第102話 神樹の団の戦い

 巨大な月に照らされた夜の草原で、神樹の団の団員たちがドールズ教の信者たちに囲まれていた。信者たちの数は二百人以上いて、ダークエルフの女が指示を出している。


「アスロム様」


 戦士のテレサが眉間にしわを寄せて、十二英雄のアスロムに走り寄った。


「後方にも杖を持った魔道師らしき信者が五人以上います」

「……なるほど。ドールズ教の信者の中でも精鋭ってところか」


 アスロムは紫色の瞳で信者たちの位置を確認する。


「よくない状況ですね」


 重戦士のダグラスが頭をかく。


「戦力の差は七倍近いですよ。しかも、毒つきの武器を持ってる者も多い」


 その言葉に近くにいた団員たちの表情が強張る。


「落ち着くんだ」


 アスロムは団員たちを見回す。


「この程度の苦境は何度も乗り越えてきただろ?」

「そうですね」


 ダグラスがにやりと笑った。


「二体のドラゴンと同時に戦った時に比べれば、まだ、なんとかなりそうです」

「ああ。ダークエルフも一人だけみたいだしね」


 アスロムは視線をダークエルフの女に向ける。


 ダークエルフの女が口を開いた。


「十二英雄のアスロムはいるか?」

「……僕に何か用かな?」


 アスロムは数歩前に出て、ダークエルフの女と視線を合わせる。


「お前がアスロムか」


 ダークエルフの女は口角を吊り上げる。


「私はゼルディア様の忠実なる部下のディドラ。お前に話がある」

「話って?」

「降伏しろ。そうすればお前の命だけは助けてやる」

「僕だけ?」

「そうだ。いい条件だろう。お前は戦わずにそこに立っているだけでいい。その間に私たちが残りの冒険者を殺す」

「……それって、僕に人族を裏切れってことかな?」

「そうするしかないだろう。戦えば、お前は死ぬのだからな」


 ディドラは不思議そうな顔で首をかしげる。


「戦えば、お前もお前の部下も死ぬ。降伏すれば、お前だけは生き残ることができる。ならば、選択肢は後者しかない」

「……そうか。君は十二英雄のことをわかってないね」


 アスロムは柔らかな声で言った。


「そんな条件を出して、降伏する十二英雄なんて一人もいないよ。それに選択肢もその二つだけじゃないからね」

「二つだけじゃない?」

「ああ。君たちを倒して、全員生き残るって選択肢もあるから」


 アスロムは腰に提げた鞘から、ロングソードを引き抜く。

 そのロングソードは刃が七色に輝いていて、柄の部分に魔法陣が刻まれた宝石が埋め込められていた。


「ドールズ教の信者たちに警告する! すぐに武器を捨てて降伏するんだ。でないと全員死ぬことになるぞ」

「それは降伏しても同じだろ」


 信者の男が黒い短剣を構えて口を開いた。


「俺たちが捕まったら、ほとんど死刑になる。運がよくても無期懲役だ。だから、降伏なんて意味ねぇんだよ」


 他の信者たちがうなずく。


「そうだ。俺たちは降伏なんてしない! ここでお前たちを全員殺せば、何の問題もないからな」

「ああ。こっちには六魔星のゼルディア様がついているんだ。十二英雄なんか恐くないぜ」

「……そうか。君たちが改心することを期待したんだけど」


 アスロムは一瞬まぶたを閉じる。


「本当に残念だよ」


「バカな男だ」


 ディドラは金色の目でアスロムを見つめた。


「ならば、ここで死ぬといい。自分の選択を後悔しながらな」


 ディドラが右手をあげると、後方から六体の青黒いオーガが現れた。オーガは背丈が三メートルを超えていて、全身の皮膚が岩のようにごつごつとしていた。


「このオーガはゼルディア様が特別な秘術で生み出した『ロックオーガ』だ。通常のオーガより、パワーも耐久力も格段に上だぞ」


 ロックオーガは丸太のような足を動かして、アスロムたちに近づいてくる。その動きに合わせて、周囲を囲んでいた信者たちが動き出した。


「全員殺せ!」


 信者の男が叫ぶと、宙に無数の火球が具現化した。

 同時に神樹の団の魔道師が頭上に半透明の壁を作る。その壁に火球が当たり、橙色の火花が散った。


「グオオオオッ!」


 ロックオーガが右手を振り下ろした。ブンと大きな音がして、剣で受け止めようとした団員の体を叩き潰す。


「オーガとまともに戦うな!」


 アスロムが叫んだ。


「それよりも信者の数を減らして、包囲を突破するぞ!」

「おおーっ!」


 団員たちが信者たちに突っ込んでいく。


 その時、戦士のテレサにロックオーガが襲い掛かった。ロックオーガの巨大なこぶしがテレサのロングソードを叩き落とす。


「テレサっ! 下がって!」


 アスロムがロックオーガに駆け寄った。ロックオーガもアスロムを狙う。


「グオオオーッ!」


 ロックオーガのパンチを避け、アスロムはロングソードを振った。

 甲高い金属音がして、ロックオーガの脇腹に小さな傷がつく。


「ははっ、ロックオーガの皮膚は魔法剣でもダメージを与えることはできない」


 ディドラは勝ち誇ったように笑った。


「十二英雄の剣でも、その程度か」

「国宝『七光彩剣』を舐めないほうがいい!」


 アスロムは深く息を吸い込み、柄の部分にある魔法陣が刻まれた宝石に触れる。七光彩剣の刃が輝きを増す。


「はあああっ!」


 アスロムは七光彩剣を斜め下から振り上げた。剣の軌道を彩るように小さな虹が現れ、ロックオーガの腕が地面に落ちた。


 ディドラの目が大きく開く。

 アスロムはロックオーガの横をすり抜けて、ディドラに向かって走り寄る。


「させるかよっ!」


 四人の信者がアスロムの前に立ち塞がった。その手には黒い短剣が握られている。


「死ねっ! アスロム!」


 四人の信者が同時に攻撃を仕掛けた。


「『時神の加護』!」


 アスロムの姿が消え、一瞬で数メートル先に移動した。

 呆然とする信者たちの胸をアスロムは七光彩剣で連続で突く。

 信者たちが同時に倒れる。


「アスロム様に続け!」


 ダグラスが叫んだ。


「神樹の団の力を見せつけてやれ!」

「うおおおおーっ!」


 団員たちが雄叫びをあげて、信者たちに攻撃を仕掛けた。


神樹の団の団員たちの戦闘能力は高く、全員が複数の戦闘スキル持ちだった。集団での戦闘に慣れていて、その連係攻撃に信者たちは対応することができなかった。


 一気に信者たちの数が減っていく。

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