第3話:いつでもはじまりはワクワクするね

 受付のセーラさんに冒険者資格のカードを提出し、レベル制のβテストを受ける旨を伝えると、彼女は嬉しそうに笑って色々制度について説明をしてくれた。


「さっきアレクちゃんには軽く伝えたけどね、要するにレベルっていうのは、本人の経験に応じて決められる数値なの。どのくらいの魔物を倒した、どのくらいの依頼を達成した、そういう経験に応じて、経験値が与えられて、レベルが上がっていく仕組み」


「依頼の達成でもあがるって、それだと、魔物をずっと避け続けててもレベルは上がっていくんじゃないか? レベルと実力が見合わなくなりそうなもんだが」


 スピネルの言葉に私は頷いた。確かに、依頼内容によっては魔物に出逢わないこともあるし、初心者はむしろそういった依頼を狙いがちだ。


「それは大丈夫。ある程度のところで上限が決められていて、依頼達成だけ、もしくは魔物退治だけ、だと一定のレベルまでしか上がらないようになってるから。あとは、同じ魔物、同ランクの依頼だけ、だとレベルは上がりづらくなっていくわね」


 なるほど。要するに、レベルを上げたければ、強い魔物、難しい依頼に挑戦し続けないとダメってことだね。これはランクを上げる際も似たような感じだったから、納得いくシステムではある。


「そうだ。βテストの報酬っていつもらえるんですか?」


 バイト料がある程度残っているとはいえ生活が苦しいことには変わりない。しかも冒険の準備があるからそれなりにお金も必要だ。


「とりあえずカード発行時点で初回分は支払われるわ。ちょっと色々処理があるから今回の依頼の報酬の時にまとめて渡す予定。あとは成果に応じて随時、かな」


 やった、すぐにもらえるのはとても助かる。スピネルとルチルも顔を見合わせて笑みを浮かべていた。


「他に質問はない? 問題なければ、作業を進めるね。一時間くらいはかかるから、この――精霊の泉のクエストの準備をしてきたらどう?」


 セーラさんの言葉に頷き、三人は冒険者協会を出た。この建物は町の大通りにあり、すぐ近くに冒険に必要なものを取り扱う店が並んでいる。


「あたしは薬屋行くつもりだけど、何か欲しいものあるか?」


 スピネルはもう何を買うか決めているらしい。


「傷薬は欲しいかな。あと毒消しとか、ストックが少ないやつ、よろしくー」


「了解。ルチルは?」


「魔力の回復薬、ほしいですねぇ。高いから少しで」


「ああ。赤字にならない程度に買ってくる」


 スピネルが手をひらひら振りながら歩いていく。


「スピネル、一時間後に、冒険者協会のカウンター集合ね! さて、私は道具屋で必要なもの見てこようかな。ルチルは水や食料をお願いしていい?」


「はぁい、了解です。美味しい保存食あるといいなぁ」


 ルチルの少し頼りない後姿を見送りつつ、私は道具屋へと向かった。顔なじみの店主のおじさんと会話をしつつ、冒険にいるものを見繕う。ランタンやロープはさすがにもっているが、マッチやオイルなどの消耗品、ペンやノート、タオルなど、あると助かるようなものをいくつか見繕う。明かりや着火具等は魔道具で便利なものもあるが、何分高いので私達にはなかなか手が出せないんだよね、いつかは欲しいな。


「アレクちゃん、冒険かい?」


 店内を色々見繕っていると、おじさんに声を掛けられた。


「はい。精霊の泉の水を取ってくるクエストを受けたので、その準備に」


「ああ、なるほどな。……ただ、ちょっと気を付けたほうがいいかもしれない。元々あの辺は初心者向けの場所だったんだけど、最近強い魔物を見かけたっていう噂だ」


「……そうなんですか?」


「ああ。本当かどうかわからないけど、大イノシシやオーガなんかを見かけたって言うな」


 大イノシシもオーガも、初心者では太刀打ちできないような相手だ。


「……それは、怖いですね。気を付けます、ありがとう」


「ああ。また無事で戻ってきてくれよ」


 おじさんに手を振って、店を出た。多少心配にはなったが、リスクは冒険者につきものだ。不安を振り払うように、近くのいくつかの店を物色する。――何事も、起きないといいんだけど。


