第3話
東京スカイツリーは高さ634メートル、タワーとしては世界第一位、建物としては世界第三位の高さを誇る東京のランドマークだ。
地上デジタル放送の電波塔で、周囲の超高層ビルの影響を受けないように高さが求められた。災害時には防災機能のタワーとしての役割もある。
観光タワーとしても人気で、高さ350メートルの展望デッキ、さらに450メートルの展望タワーまで登ることができる。
「ほう、見事なものや。その名の通り空に向かって伸びる木やな」
劉玲は青空に向かって真っ直ぐに伸びる白い塔を額に手を当てて眩しそうに見上げている。通天閣より随分高いな、と関西人丸出しのセリフに伊織は思わず吹き出した。
「ツリーは日本建築をヒントにそりやむくりを意識したものになっているんですよ」
伊織のうんちくに若者たちは耳を傾ける。
前職の広告代理店時代、観光パンフレットを作ったときにスカイツリーのことを調べたのが役に立った。
「ただの無機質な電波塔でなく、眺めて飽きないデザイン性がありますね」
郭秀英は目を輝かせながらツリーを見上げている。芸術家の心に響くものがあるのだろう。
「上海にもユニークな塔があるね」
伊織は印象的な上海の夜景を思い出す。
「東方明珠塔ですね。あの塔は11個の球体がデザインされています。明珠は真珠の意味で、白居易の詩にインスピレーションを得ています」
1995年に完成して以来、上海のランドマークとして存在感を発揮している、と教えてくれた。
「展望デッキへ登りましょう。50秒で地上350メートルに到達ですよ」
ガイドの柳に連れられてエレベーターに乗り込み、スカイツリーの展望デッキへ向かう。エレベーターは静かに上昇する。
展望デッキにでると、東京の街並みが大パノラマで飛び込んでくる。空と雲が目の前に迫る感覚に圧倒される。
「高い所は気分がええな、最高や」
劉玲が一番喜んでいる。
「みんな、ここ乗ってみ。お腹がヒュンとするで」
ガラス張りの床に立ち、ゾクゾクする浮遊感を楽しんでいる。曹瑛はここに絶対に乗ろうとしなかった。曹瑛は高い所が苦手だが、劉玲は真逆らしい。
女性二人組、燕玉風と朱峰花もガラスを覗き込んではしゃいでいる。
昼食はもんじゃの老舗つくしに立ち寄った。明太子、もち、チーズと盛りだくさんの具材を鉄板の上で惜しげもなく粉砕する様子に、若者たちは目を見開いている。
「せっかくの具材をこなごなにするのは勿体ない気がしますね」
郭秀英はそう言っていたが、完成したもんじゃ焼きを食べてこれもいい、と頷いた。甘いソースは馴染みがないが、若者たちはすぐに気に入ったようだ。
「日本の粉もんは美味いなあ。上海にいるとな、時々ソースが恋しくなってお好み焼きを作るんや」
劉玲は若い頃、九龍会の仕事で神戸に滞在していたことがあり、関西のグルメに精通している。関西弁のイントネーションもそのときに覚えてしまったらしく、ネイティブばりに自然な関西弁を操る。
追加で注文したお好み焼きを見事に焼き上げ、皆から感心されていた。
午後からは日本文化に触れてもらおうと、渋谷にある太田記念美術館にやってきた。個人コレクションとしては世界有数の約14,000点の収蔵数を誇り、歌川広重や葛飾北斎など、有名な浮世絵師の代表作を展示している。
芸術を志す若者たちは浮世絵を興味深く見入っている。
「三国志や水滸伝をモチーフとした作品も多いよ」
「文化の繋がりを感じますね」
郭秀英はひときわ熱心で、伊織と浮世絵談義を交している。郭秀英は日本に来る前に浮世絵について学んできたらしく、よく知っていた。
「浮世絵は繊細な線と鮮やかな色の美しさが素晴らしいです」
郭秀英は真剣な眼差しで浮世絵を鑑賞している。
「浮世絵は平面的な表現が優れていて、今でいう漫画に似ているね。人物の表情が同じに見えるのも、漫画的なキャラクター表現に通じるものがあるんだって」
浮世絵は雑誌でも人気のコンテンツだ。伊織が覚えた知識を披露すると、若者たちは感心して聞き入っていた。
名残を惜しみながら美術館を後にして、宿泊先のホテルまで送迎車で移動する。ホテルの大広間で日本の若手芸術家との交流の時間が設けられていた。
各自の得意分野のプレゼンテーションが始まった。
周子豪は彫刻が専門で、ガラスと金属を組み合わせた抽象的な作品が特徴だ。コンテスト入賞歴もあり、期待されている若手アーティストの一人だ。
淘連杰は水墨画をベースにした墨絵ポップアートで活躍している。アニメやゲームなどの作品を墨絵調にダイナミックな筆致で表現する。この春、アニメ作品のポスターを手がけ、一躍名前が知れ渡った。
燕玉風は自然と朽ちた人工物をモチーフにした水彩画を描く。とくに人形を取り入れた作品が多く、その幻想的でノスタルジックな作風は若者に人気だ。
朱峰花は鮮やかな色使いのポップアートを得意としており、ベンチャー企業のプロダクトデザインに関わっている。
郭秀英は画家志望で、写実的な題材を好む。ダイナミックな歴史の情景や中国の山河の風景など、油絵具で緻密に描いた作品を紹介した。
「秀英の絵は素晴らしい、けど何かもうひとつ足りんのや」
明かりを落とした会場の端で椅子に腰掛けた劉玲は腕組をしながら唸っている。
「美術館に飾ってある絵と遜色ないですよ、すごいじゃないですか」
「それがあかんのや。美術館に飾ってあるような絵、なんや」
伊織は劉玲の言葉に首を傾げる。
画力は確かだが、心に訴えかけるものがない、言われてみるとそんな気がした。
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