第95話 聖剣の団
聖剣の団の屋敷の一室で、リーダーのキルサスはアルベル、ダズル、カミラと話をしていた。
「炎龍の団から報告書が届いた。ドールズ教の信者たちの罠にはまり、多くの冒険者たちが死んだ中、君たちは三人とも生き延びた。それは素晴らしいことだ」
キルサスは金色の長い髪に触れながら、アルベルたちを見回す。
「だが、問題もあったようだな。ダズル」
「あ……」
ダズルの体がぴくりと動いた。
「君が伝えたニセの情報のせいで、洞窟に閉じ込められたらしいな」
「そ、それは僕のせいじゃない」
ダズルの頬がぴくぴくと痙攣する。
「あんなの誰だって騙されるし、最終的に洞窟に入る判断をしたのは炎龍の団のメルトだから、僕の責任じゃないよ」
「だが、聖剣の団の団員が騙されたという事実は、こうやって記録される」
キルサスは冷たい視線をダズルに向ける。
「君のミスのせいで、また、聖剣の団の評判が落ちることになったんだ」
「あ……ぐ……」
ダズルの顔から汗がだらだらと流れ落ちた。
「ダズル。君の次の給料は半分だ。文句はないな?」
「えっ? 半分ですか?」
ダズルが驚いた声を出した。
「君の失敗のせいで、聖剣の団の名誉が傷つけられたんだ。その損失の一部を君にも支払ってもらう」
「で、でも、新しい短剣を買いたくて」
「それなら、歩合の仕事を増やせばいいだろう。倍以上働けば、給料は変わらないんだから」
「……は、はい」
ダズルはこぶしを強く握り締めた。
キルサスはアルベルに視線を移す。
「で、アルベル。聞きたいことがある」
「何ですか?」
アルベルが首をかしげた。
「報告書にEランクの紙使いがプラントドラゴンを倒したと書かれていた。これはヤクモのことか?」
その質問にアルベルは数秒間沈黙した。
「……そうです。ヤクモがプラントドラゴンを倒しました」
「へーっ、それはすごいわね」
部屋の隅に立っていたAランクの冒険者でエルフのエレナが口を開いた。
「あなたたちと違って、ヤクモは活躍したってことか」
「でも、それはヤクモの実力じゃありません!」
アルベルの声が大きくなった。
「たしかにヤクモはプラントドラゴンを倒した。でも、それはAランクのキナコがサポートしたからだし、すごい武器を持ってたからなんだ」
「すごい武器?」
「あいつのパーティーの錬金術師が作った短剣が刃の形を変えることができて、斬れ味もすごかったんだ。あんな国宝級の武器を持ってたら、俺だってプラントドラゴンを倒すことができます」
「国宝級の武器か……」
キルサスがぼそりとつぶやいた。
「それならば、プラントドラゴンの硬いウロコを斬ることもできるか」
「それだけじゃないよ」
アルベルの隣にいたカミラが言った。
「あの時は、みんなで戦ってて、プラントドラゴンはダメージを受けてた。私たちだって、後脚を攻撃してたし」
「ああ、そうさ」
アルベルが同意する。
「ヤクモは運よくプラントドラゴンに止めを刺しただけだ。奴自身が強いわけじゃない!」
「それはそうだが……」
キルサスはアルベルたちを見回す。
――こいつら、口だけは達者だが、たいしていい成果を残せてないな。しかもダズルは報告書に書かれるレベルのミスをしている。
キルサスの唇が僅かに歪む。
――だが、こいつらは複数の戦闘スキル持ちだし、将来はBランクになる可能性もある。ならば、団に残しておくべきだろう。
「……まあいい。お前たちはウオチ村の魔氷狼退治の仕事をやってくれ」
「わかりました」
アルベルたちが出て行くと、エレナがキルサスに歩み寄った。
「……ねぇ、キルサス」
「わかってる。ヤクモのことだな」
キルサスは微笑した。
「どうやら、僕は少し間違っていたようだ」
「少し?」
「ああ。ヤクモは僕の予想より少しだけ強かった。それに運もいい。こうなると、彼を残してもよかったのかもしれない」
「残してもよかった……か」
エレナはキルサスをじっと見つめる。
「私の考えとは違うわね」
