第7話:駆け抜けて街まで
あれから、ボロボロになった私たちは、急いで精霊の泉へまで移動し、ボトルに頼まれた分の水を汲んで、急ぎ帰路についた。さすがに精霊を探している余裕はなかったし、オーガを燃やしてくれたコハクは気絶するように眠ってしまったので早く街へ戻りたかったというのもある。
洞窟を出た後、街道を歩くしかないかと思っていたが、ちょうどお客さんの少ない乗合馬車が通ったので、街まで乗せてもらうことになった(料金はかかるが、それくらいは仕方ないよね)。
「ほんっと助かったぜ。この子背負って歩くのはさすがに疲れるからなぁ」
スピネルが腕を回しながら言った。ちなみにコハクはルチルの膝で眠っている。私が背負おうかとも思ったのだが、オーガとの戦いで受けた傷が結構なダメージで、ルチルの治療魔術でも治りきらなかったため、スピネルに頼んだのだ。
「私は背中がスライムまみれなので……すみません」
「ま、いいよ。それ以前にルチルだと共倒れの可能性高いしな」
私やスピネルに比べるとルチルは圧倒的に体力がない。普段の冒険時は魔力で身体強化して何とかカバーしているが、腕力がないので多分子供を背負って歩くのは無理だろう。
「そ、そうですけどぉ。だからせめて膝枕をしてあげてるんですよぅ」
「でもルチルの膝、堅くて寝心地悪そうだな」
「なんでそんなひどいこと言うんですかぁ! 乙女の膝に!」
「いや、だって枝みたいだぞ」
「こんなみずみずしい枝がありますかぁ!」
私は二人の会話を聞きながら笑いそうになるのをこらえていた。オーガに殴られたわき腹が痛くて笑えないのだ。このまま漫才を続けられると辛いので、話題を逸らそう。
「ねぇ、ちょっと方針を決めておきたいんだけど。……この子、コハク、どうする?」
そう。彼女の話によると、気づいたら洞窟の中にいた、ということだから、母親とはぐれたとかではない。どういう事情があるのかは詳しく聞いてみる必要があるけど、町で彼女の母親が見つかる可能性は低いような気がしていた。
「とりあえず冒険者協会に、冒険中に見つけた、って伝えて、そのあとはお願いするしかないんじゃないか?」
「そ、そうですよねぇ……お母さん見つかればいいんですけど……。もしいなかったとき、どうするか、ってことですよね? アレクさんが気にしているのは」
「うん……一応見つけた手前、預けてバイバイっていうのもさすがに薄情だし。命を助けてもらった恩もあるしさ。だってこんな、倒れちゃうくらいに頑張ってくれたんだよ?」
ちなみに症状は、おそらく魔力切れだろう、というルチルの見解だった。あれだけの威力の炎を小さな子供が使ったのだから、無理もない。
「まあ言いたいことはわかるけどな。もし見つからなかったら、知り合いの獣人とかに声かけてみようと思ってたけど……ひょっとしてアレク、引き取ろうとか考えてるのか?」
スピネルの言葉に、ぎくり、と固まる。――だって、この子を一人ぼっちになんてできないじゃん……?
「引き取る……連れて歩く、ってことですかぁ? 冒険者って過酷だし、そもそも私たちお金もあんまりないし、現実的ではないような……。それに、そもそも獣人かどうかも怪しいですよぅ、この子」
「え? そうなの?」
「えぇ。獣人って、あんまり魔力高くないし、特に炎の魔術なんかは普通使わないはずなんですよねぇ。獣は、本能的に火を恐れますから」
言われてみれば確かに。獣人は身体能力が高くて、魔力は基本的に肉体の強化に使うくらいだと習ったことがある。まれに風や水、大地など、自身に縁のある魔術を使う人もいるらしいが、炎というのは聞いたことがない。
「うーん……? じゃあこの子は、なに?」
「さぁ……それこそ冒険者協会に聞いてみるのがいいんじゃないですかねぇ」
「それしかない、か。……まぁ、あとのことはその時考えようか」
結果がわからないのにその先を考えても仕方ない。とりあえず今は体を休めて、街へと向かおう。いつの間にか、私達三人は、コハクに釣られるように眠りについていた。
◆◇◆◇◆◇
「うう……体が痛いな……」
「ひとまず、依頼達成の連絡もしなきゃだし、冒険者協会へ直行しよう!」
街の入り口に止められた馬車を降りる。いつの間にかもう夕方だ。体中痛いし疲れたのでお風呂に入って寝たいところだが、そうもいかない。
「あ、コハクちゃん起きましたねぇ。大丈夫ですかぁ?」
目をこすりながら、周囲を見回すコハク。戦いの後倒れちゃったけど、私たちのことちゃんと覚えてるかな……?
「…………トイレ」
「え? そ、そうか、あの後ずっと寝てたもんね! よし急ごうちょっと我慢!」
バタバタと走って冒険者協会へ向かう。トイレならその辺にもあるが、子供が使うならちゃんとした綺麗なところのほうが良い。
◆◇◆◇◆◇
「あ、みんなおかえり、無事でよかった――」
「すみませんトイレ借りますー!!!」
セーラさんに声を掛けつつ、私はバタバタとコハクを連れてトイレに駆け込んだ。
幸い、コハクは一人でトイレに行くことができたし、間に合った。一安心。
コハクと手を繋いで受付に戻ると、スピネルとルチルが受付のお姉さんと何やら話していた。
「無事間に合ったよー、何の話?」
「お。よかった。とりあえず状況の説明をして、あと泉の水の引き渡し準備中だ。なんか検査がいるんだとさ」
「そう。見た目じゃその辺の水との違いが判らないから、成分分析をして問題なければ受け取ることになってるの。サンプルはもらったからすぐ検査するけど……そうね――そこの、会議室Aを予約したから、中で待っていてもらっていい? その子のことも詳しく聞きたいし」
セーラさんに促され、私たちは会議室に移動する。そこは、十人くらいが入れるくらいの部屋だった。白を基調とした清潔な内装で、大きな机の周囲にイスが並んでいる。
「綺麗な部屋ですねぇ。とりあえず座りましょうか。コハクちゃんも、どうぞぉ」
みんな思い思いに椅子に座った。よく考えるとコハクと落ち着いて話すのは初めてだ。……どうやって声を掛けたものか。
「コハク。あたしたちと会う前のこと覚えてるか? 気づいたらあの部屋にいたって言ってたが……」
「うーん。コハクが覚えてるのは――」
そうして彼女は口を開く。まずは話を聞いてみよう。すべてはそこからだ。
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