第10話
宗継海は残忍な笑みを浮かべて曹瑛の首目がけ、渾身の力で青竜刀を振り下ろす。無慈悲の白刃が白色光に煌めいた瞬間、瀕死の状態で倒れていたはずの曹瑛が驚くべき瞬発力で立ち上がる。すぐさま体勢を立て直し、宗継海の腕をバヨネットで切り裂いた。
「ぐわああっ」
宗継海は予想外の反撃に青竜刀を取り落とす。手首から滴る血を見て青ざめ、目に映る色は恐怖から憤怒に変わる。目の前に立つ曹瑛を憎悪を剥き出しにして睨み付ける。
「宗老師」
黒服のガードが慌てて曹瑛に銃を向ける。動きを察知した曹瑛は胸元から抜いたスローイングナイフを放つ。右に立つ細目の男の腕に銀のナイフが深々と刺さる。鮮血が迸り、細目は痛みにたまらず銃を落とす。それに気を取られた左の長髪の腕にバールが振り下ろされた。
「うぎゃぁっ」
腕の骨が粉砕され、長髪は悲鳴を上げる。それでも銃を持つ手を離さない。
「往生際の悪い奴だ」
榊は力の抜けた長髪の手から銃を奪い取り、膝裏をバールで打つ。長髪はバランスを崩してコンクリートに転がった。戦意を喪失した長髪は身体を丸めて呻き声を上げている。
細目の落とした銃に宗継海が飛びついた。銃口を曹瑛に向けようとするが、背後から竜二に羽交い締めにされる。
「貴様のような外道、生かしてはおかん」
血走った目を見開いた竜二が宗継海の心臓にバヨネットを突き立てようとした瞬間、金属音がぶつかった。
「曹瑛、お前」
竜二は驚いて目を見開く。曹瑛は静かな眼差しで竜二を見つめている。
「あんたが教えてくれたはずだ。俺たちは殺人鬼ではないと」
竜二の手から力が抜けた。曹瑛はバヨネットを引く。頸動脈を締め上げられた宗継海は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
「成長したな、曹瑛」
竜二は一呼吸置いてバヨネットを腰に収納した。
「あんたがいなければ、俺は道を外していたかもしれない」
「お前が正しい道を歩んでいるのは、そこの友達連中を見れば分かる」
竜二は作戦が上手くいったと喜び合う伊織に榊、高谷の顔を見比べる。
「皆、良い面構えだ」
竜二はポケットから七星を取り出す。箱が潰れてタバコが使い物にならないことに気付いて肩を落とす。
「吸うか」
曹瑛がマルボロを取り出す。
「いっちょ前に」
竜二はもらいタバコをくわえる。曹瑛はジッポで火を点けてやる。煙を美味そうにくゆらせながら竜二は足下に転がる宗継海を見やる。
「この男の始末、どうつける」
「迎えが来る」
曹瑛の言葉に竜二は首をかしげる。不意に、倉庫内を車のヘッドライトが照らす。黒塗りのベンツがゆっくりと倉庫へ進入してきた。濃いスモークガラスで車内は全く見えない。
車が停車し、後部座席のドアが開く。
黒い長袍の男が二人、ベンツから降り立った。冷酷な目をした男たちだ。黒社会の人間に違いない。二人は曹瑛に深々と頭を下げ拱手の礼を取る。
「やめろ、俺は兄貴じゃない」
曹瑛は辟易した様子でそっぽを向いた。二人は宗継海を抱え上げ、ベンツのトランクに放り込んだ。竜二は目聡く彼らの襟元についた九龍のバッジを見つけた。
宗継海を回収した黒いベンツは静かに走り去って行った。
「上海の兄貴から日本で車泥棒を働いている無法者を炙り出してくれと頼まれた」
「兄貴てな、九龍会か」
九龍会は上海に本拠地を置く黒社会の巨大勢力だ。中国東北地方の一大勢力である八虎連も九龍会傘下の一端という立場になる。竜二は予想外の上部組織の出現に心底驚いている。
「そうだ、長い話になる」
曹瑛は榊と顔を見合わせて笑う。
