第1話:はじまりのハートビート
「お金がない!」
ドン、とテーブルに手をついて、私は大声を出し立ち上がった。
一緒のテーブルに座ってお茶を飲んでいた、冒険者仲間のスピネルとルチルが驚いたようにこちらを見ている。ついでに、テーブルを壊すな、と言わんばかりに店の親父さんが見ていたが、一旦無視。
「ん? なんでだ? バイト料、入ったばかりだろ? あたし先月は結構働いたし、割と稼げたと思うが」
「わ、私も貸本屋さんのバイト、頑張ったつもりなんですけど……」
口々に言う二人。その主張は間違ってはいない。間違ってはいないのだが――。
「生きていくだけならね、一応足りてはいるの。だけど……私達は冒険者じゃん。冒険に出かけるための費用や、色々な装備品、アイテム……とかを考えると、全く足らないの! この宿も、ご飯も、冒険者割引があるから何とかなってるけど、このままじゃ資格もはく奪されかねないよ。バイトももちろん必要だけど……しないと! 冒険を!」
私が拳を握り、長い髪を振り乱しながら力説すると、二人は冷めたような目でこちらを見てきた。ちなみに私の髪は、外側が緑色、内側が赤色と独特な色味をしていて、年末のお祭りみたいな配色だと一部で評判だ。
「いや、アレクの言いたいことはわかるんだが……あたしらそんな強くもないし、とりあえずやれることが冒険者くらいしかないから資格とってみたけど、思いの外しんどいんだよな」
スピネルが、肩口で切りそろえた赤い髪を触りながら言った。彼女はシーフ兼レンジャーの役割を担っていて、罠発見、鍵開け、足跡追跡に加え、狩りや弓を使った戦闘などもこなす。身に着けているのは黒をベースにした軽装で、その上に茶色のベストを羽織っている。
「そ、そうなんですよねぇ。前に行ったクエストでも、スライムに襲われて服がボロボロになって、結局大した利益出なかったし……それならいっそバイトで暮らしていくんでもいいかなぁって」
ルチルは、色素の薄い髪に幾筋かの美しい金髪が混じる、変わった髪色だ。腰まである長い髪を三つ編みにしている。彼女はヒーラーで、神様の力を借りた魔術を使い、傷や病気を癒したり、武器や肉体を強化することができる。ライトグレーのローブを着ているが、動きやすいよう丈は短めで、足にはレギンスを履いていた。
「でもさ、私たちは昔から色々訓練を受けて、今のスキルを身に着けてきたじゃん。だったらそれを活かして暮らしたほうがいいでしょ? 冒険者資格がなかったら、もっとお金がかかって、生活がギリギリになりかねないと思うし……」
冒険者協会で試験を受け、合格すると冒険者資格が取得できる。この資格を持っていると、宿代や食事、アイテムなどを割引いてもらえる。色々な依頼を受けて人々の暮らしを助ける、冒険者たちを補助するために生まれた制度らしい。
ちなみに私はファイター、要するに戦士だ。長剣と短剣を一振りずつ腰に下げ、白系の服装に青い革鎧を纏っている。
「うーん……もうちょっと楽に稼げると思ったんだけどな……生きていくって、金、かかるんだな……」
スピネルの言葉に、ルチルも大きく頷いていた。それはわかるけど……せっかくの人生なのだから、有意義に生きていたいじゃん、やっぱり。
私とスピネル、ルチルはコペルフェリアという都市のとある施設で育てられていた。そこは、魔術の才能のある親の遺伝子を掛け合わせて、優秀な子供を人工的に造り、優秀な戦士や魔術士として育てる、という……まぁ倫理的に結構ヤバい場所だった。
才能のある子はいいのだが、私達みたいな中途半端な連中は、適当に実験台として使われて処分される運命だった。だけど、今から五年ほど前に誰かからストップがかかったらしく、才能のない子は望めば好きに生きられ、実験台になることもなくなった。そして、私達は十五歳になった時、晴れて才能がないと認められ、自由の身になったんだ。そしてこうやって冒険者の資格を取り、暮らしている、のだけど……。
「まぁね……実入りのいい仕事は私たちのような駆け出し冒険者には回ってこないし、そもそも危険すぎて難しいんだけどさ……」
思わずため息をつき、同意してしまう。私くらい前向きでいないと、この後ろ向きパーティはすぐにネガティブ思考に突入してしまうんだけど……。
「だろ。そうなるとできるのはその辺のお使いみたいな仕事でさ。最近は魔物の数も増えたから危険度も上がって、その割に報酬は据え置き。でも冒険者も増えたから良い仕事は奪い合い……」
「と、特に私達みたいな、小娘三人パーティなんて、信用もされないですしね……いざ仕事受けようとして依頼人のところ行ったら、チェンジで、って言われたのもう五回もありますよぅ」
いけない。どんどん暗くなっていく。
「と、とにかく、実績を積んで、強くなって、信頼されればいいでしょ! とりあえず冒険者協会に行って、いい仕事がないか探してみよう!」
テーブルに崩れ落ちそうな二人を連れて、私たちの泊まっている宿屋兼食堂を出た。幸い、お昼を大分過ぎた時間で、店内には私たち以外の客はいなかったので、今の恥ずかしい会話は店主以外には聞かれずに済んだようだ。
何はともあれ、動き出さなければ何も始まらない。まずは前に進もう!
◆◇◆◇◆◇
ここは大陸の南側にある、フェルミニアという王国のガルセニアという大きな港町。貿易も盛んで観光地としても有名で、冒険者協会もこの国では一番大きい。つまりその分ライバルも多いということになるのだが。
「こんにちはー。何かいい依頼はないですか?」
冒険者協会の受付のお姉さん――セーラさんに聞いてみる。私たちのように何度も依頼を受けてキャンセルされる事例は少ないので、既に顔を覚えられていた。
「ああ、アレクちゃん。みんな。こんにちは」
冒険者協会は、冒険者に関わるサポートをしてくれる組織で、試験を行い、資格をくれて、その上で依頼も斡旋してくれる。他にもパーティを組みたい人たちを紹介したり、訓練のサポートを行ったり、本当に色々なことを助けてくれるのだ。
「うーん、D級向けの依頼は……いつもみたいな、薬草集めとか、簡単な魔物退治とか、そのくらいかな……もうすぐ新しい依頼も来ると思うんだけど」
セーラさんは手元で何かの機械を操作している。冒険者協会では、優れた技術が色々使われているらしく、普通の店とは内装含めて様子が全く異なる。詳細はよくわからないけど
ちなみに、D級、というのは冒険者としてのランクで、駆け出しのD級、それなりに慣れたC級、中堅のB級、腕利きのA級、そして規格外のS級、という感じでかなりざっくりと分けられている。依頼を受けた実績や能力を元に判定されるらしい。
「D級の依頼は、実入りが少ないわりに、変な魔物に遭う可能性もあって、思ったより危険なのが辛いんですよね……」
「まぁそうなのよね……今結構その点が問題になってて、D級からC級に上がるまでが大変な割に稼ぎも少ないし、もう少し何とかならないかって話が――そうだ」
セーラさんが思い出したように、横に積んであった書類をかき分け始めた。
「これ、試してみない?」
彼女が取り出した一枚の紙には『レベル制
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