第5話
烈火の洞窟の最深部。もっとも熱く、もっとも邪悪な気が満ちるその場所にドラゴンは待ち受けている、はずなのにさつきにはドラゴンの姿がみつけられなかった。
「あれ……?ドラゴンはどこにいるの?」
「なに言ってるんですか、さつきさん。ドラゴンならほらっ、そこにいますよ!」
シルフィが指さす先、大きな赤い岩の上にいたのは小さな女の子だった。
本当に小さな、五才くらいの女の子だ。
「ウフフフフ。あのゾンビ達までやつけるとは、なかなかやるではないか」
甲高い声の少女が、老齢な口調でさつき達を値踏みするように見下している。
「あれがドラゴン?そんな……ただの小さな女の子じゃない」
「気をつけてください!かわいらしいのは見た目だけで、彼女は数々の討伐者を撃退してきました」
シルフィの鬼気迫る様子をみるに、彼女が例のドラゴンであることは間違いないようである。
「どうしてあんな姿をしているの……?」
ドラゴンといえば硬い鱗にトカゲのような体。ゾウよりも大きな体で空を飛ぶ架空の生物。それがさつきの世界でいうところのドラゴンだけれど、まさかこの世界では違うとでもいうのだろうか。
「ほんとはねー、創造主はドラゴンがお姫様をさらっているっていう王道の設定としてプログラミングしたつもりだったんだ……でもプログラムミスで、要素だけが融合してなぜかドラゴンのお姫様になっちゃったってわけ」
たしかに頭には大きな角がとぐろを巻きまがまがしく尖っている。小さな体には不釣り合いなほどの大きなゴジラのしっぽのようなものを引きずってこちらへ降りてくる姿は竜そのものだ。
「あんな見た目だけど油断しないで!一刺しすればこっちの勝ちなんだからっ」
その瞬間、カランとさつきの手からデバッグソードがこぼれ落ちた。
「さつき!?」
「無理よ……」
「なに言ってるんださつき、きみは自分の世界に戻りたいんだろう!?」
「むりよ、この子を倒すなんて私にはできない」
「わはははは、なんじゃ!勇者がきたかと思えばとんだ腰抜けではないか!妾の姿を見て獲物を取りこぼすなど笑止千万……むぎゅっ」
物語の悪役のように笑う小さなドラゴンを、さつきは思わず抱きしめていた。
「さつきさん!火竜に直接触れるなんて……無茶なことはよしてください。いくら僕の水の加護があるからって、そのままでは火傷じゃすまない。はやく離れてっ」
シルフィの忠告もむなしくさつきはただドラゴンを抱きしめ続ける。
「私にはこの子は倒せない。消すことなんて絶対にできない!」
「なんじゃ貴様は!ええい妾に触れるでない。燃やしてしまうぞ!!」
ドラゴンの姫が癇癪を起こしたと同時に、その身が激しく燃え上がっていく。
「くっ……」
「水の精霊よ、彼女に魔の炎に打ち勝つ加護を与えたまえ、アクアウォール!」
とっさに呪文を唱え、さつきの身はより強固な水の膜に包まれていく。
「さつきさん、水のバリアは張りましたが長くは持ちません!早く火竜から離れてっ」
「そうじゃ、離れよ!人間のくせに妾を抱きしめるなど何のつもりじゃっ、わきまえよ!」
じたばたと暴れる火竜に対して、さつきはあくまで優しく諭すように告げる。
「離れない。あなたが邪悪な竜だろうと、本当は優しい子だって私は知ってるから」
体が焼け焦げそうな痛みを耐えながら、さつきは尚もドラゴンへの抱擁をやめはしなかった。
「なにを……貴様ごときが妾を知っているわけがなかろう。千年も妾はここで一人きりで過ごしておったのじゃぞ。来る日も来る日も、妾をやっつける為に襲いかかってくる人間どもを返り討ちにしながら……」
「そんなに長い間一人で……怖かったね。やっつけられそうになったからやり返していただけなんだよね?そうじゃないと、あなたがそんなことするわけないもの」
「そっそうじゃ、だってみんなが怖い顔で妾を……だから妾、怖くて……」
まるでドラゴンの理解者であるかのような振る舞いをするさつきに、シュラは困惑し問いつめる。
「バカな!さつき、きみは愛で魔物を救うだなんて綺麗事でバグが修正できるとでも思っているのか!?いいから今すぐ剣を拾ってそのバグに突き刺せよっ」
「シュラ……そんなつもりはないよ。でもできないんだ」
ぎゅっとまたドラゴンの姫を抱きしめて、その頭を優しく撫でた。
「この子は、加奈と同じ姿をしているから……」
辰巳加奈。さつきの幼い頃からの大親友だ。このドラゴンの女の子は加奈が五才の頃と同じ姿をしている。大きな角としっぽがついているけれど、この声この顔、さつきの幼なじみの加奈で間違いなかった。
「ここはバグアースなんだぞ、さつき!キミの親友は元の正常なアースでキミの帰りを待っている!そのバグさえ消せばキミは本物の親友の元に帰れるんだ」
「それでも、私には加奈と同じ顔をした女の子を消すことなんて絶対にできない。きっと加奈が別の世界で勇者になって、私と同じ姿をした魔王を倒せと言われても……あのこも倒せないと思う」
魔物を愛で救いたいとか、そんな綺麗な優しさなんかじゃない。私はただ、親友に甘い、ただそれだけの十五歳の女の子なんだ。
「待ってください、シュラさん。みてください、火竜の様子が……どんどん炎の勢いがおさまって」
「何っ……あのバグ、不具合値がみるみる低下していく、だと……!?」
シュラの驚きの声とともに、さつきを包む炎は少しずつその勢いを弱めていった。
そしてドラゴンの姫、カナリアはさつきの腕の中でひっくひっくと涙をこぼしている。
「どうして……どうしてお姉ちゃんは今までの人たちと違うの?カナのこと抱きしめてくれるの?カナのこと……やっつけにきたんじゃ、ないの?」
「そんなこと、しないよ……私は、カナちゃんのこと、絶対に傷つけたりしない」
そう言ってさつきはその場に崩れ落ち、カナリアの手を握ったまま意識を失った。
「お姉ちゃん!?」
「さつきさん!」
シルフィが駆け寄り、すかさずさつきに回復魔法を施す。
「驚いた……バグアースの未来を測定し直したら、火竜による世界崩壊の危機がゼロパーセントに限りなく近い数字へと変わっていた。まさかあの剣を使わずにバグを修正できるだなんて……」
シルフィの回復呪文によって健やかな寝顔になったさつきに向かって、シュラのアバターにログインしたアシュラは言う。
「キミは案外、この世界の救世主に向いているのかもしれないな」
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