第10話:どんな旅しよう
「こんにちは。今日はわざわざすみません、ケイトさん」
コハクを含めた私たち四人は、冒険者協会の会議室でとある人物と対面していた。
「いいよ、セーラちゃんのお願いだし、何よりその子のためだからね。さあ、何でも質問して?」
ケイトさんはセーラさんの同僚、つまり冒険者協会の職員だ。十歳くらいになるお子さんがいて、元冒険者。元々は別の町に住んでいたそうで、夫婦で小さいお子さんを連れてこの町へ引っ越してきたらしい。
「はい。この子――コハクを連れてメルトの町まで行こうと思ってるんですけど……私たち、見ての通り子育ての経験がないので――子供を連れて旅をする大変さとか、そのために何が必要か、とか、どういう心構えがいるか、とか全然わからなくて……ぜひ、ケイトさんにアドバイスをいただきたいな、と思っているんです」
昨晩、冒険者協会でメルトに行く、と決めた後、セーラさんから言われたのだ。『そういえば、子連れでの冒険、大丈夫?』と。
言われてみればその通りで、そもそも私たちは旅どころか子供と暮らした経験すらない。元々いた施設ではまともな育てられ方もしていないし、小さい子と接触する機会はほぼなかった。つまり――ど素人なのだ。
そんな私たちが、メルトまでの道のりを子連れて旅するのは可能なのか? それすらもわからない。なので、『子連れの旅にに詳しい人を紹介してください……!』とセーラさんにお願いしたところ、ケイトさんを紹介された、というわけだ。
「なるほど……メルトかぁ。馬車で行くの?」
「はい。さすがに子連れで徒歩は無謀かなと……お金結構厳しかったんですが、セーラさんが色々伝手を使って割引券くれるそうなので、乗り合いなら何とか」
「一応高速馬車らしいから一週間くらいか? ……それでも、結構しんどいだろうな、特に子供には」
スピネルがコハクの頭に触れながら言う。高速馬車、というのは魔術や魔道具の補助によって移動速度を改善した馬車で、最近は徐々にこちらが主流になってきている。ただ当然、普通の馬車よりコストはかかる。
「そうねぇ。この子は見た感じおとなしくできる子だろうけど、やっぱり長時間の移動は子供の体力的にキツイだろうから、そこはちゃんとフォローしてあげる必要はあるかな。あと、トイレとかね。この子はおむつは外れてるの?」
「コハクちゃん、トイレ行けましたよねぇ。大丈夫なはずですよ」
「そう、それは良かった。でも長時間の我慢が難しい場合もあるから、休憩時にはきちんとトイレ行かせるようにね。あと、子供は酔いやすいから、薬とか、袋とか、着替えとかも。あとご飯は――」
ケイトさんの色々なアドバイスをメモする。当たり前だけど、思った以上に大変だ。
「――ま、こんなところかな。ただ、子供によっても違うし、予想していないことはたくさん起こるから、大事なのは何か起きたときに慌てず冷静に対応すること。あとは――」
ケイトさんは一呼吸おいて、コハクの方をじっと見た。
「あなた達、ちゃんとコハクちゃんと話をしてる? ちゃんと意思を確認したり、説明したり、コミュニケーションは取ってる?」
「――あっ」
言われて、はっとした。私は彼女のために、と思って、メルトへ行くことを決めて、その準備をしているけれど、そもそも彼女にどうしたいのか、ちゃんとついてこれるか、今、何を思っているか、など何も聞いていなかった。ただ、『お母さんに会わせられるようにするね』という抽象的なことを伝えただけだ。
「子供には判断して決めることがどうしても難しいから、大人が決めてそれをやらせるだけになりがちなんだけどさ。子供って意外と、話を聞いてるし、理解してるんだよね。その子なりの想いもあるだろうから、ちゃんと話し合ってあげてほしいかな。特にあなたたちはまだ、出逢ったばかりなんだから」
「そうですね……。コハク、ちゃんと話していなくてごめんね。私たちは、あなたのお母さんを探すために、メルトっていう町へ行こうと思ってるんだ。そこまでは馬車に乗って結構長い時間……一週間くらいかかる予定なんだけど、頑張って行けるかな? 大丈夫?」
