4.
もちろん、僕自身もアカウントを持っていて、実のところそこそこフォロワーもいる。さすがにインフルエンサー・クラスではないけれども、それなりの数は確保している。
「わあ、すごいねー」
ヒナさんに見せれば、そんな風に褒められる。
「どんな悪いことしたら、そんなに増えるの?」
言繰に見せれた場合、呆れたように言われる。
言繰が一人暮らしをしているタワーマンションの一室(ヒナさんが「ここ家賃高くてさー」とぼやいてた部屋の五倍くらいの広さがある。美少女で金持ちで一人暮らし。マンガのキャラみてーな奴だ)にお邪魔している最中のことだ。僕は放っておくとコンビニ弁当だのファーストフードだのしか食べない言繰のために料理を作っている最中である。ちなみにSNSに料理写真上げるために覚えた。
「悪いことなんてしてねーよ。普通にやればいいんだよ。みんながやってることに反応して、みんながやってることと同じようなつぶやきをするんだ。みんなが行ってる場所に行ってくる。みんなが作ってる料理を作る。みんながやってるスポーツをする。そして毎日マメに更新する。そうすれば簡単」
「簡単じゃないと思うけどそれ」
と、言繰はむくれる。
ちなみに言繰のフォロワーは一桁と二桁を行き来している。
言繰だから仕方ない。
美少女なんだから顔でも晒せば即座に桁が上がると思うが、本人は「そういうのはずるい気がする」とかふざけたことを言っている。美少女ってのはこれだから困る。まあその場合、厄介な手合いも絶対増えるので、僕としてもその方がいいとは思う。僕だってアカウントは匿名にしている。
「大変じゃない?」
「まあそれなりに」
「そんなに大変なことしてフォロワーが欲しいの?」
「ゲームみたいなもんだ。増えたら高得点。楽しい」
言繰はじろり、と僕をねめつけて言う。
「SNSってのはそういうもんじゃないでしょうに」
「そういうこと言ってるから増えないんだ。お前は」
「ふんだ。別にいいもん」
と、言繰は開き直り、1時間掛けて考えた、読んだ小説の感想をSNSに上げる。どうせなら話題の本とかにすればいいのに、一般の人は誰も知らないような作家の、一般の人は誰も興味を持たないようなジャンルの作品の感想。フォロワーが増えるはずもない。
でも。
僕は一応その作者名と作品名とを覚えておく。
たぶん後で読んでおくだろうし、頃合いを見て感想も書くと思う。
理由?
言繰がSNSに挙げたからだ。
そう言ったら、僕が言繰のことが好きだとか思われるかもしれないがもちろん違う。言繰は確かに美少女だが、そういうんじゃない。僕の好みとはちょっと違う。胸だって小さい。僕の恋人はヒナさんなのだ。
そう。
そういうんじゃない。
そんなものと一緒にされたら困る。
言繰のアカウントを見つけたのは、僕がまだ始めたばかりのSNSのフォロワー数を上げるための下積みとして、何人かのインフルエンサーのアカウントをフォローして張り付いて「倫理」的に問題がないか注意しながらタイミング良くその発言を拡散したり、気の利いたコメントをしてみたりしていた時期のことだった。
どんなきっかけで彼女のアカウントを見つけたか、実のところよく覚えていない。
フォロワー数が一桁と二桁の間を行き来しているカスみたいなアカウントだった。
放置されたアカウントかとも思ったが、ごく最近コメントが書かれていた――とは言っても、一週間前のコメントである。SNSにおいて、一週間前のコメントなんて一か月前や一年前と大差ない。コメントにも「いいね!」はほとんど付いていない。拡散もされていない。
けれども、どこか違和感のあるアカウントだった。
しばらく張り付いてみた。
やはりフォロワー数は一桁二桁で変わらなかった。
そのまま張り付いていた。
コメントする間隔も、信じられない程に鈍かった。
それでも張り付き続けた。
あのときの僕はちょっとだけおかしくなっていた。
一か月後に気づいた。
