第6話:ワンツースリーでブチかまして

「当たれっ!」


 戦闘開始の合図は、スピネルが放った矢だった。しびれ薬を塗ったその矢は、オーガの目に向けて飛んでいく。――これが当たれば、一気に楽になる……!


 だが、オーガはあっさりと右腕で矢を防いだ。さすがに振り払われたりはしなかったものの、皮膚の厚さも相まって、あまり効いているようには見えない。


「くそ。だが、しばらくしたらあいつの体がマヒしてくる……はずだ。アレク、頑張って時間を稼いでくれ!」


「ええ、無茶な……」


 スピネルはそんなことを言いながらも二射目を放っていた。今度は足の腿へ。このくらいなら防ぐ必要もないと思ったのか、オーガは避けるそぶりも見せなかった。実際に、矢が突き立っても気に留めてさえいない。思った以上に頑丈だ。


 だが同然、攻撃してきたスピネルに対しオーガは敵意を向けている。あまり動きは早くないが、彼女に向けて走り出した。――そこへ、私は割って入る。……思った以上に怖い。化け物、という描写がふさわしい顔つき。鋭く伸びた牙、割けた口、鋭い眼光。顔のパーツ自体は人間に近いけど、どれも恐ろしく誇張されていた。


 オーガは足を止めると、標的を切り替え、私に襲い掛かってきた。手に持っていたこん棒を思いっきり振り下ろしてくる。


「くうっ!」


 躱すつもりだったが、足がうまく動かない! 咄嗟に受け止めると、剣と棒がぶつかり合う音が部屋に響いた。腕が痛い。危うく膝をつきそうになったが、何とか耐える。自身の強化魔術バフに加えて、ルチルからも強化を貰っていたので、何とか耐えられた。そうじゃなかったら、剣か腕か足が持たなかっただろう。その位の一撃だった。


「これでっ!」


 震えそうになる手を抑えながら、剣を思い切り振りかぶり、足の脛の辺りへ横殴りに叩きつけた。とりあえず足を潰せば逃げられるだろうという目論見だ。肉を割く感触があるかと思ったが、どちらかというと石を叩いたような感触が手に伝わる。思った以上に皮膚や骨が硬いみたいだ。


 とはいえオーガも痛かったらしく、怒りの声を上げながら、思い切り私の左わき腹蹴り飛ばした。声も出せずに私は吹き飛ぶ。――いったぁ……。


「アレクさん! ――そこの魔物! やめてくださぁい!」


 ルチルが手にした杖から攻撃魔術を放つ。彼女の使う神聖魔術の中には一応攻撃手段もある。威力はあまりないが相手を吹き飛ばすくらいのことは可能だ。だが――。


「ええぇ、全然効いてませぇん!」


 オーガはびくともしなかった。ただ攻撃されたとは思ったようで、オーガの目標はルチルに移った。


「ひー!!!!」


 慌てて逃げだすルチル、それを追いかけようとしたオーガに向けて、三度矢が放たれた。


「くそっ、全然ダメージが入ってない。……でも、動きはぎこちなくなってきたぞ、たぶん」


 私はゆっくり立ち上がり、再びオーガに斬りかかる。今度は首元を狙って思い切り――!

 

 ざくり、と血が飛び散ったが、鎖骨で止められてしまい大した傷にはならなかった。まずい。どこか、弱いところは――。


 考えていたら、今度はこん棒で左肩を殴られた。たまらず吹き飛ばされる。


「あぐっ!」


 地面に叩きつけられながら、どうしたらいいか考える。強化魔術のおかげでダメージはそこまでではない。まだ戦えるけど、このままだと勝てない。頭部の位置が高すぎるから突きも狙いづらいし……よし。一か八か、賭けに出よう。


「スピネル! ルチル! これからちょっと死んだふりをするからしばらく放っておいて! でももしヤバそうだったら助けて!」


「ヤバそうでわかるわけねーだろ! ああもう、知らないぞ!」


「だ、大丈夫、ですかぁ……?」


 二人はそれぞれ部屋の端のほうまで移動している。ここで私が倒れれば、近くに居る私を狙うんじゃないかな? 確か、オーガは肉食だったはずだし。


 私がそのまま動かずにいると、思った通り、距離の遠い二人には目もくれず、よろよろと私の方へ近づいてきた。どうやらしびれ薬が効いてきて、身体が十分に動かないみたい。――好都合だ。


 右手に剣を握ったまま、目を閉じた。怖い。これは結構賭けだ。緊張するけど、同時にワクワクもしていた。――さあ、来い。オーガは左手で私の長い髪をつかみ、身体を持ち上げる。――いたたたたたたたた、毛が抜ける! けど、今は我慢。髪は女の命というけど、私は命のほうが大事だから、今は耐えるんだ。


 目をつぶっているから、何も見えない。ただ、荒い息が聞こえる。……臭い。多分、こちらが死んでいるかどうか、様子を伺っているのだろう。ここで変なことをされるとまずいが……。

 

 薄目を開けると、味見でも試みようとしているのか、オーガが大きく口を開けてこちらに顔を近づけてきていた。――今だ!


 いち、にの、さんで、右手に持ったままの剣を思い切りオーガの口に突き入れる!   さすがに口の中は柔らかい。そのまま剣はオーガの喉を貫き、首の後ろ側から剣が飛び出した。


「ぎあああああああああああああー!!!!!」


 オーガは悲鳴を上げると、ギラギラとした目で私を睨んだ。凄まじい生命力だ、ここまでしても、死なないどころか、普通に動けるのか。――まずい。想定では私は痛みに驚いて放り投げられると思ったのだが、オーガは私を離さなかった。それどころか、そのまま手に持ったこん棒を振り上げて私にとどめを刺そうとしている――!


「あ、あれくを、はなせぇ!」


 その時――岩陰に隠れていたコハクが、大声で叫んだ。あぁ、いい子だな。これだけの傷を負わせていれば、スピネルとルチルがオーガを何とかして、彼女を連れて逃げてくれるだろうか。ちらりと見ると、スピネルは矢を、ルチルは魔術を放っていたが、オーガにはほとんど効いていない様子だった。これは――詰んだな。振り下ろされるこん棒を眺める。その、刹那。


 ぼっ、と音を立てて、オーガの頭が燃え上がった。さすがにパニックになったのか、オーガは私を放りだして、頭を両手でこすり、火を消そうとする。しかし――。


「蒼い、炎」


 その蒼い火は普通のものではないらしく、何をしても燃え広がるばかりだった。肉の焦げる匂いが漂う。部屋で火を消せるものを探しているのか、ふらふらと彷徨っていたが――そのまま大きな音を立てて倒れた。さすがに口から首にかけての傷が深かったのだろう。そのまま、ゴウゴウと音を立てて、燃えていく。


「――あの火、もしかして、コハクがやったの?」


 コハクに声を掛ける。


「こはく、火、出せるんだよ」


 少し誇らしそうに、コハクは言った。――とりあえず、何とかなったみたい。


「はあ……疲れた……」


「アレク! 無茶しすぎだ!」


「そ、そうですよぅ! 先にとどめ刺されたらどうするつもりだったんですかぁ!」


 仲間二人のお説教を聞きながら、私は何より、髪の毛が抜けていないかを心配していた。まぁ、一応女の命だから。命の次には大切ということで。




 


 


 


 

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