私はコハクに向き合って、彼女に伝えた。
「うん……コハクは、おかあさんにあいたい。おかあさん、どこにいるか、わからないんだよね? あれくたちは、おかあさんをさがしてくれてるんだよね? だったら、こはくもいく。おかあさんに……あいたいもん。あいたいよぅ……」
コハクはぽろぽろと泣き出した。それはそうだろう。まだ幼い子が、突然知らないところに放り出されて、知らない人の中にいるのだ。しかも母がどこにいるのかもわからない。むしろ今までよくパニックにならずに、一緒にいてくれたと思う。
「うん……コハクは偉いね。大丈夫、きっと、会えるよ。探しに行こう。今、コハクのおうちがどこにあるかを探すために、新しい町に行ってみるつもりなんだ。一緒に行こう。お母さんには足りないだろけど、私たちはコハクがお母さんに会えるまで一緒にいるからさ。あと……コハクが困ったこととか、わからないこととか、辛いこととか、何かあったら、なんでも私たちに言ってね。これからいっぱいお話ししようね」
私はコハクをぎゅっと抱きしめた。私には母親がいない。スピネルもルチルも同様だ。でも――ずっと一緒にいてくれた人と、突然離れ離れになったら、どれだけ心細いかは想像できる。だから、私たちはせめて、その寂しさを埋めてあげられたらいいと思う。……突然の、偶然の出会いだけど、せめてそのくらいは、してあげたい。
◆◇◆◇◆◇
泣き疲れて眠ってしまったコハクを抱っこし、私たちは町で買い物をしていた。
一週間の旅、とは言っても何度か町には立ち寄れる。とはいえ、このガルセニアほど大きな町はないので、買い物はできるだけ済ませておきたいのだ。
「とりあえずコハクの着替えは買った……私たちの着替えも追加したほうがいいかな」
「だな。それこそなにがあるかわからんし。馬車なら多少荷物多くても大丈夫だろ。あとは食料。非常食は大目にあったほうがいいな」
「子供用のおやつとか、おもちゃとかは大丈夫ですかねぇ。長時間移動だと飽きちゃうんじゃないかなぁ」
「あー、確かにな。コハクは騒ぐタイプではなさそうだけど……それでも、気を紛らわすものはあったほうがいいだろ」
二人も色々考えてくれている……けど、うん、改めて。
「あのさ、二人とも」
「ん?」
「なんですかぁ?」
振り向く二人に、頭を下げた。……コハクを抱っこしたままだから、少しバランスを崩してしまったけど。
「コハクをメルトに連れてくこと。付き合ってくれてありがとう。でも……もし、二人が、ここでやりたいことがあるなら、私一人で行くので大丈夫だから、その、ちゃんと言ってほしいな。――私は、みんなと旅するのは楽しいし、一緒にいたいけど、コハクを連れてくことって私のわがままだし、付き合わせるのは申し訳ないなって……あだっ!」
顔を上げた瞬間、スピネルに思い切りデコピンされた、痛い。
「なーにを今更いってんだよ。ほんとに嫌なら昨日の時点でそう言ってるよ。気にしすぎだ」
「そうですよぉ。私達、一緒に育ってきたし、家族みたいなもんじゃないですか。それに……私たちはお母さんがいないから、せめてお母さんがいる子には、幸せでいてほしいなぁと思うんです。だから、私もコハクちゃんをお母さんに再会させてあげたいんですよ、私の意思なので、気を遣わないでほしいですぅ」
「……二人とも、ありがとう」
「お前の言うセリフじゃないよ。それは、コハクとお母さんを再会させて、二人からもらうもんだ。なんでも背負うなよ」
スピネルは微笑みながら言った。……やばい、ちょっと泣きそうだ。
「さ、買い物再会しようぜ。明日の乗合馬車、もう予約してるんだからな、時間ないぞ」
「おもちゃ、何がいいでしょうねぇ。起きたら聞いてみないと」
――ああ、私の仲間、最高だな。
そんなことを思いながら、二人の後を追う。手に抱えた少女の温かさを感じた。
「――コハク、待っててね」
私たちが、お母さんのところへ、連れて行ってあげるから。
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