◆◇◆◇◆◇


 いくつかのお店を回って時間をつぶし、私は一時間後に冒険者協会の受付に戻った。既にスピネルとルチルは受付の前に立っていて、なにやら深刻そうに話している。


「あれ? 何かあった?」


「ああ、アレク。薬局で聞いたんだが、最近強い魔物が精霊の泉に出るようになったらしい。で、ルチルに聞いたら他の店でも同じことを言われたそうだ」


「……ただの噂ならいいなぁって思ってたんですけど、なんか本当っぽいですよねぇ……」


「うん、実は私も聞いた。……少なくともある程度情報が回るくらいには知られてる、ってことだね……」


 不安になり、三人で黙ってしまった。そこに。


「お待たせー。カードできたわ」


 セーラさんが不安な気持ちを吹き飛ばすように現れた。そして私達三人にカードを配る。


『レベル、3』


 私たちは声をそろえた後、顔を見合わせた。


「そう。貴女たちはレベル3。ちなみにレベル10でC級、20でB級、30でA級、くらいねざっくりだけど」


 まだまだ先が長いことは察していたが、こうして数字で見せられると、自分の立場がよくわかる。


「うん、いいね。わかりやすいし! よーし二人とも、これから頑張ろう!」


 私の声に、スピネルとルチルは驚いた表情を浮かべた。


「前向きだなー。でもまぁ、確かに、自分がどの辺にいるのかわかるのはいいな。よし、あたしも前向きに頑張るか」


「そ、そうですね……あと七、上がればC級ですもんね。うん。まえむきにぃ」


 何となしに、拳を握って、三人で合わせた。うん、なかなかいい雰囲気じゃないか。ぱちぱちと、受付のお姉さんも拍手してくれた。


「うん、みんないいね。だから私もあなたたちを推薦したのよ。――さて、では、カードの細かな説明と、あと依頼の説明も一緒にしちゃおうかな」


「あ、その前に。精霊の泉で、強い魔物が出てくるって噂を聞いたんですが……」


 私は慌てて口を挟む。さすがに情報は仕入れておきたい。


「ああ……聞いたのね。そう、あとで話そうと思ってたんだけど、オーガとか、大イノシシとか、人食い草とか、今までは報告がなかった魔物の目撃証言がいくつか上がってるのよ」


「そ、それって大丈夫なんですかぁ!?」


 ルチルが珍しく大声を出した。それくらい怖いってことだろう。私も同じ気持ちだ。


「一応、今までの報告だと、精霊の泉までの道は安全みたい。ただその先、精霊との契約のために奥に行こうとしたパーティが、強い魔物を見つけて戻ったらしいわね。だから、この依頼ルートを外れなければ、危険はないはず」


「本当か? それ。なんかあまり信用できないな……」


 スピネルは疑いの目を向ける。


「うーん、それはさすがに保証はできないけど……でも、冒険者だし、危険に打ち勝つのも大切でしょ? 精霊の加護のおかげで、泉の近くに魔物が出ないのは保証されてるし、まぁ余計なことをしなければね。精霊探しとかをするのだと危険はあるかもしれないけど」


「精霊探し、したいんですけどねぇ。でも仕方ないかなぁ。運が良ければ、泉の近くでも見つかるらしいですしぃ」

 

 ルチルは精霊にも詳しい。今回は無理せずに行こう。依頼さえ達成すれば、お金と経験値は手に入るわけだし。


「うん、今回は無理せずに行こう。じゃあ依頼の詳細説明、お願いします!」


「はいはい。まず、精霊の泉の地図からね――」


 少し緊張感もあり、恐怖心もある。だが、同じくらいに高揚感もあった。久しぶりの冒険だ。しかも、レベルや経験値、そういったものが目に見えるようになるのはとてもワクワクする。――さあ、冒険の始まりだ!


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