第9話:つまりどこ行こうかなって話

「あ、いたいた。ごはん終わった?」


 セーラさんが手を振りながら歩いてくる。彼女こそ食事はとったのだろうか。


「はい、みんな終わって色々今後のこと話してました。……そろそろコハクは眠いかな?」


「まだねむくない! おひるねしたもん」


 言いながらコハクは目をこすっていた。うん。疲れたもんね。仕方ない。とりあえずセーラさんとの話が終わったら宿に戻って寝るつもりではあった。汚れたし、私達もあとでシャワー浴びてから帰ろう。宿のお風呂は限られたお湯を使って体を拭くことくらいしかできないから、しっかりと洗うならここでシャワーを浴びたほうがいいもんね。


「はいはい。じゃあ手短にね。まずコハクちゃんだけど……予想の通り、獣人ではなかったわ」


「やっぱりそうですよね。さっきリタとリズからもそう言われました」


「うん。で、じゃあこの子が何なのかというとね……はっきりしたデータはないから、確実なことは言えないんだけど、おそらく――魔族だろうって見解」


「え……? 魔族……?」


 魔族。魔界に住む種族の総称で、デーモンとか、吸血鬼とか、鬼とか、いろいろな種族がいるって聞いたことはある。この子が、魔族……?


「魔族、ってことは、この子、元々魔界にいたってことか?」


「その可能性が高いわ。魔力の量、質、特性を過去のデータと突き合わせると、魔界に住む魔族の性質と近いの」


「魔族の中でも、種族ってあるじゃないですかぁ。コハクちゃんは何なんでしょう?」


「冒険者協会にもデータはなかったんだけどね。おそらく、狐の妖怪、つまり妖狐じゃないか、って」


「妖狐……。妖怪って、東の大陸にでる魔族の別名、でしたっけ」


「ええ。東側の大陸の妖怪は、人に擬態して人間界で生きている場合があるらしいんだけど、妖狐はその代表格、らしいわ」


 みんな、何と無しにコハクの方を見る。しかし肝心の彼女は限界を迎えたのか、机に突っ伏して寝ていた。


「……寝たか。まぁいいか。……けど、なんで妖狐がこんなところにいるんだ? 魔界か、東の大陸か、にいるんだろ?」


「普通は魔族って、魔界と人間界を繋ぐゲートでしか移動できないんだけど……どうも妖狐を始めとする東の妖怪たちは、単独で魔界と人間界を移動する能力を持つ者がいるみたい。コハクちゃんが自分の力で移動したのか、おかあさんが移動させたのかはわからないけど、おそらく彼女が単独でここに来た理由はそれじゃないかなと思うわ」


「な。なるほどぉ……妖怪は転移系の術が使えるんですねぇ、しかも異界から渡るような高度なものが。すごいなぁ」


 ルチルは感心している。……でも、それって要するに、お母さんは魔界にいる、ってこと?


「うーんと、じゃあどうやってコハクをお母さんのもとに連れて行けばいいんだろう……」


 魔界に行く方法なんてあるんだろうか。というか危険すぎるんじゃないか。


「まぁ方法は……ぱっと思いつくので三つかな。一つはコハクが自分の意志で魔界に移動できるよう訓練する。もう一つは、魔界から彼女の母親が助けに来るのを待つ、三つめは……既にあるゲートを通って、魔界に行く」


「み、三つめは却下です! 魔界になんて怖くていけませんよぅ」


「そうね。ゲートを使った魔界への移動は、対魔族の最前線でもほとんど行われていないはずだし……あまり現実的ではないかも。リスクが高すぎるし。ただ、最初の二つも確実性は低いわね」


「まぁそうだよね……うーん、どうしようかな」


「あとは、他の魔族に手伝ってもらう、とかかな。できるかは知らんが」


「他の魔族、ですかぁ……そもそも今、人間って魔族と戦争状態ですよねぇ……」


 今現在、北方にあるシルバは魔族との戦争真っ最中だ。一度都市が魔族に占領されたこともあったが、現在は取り返して前線基地となっている。ただそれから今に至るまで、散発的な魔族の侵攻を退け続けている状況だ。


