第96話 ゼルディアの情報
タンサの町を出てから五日後――。
夜の暗い森の中、僕、アルミーネ、ピルン、キナコは焚き火を囲んで、熱いハチミツ茶を飲んでいた。甘い香りが周囲に漂い、パチパチと枯れ木が爆ぜる音がする。
「で、キナコ」
アルミーネがキナコに声をかけた。
「そろそろエクニス高原だし、ゼルディアの情報を教えてくれる?」
「……そうだな」
キナコはハチミツ茶の入った木のコップを置いて、僕たちを見回す。
「ゼルディアの見た目は百歳を超えたような老人だ。背丈はあるが痩せていて、額に赤い角が二本生えている」
「弱そうなのだ」
ピルンが言った。
「お爺ちゃん魔族なんて、ピルンの狂戦士モードで瞬殺なのだ」
「そんな甘い相手じゃないぞ」
キナコがピルンをにらみつける。
「ゼルディアは三属性の魔法が使えるし、白兵戦もやれる。それに武器も強力だ」
「どんな武器なの?」
僕はキナコに質問した。
「『生きている剣』だ」
「生きている剣?」
「ああ。意思を持っていて、宙を自在に飛び回って攻撃を仕掛けてくる」
「それって、すごく危険だよね?」
「まあな。ある意味、二人と戦うようなものだ」
「それなら、こっちは四人なのだ!」
ピルンが指を四本立てた。
「ピルンたちの連携攻撃は無敵なのだ」
「無敵は言い過ぎよ」
アルミーネがピルンの肩を軽く叩く。
「でも、私たちの連携は上手くいってると思う。格闘家に狂戦士の前衛と錬金術師の後衛でも珍しいのに、紙使いのヤクモくんもいるから」
「たしかにヤクモの能力は予想しにくいからな」
キナコは僕を見つめる。
「数百年生きているゼルディアも紙使いと戦った経験はないだろう」
「そうね。ヤクモくんはどんどん強くなってるし、相手が六魔星でも勝算はあると思う」
「ああ。必ずゼルディアを倒すぞ!」
キナコの言葉に僕たちは大きくうなずいた。
数時間後、僕は見張りをしながら、魔法のポケットに収納している紙のチェックをしていた。
魔防壁用の紙は強度五から十まで揃ってる。風手裏剣と操紙鳥の数も問題ない。ただ、『黄金紙吹雪』に使う紙は枚数が足りてないな。これじゃあ、威力が弱まってしまう。
「もっと、時間があればなぁ」
僕は眠っているアルミーネたちを起こさないように小さな声でつぶやいた。
新しい紙のストックを増やすためだから、仕方ないか。
あの技を使うためには多くの特別な紙が必要だけど、今までとは違う戦い方ができる。戦況によってはすごく役に立つはずだ。
それに、あの紙も……。
その時、頭上から一枚の葉がゆらゆらと落ちてきた。
僕は意識を集中して、魔法のポケットから一枚の紙を出す。上から落ちてきた葉が紙のふちに触れると同時に二つに切れる。
この紙は目に見えない速さで細かく振動している。この振動を利用すれば、強力な武器が作れるはずだ。
ただ、欠点は具現化時間か。
目の前に浮かんでいた紙がすっと消える。
となると、他の効果も組み合わせて、一撃で敵を倒せるような技にするのが理想か。
巨大なモンスターも倒せて、魔法の壁も壊せるような……。
ふと、子供の頃に読んだ絵本のことを思い出した。
戦いの神バルドが大剣で大地を斬ったなんて話があったな。
「戦いの神バルドか……」
魔法の鎧を装備して、黄金色の大剣を構えるバルドの姿が脳裏に浮かび上がる。
子供の頃はすごく憧れてた。バルドみたいな強い人になりたいって。
「現実は厳しいな」
僕はふっと息を吐き出して、自分の細い腕を見つめた。
次の日、僕たちはエクニス高原に到着した。
視界に緑色の草原が広がっていて、その先に大きな森が見える。
草や木の種類が低地とは違ってるな。それに高地のせいか空気が冷たく感じる。
「まずはドールズ教の隠れ村探しね」
アルミーネは魔法のポーチから、青黒い長方形のカードを取り出した。カードは半透明で四隅に赤い宝石が埋め込まれていた。
アルミーネはそれを右目に近づけ視線を動かす。
「それは何なのだ?」
ピルンがカードを指さす。
「隠れ村を探すために作った魔道具だよ。このカード越しに景色を見ると、魔法の痕跡がある場所が青白く輝くの。きっと役に立つと思う」
「たしかに使えそうだな」
キナコが言った。
「隠れ村は大規模な幻惑魔法で遠目からは見えなくなっているはずだ。それがわかるのなら、効率よく動くことができる」
「ええ。私がついてきてよかったでしょ」
アルミーネはキナコにウインクする。
「お礼は肉球を触らせてくれるだけでいいから」
「ちっ、三分だけだぞ」
キナコは不機嫌そうに舌打ちをした。
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