第4話:物語の1ページ

「ここ?」


「ああ。この洞窟の奥に、精霊の泉があるらしい」


 私たちは、ガルセニアの北東にある精霊の洞窟へ来ていた。この中に精霊の泉がある。ここまでは乗合馬車と徒歩で数時間。朝一に出て、今は昼前だ。


 精霊の洞窟は、思ったよりずっと大きかった。山の中腹にあって、入口は私達が肩車していても余裕で通れそうな広さがある。地図によると奥もかなり入り組んでいて、小さな部屋がたくさんあるらしい。


「とりあえず、早めのお昼にしませんかぁ? 中だと落ち着いて食べられないかもしれませんしぃ」


 ルチルの言う通り、洞窟内は魔物が出る可能性もあるし、このあたりで食事をとっておくのが良さそうだ。洞窟入口は、草もあまりなく、広場のようになっていた。多分、ここを訪れた人々が休憩しやすいよう整えているんだろう。


 置いてあった石に腰掛け、朝一で作っておいたパンを食べる。バゲットに切れ目を入れて、チーズやハムなんかを挟んだものを、私とルチルで用意した。スピネルは料理があまり得意ではないので、その時間は道具の最終点検なんかをしている。シーフやレンジャーは色々な道具を使うので、手入れも大変らしい。


「ん、これうまいな」


 スピネルがパンを食べながら言う。褒められるのは嬉しい。


「パンもチーズもハムもいいのがあったんですよぅ、良かったです」


 材料を買い込んできたのはルチルなので彼女もニコニコしている。ピクニック気分だけど、緊張しすぎるのも良くないし、このくらいがちょうどいいかな?


「よし、じゃあ出発しよう! ……一応、荷物は大丈夫かな? 忘れ物とか」


「ああ。あたしは問題ない。水を入れる用のボトルもみんな持ったか?」


 昨日セーラさんから預かった泉の水を汲む為のボトルは、軽くて割れないし蓋もついている非常に便利なものだった。コペルフェリアで最近生産されているらしく、どんどん一般に広がっているとのこと。


「はーい、だいじょうぶですぅ」


「よし、じゃあレンジャースピネル、先頭をお願い!」


 レンジャーというのは、おおざっぱに言うと自然の中を歩くスキルを持つ人だ。地面の様子を観察し、足跡を見つけたり、自然を用いた罠を張ったり、見つけたりできる。どれも洞窟や森林での冒険には必要なスキルで、いると頼もしい。


「なんだよそれ……あたし的にはスピネルレンジャーのほうが格好いいと思うけどな。――ま、どっちでもいか。よし、じゃあ行くぞ。静かにな。地図は頭に入れたけど、一応ルチルも見ておいてくれ」


「はいっ! あ、ランタン出さないと」


 洞窟は大体暗いので、ランタンで照らしながら行くことが多い。人が作ったダンジョンとかだと、松明とかライトがあったりもするが、今回はさすがになさそうだ。


「ああ、大丈夫。ここは発光するコケが生えてるらしくて、入り口から泉までは基本ランタンなしでいけるんだよ」


「そうなの? すごい。便利」


「それもあって初心者向けってことみたいだな。……よし、じゃあ、行くか」


 スピネルは洞窟の入口へ踏み入っていく。続いてルチル。私は最後尾だ。先ほどスピネルが言った通り、壁、天井床にところどころぼんやりとした光が灯っていて、歩くには困らない。


 ――さあ、私達の物語、その新しい一ページの始まりだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「次は右……のはず。地図と合ってるか? ルチル」


「はぃ。大丈夫です。ここまで順調ですねぇ」


「後ろ側も大丈夫。この分ならサクっと終わるかもね」


 私たちは三十分ほど洞窟内を歩いていた。少し開けた部屋のようになっているところもあるけど、基本的には二人並ぶのが限界、という広さの通路だ。少し拍子抜けしたけど、まぁ何もないに越したことはない。


「お、部屋についたな。休憩とか、大丈夫か?」


「あ、水分とっていいですかぁ。ちょっと緊張しちゃって」


「うん、私も少し疲れたし、体操して体をほぐそう」


 そこまで広くはないが、三人がゆったりくつろぐには十分だ。特に魔物も見当たらないので私たちは思い思いに休憩を取っていた、その時――。


「――ルチル! 上だ!」


 スピネルが突然大声を上げた。


「えっ? あっ? エ゛ッ!?」


 ルチルが上を見て叫ぶ。彼女の真上の天井、そこにある裂け目から、毒々しい色をした液状のナニかが垂れてきていた。おそらく――。


「スライムだ! ルチル、離れろ!」


「ひぃぃぃー!!」


 驚いて足がもつれたのか、ルチルはその場でうつぶせに倒れた。その彼女の背中に覆いかぶさるようにスライムが落ちてくる。幸い大きさは一抱えほどだ。これなら――。


「ルチル! 動かないで!」


 長剣はさすがに扱いづらい。短剣を抜いて、ルチルの背中に向けた。低級のスライムは、身体の中央部にある核に物理攻撃が効く。そこを壊せば倒せるはず。


「えええええぇー! 無理ですよぅ!! ああでも気持ちわるぃー!!!」


 短剣を構える私に怯えるルチル。そうしている間にも彼女の背中にスライムがまとわりついていた。今は背負っている荷物で防げているけど、スライムの体は消火液で覆われているので皮膚が溶かされる危険がある。早く助けないと!


「よし、やるよ! 刺さったらごめん!」


 言いながらルチルの背中を踏みつけて(ひどい)、固定したうえでスライムの核に短剣を振り下ろした。……多少リュックが傷ついたかもしれないけど、仕方ない。短剣が核に刺さった瞬間、スライムはピタっと動きを止めて、どろどろと崩れた。……ルチルのリュックと背中はスライム汁塗れだ。


「うっうっうっ……私、前もスライムまみれになったんですけど、なんで今回もこんなことにぃ……」


「トロいからだろ。あたしは二人がバタバタしてる間にスライム二匹倒したぜ」


 スピネルがにやりと笑みを浮かべていた。矢が二本壁に突き刺さっているので、これで隙間から出てきたスライムの核を撃ち抜いたのだろう。彼女は非常に目が良く、手先も器用で、弓の扱いもうまいのだ。レンジャーもシーフもそのあたりの能力が重要なので、彼女にはぴったりのロールと言える。


「はぁ……他に魔物はいない、かな……? とりあえず、みんな、お疲れさま」


「私、何にもしてないですぅ……はぁ……とりあえず、リュック、掃除させてください……」


 どんよりとした表情を浮かべ、リュックを布で拭くルチル。彼女はヒーラーだから、そもそも接近されてしまった時点でどうしようもない。だから隊列でも真ん中にいるんだけど……天井から落ちてくるとは思っていなかったなぁ。油断。


「ま、まぁあたしも天井にまで気が回らなかったからな、すぐ気づけなくて悪かったよ、ごめんなルチル」


 落ち込んでいるルチルを慰めるスピネル。何というか、弱い魔物の代名詞であるスライムにこんなに苦戦していて大丈夫なんだろうか……。


 嘆息しつつ、私も短剣の汚れを掃除することにした。この後何があるかわからない。準備は入念に。私たちの物語は、まだ始まったばかりなんだから。


 



 

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