***
曹瑛と竜二は深夜の倉庫街を肩を並べて歩く。
「長春のことを覚えていてくれて良かった」
「ああ、お前と相撃ちと見せかけて敵を欺いた。あれは痛快だった」
竜二は肩を揺らして豪快に笑う。長春のキーワードは宗継海を欺く合図だった。竜二が忘れていたなら、どちらかが再起不能になるまで殺し合いは続いていた。
「お前たちに受けた恩は忘れない。人質を取られたとはいえ、お前を狙ったことを恥じる」
竜二は伊織から妻子の無事を聞いて涙した。竜二は曹瑛に深々と頭を下げる。
「竜二さん、北海道には何がある」
「なんだ、急に」
竜二は曹瑛の意図が分からず怪訝な顔で首を傾げる。
「うまいものがあるのか」
曹瑛は真顔だ。
「ああ、北海道は美味い食い物が多いぞ、いつでも遊びに来い」
竜二は曹瑛の肩をバシバシ叩いた。
「これ、お前のバイクか」
竜二はカワサキニンジャを見て嬉しそうに声を上げる。バイクは好きだった。カワサキはいいマシンだ。
「乗ってくれ、家族のいる場所へ送ろう」
曹瑛がエンジンをかける。腹に響く重低音が心地良い。
「あのときと逆だな」
竜二は感慨深くニンジャの後部座席に跨がり、大きくなった曹瑛の肩を掴んだ。
***
「じゃあ、警察を呼ぼう」
伊織がスマートフォンを取り出す。
「事情を説明するのは面倒だな」
榊が神妙な顔で倉庫にずらりと並ぶ盗難車を眺める。これだけの盗難車だ、通報者は調べられて根掘り葉掘り事情を聴取されるだろう。
「どうしようかな、あ、そうだ」
伊織はハンカチを手に巻いてすぐ脇のポルシェのドアハンドルをガチャガチャと開閉した。
大音量の盗難防止アラームが倉庫内に鳴り響く。
「なるほど、いいアイデアだ」
榊はベンツのタイヤを蹴り飛ばす。振動に反応したベンツのホーンから警笛が鳴り始めた。高谷も楽しそうに盗難防止装置を作動させていく。様々な音程のホーンがまるで合唱のように共演を始めた。
これほどの音が鳴り続けたら近隣からクレームが出て、警察が駆け付けるのは時間の問題だ
榊のBMWが倉庫街を抜けるとき、サイレンを鳴らしたパトカーとすれ違った。明日のニュースが楽しみだ。
***
二週間後、烏鵲堂に絵はがきが届いた。広大な緑の農地と青い空をバックに、日焼けした竜二と妻、とうもろこしを腕一杯に抱えたやんちゃな息子が笑顔で映っている。絵はがきには武骨な文字でメッセージが記されていた。
「有朋自遠方来、不亦樂乎」
曹瑛は絵はがきを眺めて頬を緩める。榊と伊織の座る窓際のテーブルにはがきを投げてよこした。
「行くか、北海道」
「いいね。俺、北は長野までしか行ったことがないんだ」
榊の思いつきに伊織も乗り気になっている。
「曹瑛さん、荷物が届いたよ」
高谷が大きな段ボール箱を重そうに抱えて階段を上がってきた。送り主は鳴海竜二だ。箱を開けると白いとうもろこしがぎっしり詰まっていた。
「収穫してすぐに送ってくれたんだね」
伊織は絵はがきと箱に詰まったとうもろこしを見比べる。
「これはピュアホワイトという希少品種だ。糖度が高くフルーツ並みの甘みがあると言われている」
手に取ると、瑞々しい実がぎっしりつまって重量感がある。最高の品質だと榊がお墨付きを出す。
厨房で軽く水洗いした新鮮なピュアホワイトに生でかじりつく。フルーティな甘みに曹瑛は思わず目を見開いた。伊織と高谷もその甘さに驚いている。
「北海道か、悪くない」
生命力に溢れた緑の匂いが北の大地の爽やかな風を運んできた気がした。
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