「北方のシルバだけじゃなくて、さっき話題に出たメルトにも魔族が攻めてきたって聞いたぞ、あたしは。無事退けることはできたらしいが……まぁそんな状況で、手伝ってくれる魔族なんていやしないか」


 確かに。敵対している状況で協力してくれる魔族がいるとは思えない。


「純粋な魔族、はそうだけど……ここだけの話ね。メルトの冒険者の中に、魔族のハーフがいるらしいの。もしかしたらその人に協力をお願いすれば何かしらの解決策に繋がるかも」


「魔族との、ハーフ、ですか? そんな人が……」


「メルトって、どんな種族でも、どんな過去があっても受け入れる文化の町だから、変わった経歴とか、人には言えない過去を持つ人が集まってるのよね。だからまぁ、もし魔族とのハーフがいたとして、確かにあそこくらいしか暮らせる場所はなさそうではあるわ」


「なるほどぉ。じゃあ、とりあえずメルトへ行って……話を聞いてみるのがいいですかねぇ」


「そうだね。リタとリズにもメルト行ってみたら、って言われたし。もしかしたらこっそり紛れ込んでるコハクのおかあさんがいたりするかもしれないし!」


「さすがにそりゃないだろうが、まぁ手がかりがない状況では一番可能性がある場所かな」


「そうね。あとは魔術都市コペルフェリアでもっといろいろ分析したり、魔界への転移術を研究するか、氷の都市シルバへ行って、魔族を捕獲して話を聞くとか、案としてはあるけど……一番現実的なのはメルトね。アレストリア街道をずっと東に行けばいいから、旅程も楽だし」


「よし、決まり! 明日準備をして、メルトに向かおう! ……そういえば、セーラさん、このレベル制って、継続で大丈夫なの?」


 この町独自の施策だったら、βテストキャンセルしないとダメかもなぁ……そしたらお金がキツイなぁ。


「うん、大丈夫よ。元々メルトからの依頼でここでもやってる感じだから。向こうには連絡しておくから、特に問題ないはず」


「やった。よし、それなら……とりあえず行ってみようか、みんな、勝手に決めちゃったけど、どう?」


「ま、いいんじゃねーか。コハクとここでバイバイって言うのも薄情だし、何よりアレクは納得しないだろ?」


「そうですねぇ。本当におかあさんに会わせられるかはわかりませんけど、私たちといたほうがコハクちゃんも安心でしょうし」


「私からもお願いするわ。親が冒険者で、命を落として一人ぼっちになってしまう子供って、いなくはないんだけど……孤児院に入るしかないのよね。お母さんを探すような余裕は私たちにもないし、この耳としっぽだと、孤児院で馴染めるかもわからないし……仮にお母さんが見つからなかったとしても、メルトならきっと色んな種族がいるから、受け入れやすいと思うの」


「うん、わかりました! 大丈夫です、私たちがきっと、この子をおかあさんの元へ送り届けて見せます!」


「ありがとう。じゃあこの子のお母さんを見つけることは、私からの依頼、としておくわ。達成したら経験値も報酬も、準備しておくから、よろしくね」


 セーラさんはそう言ってにっこり笑った。――ああ、なんて素敵な人なんだろう。この人に見込まれているということが何よりうれしかったし、何としても期待に応えよう、そう思えた。


「あと、一つだけ。わかっているとは思うけれど……」


 セーラさんは少し声色を変えた。


「コハクちゃんのお母さんが、戦争に関わっている、つまり人類に敵意を持った魔族である可能性は、このタイミングを考えると決して低くはないと思っているわ。それが判明したとき、この子をどうするか、彼女のお母さんと、どう話をするか、それは、考えておいたほうがいいと思う」


 セーラさんの言いたいことはよくわかる。コハクが魔族だと聞いた時に、そのことは考えていた。――どうなるかはわからない。でも、今それを悩んで、足を止めるべきではない。その時の自分を信じて、最善な答えを出す。悩むのはあとでいい。まずは一歩を踏み出そう。


 ――さて、新たな冒険に、出発だ!


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る