僕は見つけた。
たぶん。
世界で初めて。
僕は彼女を見つけた。
そのときの僕はとんでもなくおかしくなっていた。
信じがたいことにダイレクトメールを送り付けた。
内容は覚えていない。
思い出したくもない。
確か、彼女が紹介していたちっぽけな美術展覧会について自分も感動したとか何とか適当なことを書いて「もし良ければ、会って展覧会のことについてお話しましょう」とか何とか、とにかくそういうことを書いた。
こいつやべー、と警戒されて当然なメールである。
僕なら、そもそも開きすらせずに削除するだろう。
そんなメールに信じられないことに返信があった。
待ち合わせ場所はどこにしますか、という内容だ。
僕は思わず歓声を上げ、うるさいよ、と怒られた。
怒ったのは妹だった。自宅の居間でのことだった。
妹に怒られたせいか、僕は、何とか正気に戻った。
これは新手の詐欺なのではないか、と思ったのだ。
もしそうだとしたらかなり斬新な新手だが、詐欺なんて犯罪行為で儲けるしかない立場に追い込まれているような馬鹿にそんなことができるとも思えないが、僕が知らないだけで、もしかしたらそういう詐欺を可能とする技術があるのかもしれない。
というわけで警戒しつつ待ち合わせ場所に行った。
やはり、僕は正気じゃなかった。
そもそも待ち合わせ場所に行くべきではないのに。
けれでも僕はそこに行ったのだ。
結果、何だ詐欺か、と僕はがくりと肩を落とした。
約束の時間の一時間も前だった。
待ち合わせ場所に美少女がいた。
どう考えても、この美少女は罠だ。話しかけると、どこからともなくおっかない男が現れ。因縁を付け、有り金全部巻き上げ、さらにはよくわからない契約書にサインさせられて、大量の借金を背負い、家族まで脅されるに違いない。
ただ。
その割には変な格好の美少女だ。
そういう詐欺をするなら、もうちょっと、こう、控えめで清楚かつ微妙に露出してる感じの女の子の格好をすればいい(つまり童貞を殺す格好だ)。なのに、着ているものはド派手ってレベルでない左右非対称かつ極彩色というアバンギャルドなワンピースで、履いているのはおろし立てみたいにぴかぴかの馬鹿でかいど派手なスニーカー(実際おろしたてだったのだろう。ちなみに今では踵を履き潰されてるアレだ)で、手に持っているのは上品な形の本革の古風なブラウンの鞄で、もうすでに意味不明なやべーその格好に、目印として指定されていたアニメキャラがプリントされたキャップ帽を被っていた。しかも想像以上にでっかくプリントされている。今の人類にはちょっと早過ぎる格好だ。でも可愛い。美少女すげえ。
いや。
そんな観察をしている場合ではなく、その場からさっさと離れるべきだったのだ。
にも関わらず僕は観察し続けた。
約束の時間の十分前だった。
その辺りから、何やら不安げな顔で美少女はそわそわとし始めた。
一分刻みくらいで何度も何度も時間を確認して、臆病そうな視線を周囲に向ける。
約束の時間の五分前だった。
その辺りから、何やら焦ったように美少女は携帯端末を操作した。
文字を打っている。傍から見ても凄まじい真剣さで、何度も書いては消している。
約束の時間の一分前だった。
たぶんそこで、何やら深呼吸をして美少女はタッチパネルを押す。
僕の端末にメールが来た。
僕は端末のメールを見た。
あれだけ苦労して書かれた美少女のメールにはこれだけしか書かれていなかった。
『もうちょっとだけ、待ってます』
何度も言うが、そのときの僕はとんでもなくおかしくなっていた。
絶対詐欺だろと叫ぶ理性を無視して、即座に美少女の下へ行った。
美少女は自分の前に立った僕を見上げた。恐ろしいことに涙目で。
そんな彼女に僕はこう言った。
「ごめん。お待たせ」
約束の時間、ちょうどだった。
そして僕は、言繰を見つけた。
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