「ん? どう違うんだい?」
「ヤクモは聖剣の団に絶対残すべき人材だったと思ってるわ」
「それはどうかな」
キルサスは肩をすくめた。
「今回、ヤクモが活躍したのは事実だろう。だが、アルベルたちが言ってたように、それは運と武器のおかげだ。プラントドラゴンを全員で攻めている時に、運よくヤクモが止めを刺せた。大型のモンスターを討伐する時によくあることだよ」
「運と武器だけじゃない。ヤクモはアルベルたちより戦況判断が優れていた。だから、プラントドラゴンの隙をつけたんじゃないの?」
「仮にそうだったとしても、それがヤクモの限界だ。彼は戦闘スキルを持ってないし、【紙使い】のユニークスキルは雑魚スキルだからな。必死に努力して、ようやくDランクの冒険者になれるレベルなんだよ」
キルサスは僅かに目を細くしてエレナを見る。
「君はヤクモが活躍したことで、彼の実力を過大評価してるんだ」
「うーん、過大評価ねぇ」
エレナは整った眉を眉間に寄せる。
「まあ、今さら、ヤクモのことを気にしてもしょうがないわね。それより、あの問題をなんとかしないと」
「新しい団員のことか?」
「ええ。三十人の募集をして集まったのは四人よ。これじゃあ、大きな仕事が受けにくくなるわ」
エレナがため息をついた。
「やっぱり、魔族との戦いで二十八人も犠牲者が出たのがまずかったわね。しかも、月光の団がその魔族を倒しちゃったから、聖剣の団の実力が疑われてる」
「それは僕がなんとかする」
「なんとかできるの?」
「ああ。聖剣の団の名誉を回復する手があるんだ」
キルサスの唇の両端が吊り上がった。
「君はゼルディアを知ってるだろ?」
「え、ええ。六魔星のゼルディアでしょ?」
「そのゼルディアを僕が倒したら、団員なんて何百人も集まると思わないか?」
「まさか、ゼルディアを倒すつもりなの?」
「そのまさかさ」
キルサスは部屋の壁に貼られたレステ国の地図を指さす。
「ゼルディアはエクニス高原にあるドールズ教の信者が作った村にいるという情報が手に入ったんだ」
「魔王領じゃない場所にいるの?」
「そうだ。しかも、魔王軍から離れて単独で行動しているようだ」
「単独でも六魔星よ。正直、Sランクのあなたでも勝てるとは思えないわ」
「たしかに僕だけでは難しいだろう。だが、神樹の団が動いてるんだ」
「神樹の団って、十二英雄のアスロムがリーダーをやってる……」
「ああ。それに月光の団のシルフィールも動く可能性があるらしい」
「十二英雄が二人か」
エレナはキルサスを見つめる。
「もしかして、その二人を利用する気なの?」
「悪くない手だろ」
キルサスはにやりと笑った。
「アスロムとシルフィールがゼルディアと戦っている時に僕も参戦すれば、ゼルディアを倒せる可能性が一気に上がるからな」
「そして、あなたは六魔星を倒した冒険者の一人として、名を上げるってことね」
「そうなれば、優秀な団員も集まってくるだろ?」
「それは……そうだけど」
エレナが唇に指を寄せて考え込む。
「不確定要素が多すぎる気もするわ」
「やってみる価値はある。上手くいけば多額の報奨金がもらえるし、聖剣の団の名声を上げることができるだろう」
「あなたの強さは理解してるけど、危険すぎる気がするわ。六魔星に殺されたSランク冒険者は何十人もいるのよ」
「大丈夫さ。危険な状況なら、アスロムたちにまかせて撤退すればいい」
キルサスはエレナの肩に触れた。
「君にも手伝ってもらうよ」
「私も?」
「ああ。君は回復魔法も使えるし、他のAランクは別の仕事をやってるからね」
「……わかったわ。でも、正面からゼルディアと戦う気はないから」
「僕もそのつもりだよ」
そう言って、キルサスは上唇を舐めた。
――アスロムたちを利用して、美味しいところは僕がもらう。上手くやれば、十三番目の英雄になれるかもしれない。
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