔だった。定期的に設備交換や点検、清掃も行われているらしい。結果として交易が盛んになって、国交も強化されたようだから、この辺の国はきちんとやるべきことをやってくれている、という感じだ。


 海沿いの街道なので、海側、山側で景色が完全に異なる。当然ながら海側のほうが眺めが良い。コハクは喜んだが、さすがに独占するのは申し訳なかったので休憩所での交代を打診したのだが、老夫婦も旅人の二人も、お子さん連れだし、海の景色を楽しんでください、と言ってくれた。ありがたい。


 途中何度か居眠りをし、休憩や食事を取りながら、日暮れ近くに大きな休憩所に到着した。今日はここで一泊するらしい。


「すごい、立派な建物だね」


「おお、もっと適当なの想像してたが、きちんと組まれてるし、手入れもされてるみたいだな」


「確か、ベッドとかの寝具はもちろん、調理器具もあるらしいですよぅ」


「お泊り、楽しそうだね」


 コハクもニコニコしている。物怖じしない子で良かった。


 小屋の中は、四つのベッドがある寝室が二部屋とキッチン、そして広いリビングルームがあった。リビングルームの椅子はベッドとしても使えるらしい。相談の結果、寝室の一部屋は私たち。もう一部屋は旅人さんたちとご夫婦。御者の方々はリビングで寝ることになった。


「夕食さ、一応保存食とか携帯食とかあるけど、折角キッチンあるし、作らない? 皆さんの分も」


 荷物を寝室に置きながら、ルチルに声を掛けると彼女も同意してくれた。


「はい、こんなこともあろうかと……というか、キッチンあるって聞いてたんで、食材は結構持ってきたんですよねぇ。とりあえず日持ちしない野菜類使ってスープとか作りましょう」


「おっけー。あ、スピネルはコハク宜しく」


「ああ。コハク、その辺散歩しに行くか」


 スピネルはコハクを連れて小屋の外へ出て行った。一応結界は張られているし、彼女が一緒なら大丈夫だろう。私たちがキッチンで作業を始めると、もう一つの寝室から、女性の旅人とおばあさんが出てきた。どうやら、同じようなことを考えていたらしい。


「せっかくキッチンがあるなら、使わなきゃ損よねぇ」


「そうですよねー。あ、あたし、ヘイゼル。よろしくー。とりあえず地元の魚の干物あるからそれ使って。焼いても、スープでもよし」


 おばあさんはカトラさん。女性の旅人がヘイゼルさん。ヘイゼルさんは私たちより少し年上らしい。茶色く長い髪と、はしばみ色のタレ目が魅力的な少女だ。少し訛りがあるのは、ずっと西にある漁村に住んでいたからだということだ。


「そういえば、お魚って干物とは言え、そんなに日持ちするものなんですかぁ?」


 確かに。彼女の住んでいたという村からここまでは結構距離があるはずだ。


「ああ、あたし魔術士だから。食材は基本冷凍保存してるんよ」


「えっ、すごい。氷の精霊ってこの辺じゃあんまり見ないですけどぉ」


「いや、精霊魔術じゃなくって基礎魔術でやっとるんよ。結構面倒だからあんまりやる人今はおらんけど」


「えぇ、それ、簡単にはできないですよね……今はほとんどの人が精霊魔術に頼ってるはずなのに、すごいですぅ」


 ヘイゼルさんとルチルは何やら難しい話をしながら干物やパンを準備していた。そうか、彼女は魔術士なのか。なら冒険者だったりもするんだろうか。色々後で聞いてみよう。


「難しいお話をしているみたいね。私はほら、果物があるから、これを剥いておくわね。スープはお願いしていい?」


「あ、はい、大丈夫です! そういえば、カトラさんはどうしてこの旅を――」


 色々な雑談をしながら、キッチンで料理をする。今までに経験したことはなかったけど、とても楽しい。――きっと、夕食の時間も楽しいだろう。とりあえず、この旅に出てよかった、と思える瞬間だった。

 




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随分と時間が経ってしまいました。

まだ仕事もプライベートもバタバタなので書き溜めはできていないんですが、何よりも早く彼女たちとの旅を再開したい! と思ったので、とりあえず書いて更新をしてしまいました。書きながらなので更新ペースは少々ゆっくりになるかもしれませんが、また再びこの旅にお付き合いいただけると幸いです。


2023/07/23 里予木一



人名誤りのご指摘を受けたので修正しました、助かりました。ありがとうございます。


2024/03/22 里予木一

 



 



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