第91話 ガノック男爵

 アルベルたちは変わらないな。


 僕はため息をつく。

 どっちが上なんて、気にする必要なんてないのに。


「ヤクモ」


 ライザが僕に歩み寄った。


「改めてお礼を言わせて。ありがとう」


 ライザは僕の手を握る。


「あなたが助けてくれなかったら、私はテトに殺されてた」

「テトは強かったからね」

「ええ。強かったし、完全に騙されたわ」


 ライザは悲しそうな顔をして、ふっと息を吐いた。


「ほんと、私ってバカよね。何十日もパーティーを組んでいたのに、テトの正体に気づかなかったなんて」

「それはしょうがないよ。普通はパーティーの仲間を疑うことなんてしないし」

「……あなたは優しいわね」


 ライザは表情が和らいだ。


「そうそう。あなたにも騙されたわ」

「え? 騙された?」


 僕は首をかしげた。


「僕、何かしたっけ?」

「それよ」


 ライザは僕のベルトに挟んであるEランクのプレートを指さした。


「あなた、めちゃくちゃ強いじゃない。Eランクとは思えないわ」

「いや、僕はまだまだ弱いから」

「弱い冒険者がプラントドラゴンを倒せるわけないでしょ」


 ライザは僕の頭を軽く叩く。


「紙の能力もすごく使えるし、私にはあなたがAランク以上の冒険者に見えるよ」

「Aランク以上か……」


 褒めてもらえたのは嬉しいけど、さすがにそれは評価しすぎだな。プラントドラゴンを倒せたのだって、キナコがサポートしてくれたからだし。


「私、強くなるよ」


 ライザは真剣な目で僕を見つめた。


「次にあなたと会う時は強くなってるから」

「……うん。また、どこかで」


 僕とライザは視線を合わせたまま、固く握手をした。


 ◇ ◇ ◇


 孤児院の敷地に入ると、フローラ院長と高そうな服を着た太った男が話しているの見えた。


 男は四十代後半ぐらいで、茶髪をオールバックにしている。シャツは光沢のある白色でダークグレーのズボンを穿いていた。


 あの人……貴族だよな。もしかして……。


 男の声が聞こえてきた。


「だから、保証人をつけろと言っているのだ」

「それは突然すぎます。ガノック男爵様」


 フローラ院長が困惑した顔で言葉を続ける。


「ちゃんと家賃はお支払いしているはずです。高くなった分も」

「それはわかっている」


 男――ガノック男爵は不機嫌そうに舌打ちをした。


「だが、その支払いはいつもぎりぎりだ。いつ払えなくなるか、家主として不安に思うのは当然のことだろう」

「ですが、保証人なんて、そう簡単に見つかるものじゃ……」

「ならばここから出て行ってもらおう」

「そんなっ!」


 フローラ院長の顔から血の気が引いた。


「ここがなくなったら、子供たちはどうなるんですか?」

「森の中にでも住めばいいだろう。そうすれば、家賃の心配もない」

「森にはモンスターがいますし、盗賊だっています」

「それは仕方がないことだ」


 ガノック男爵は冷たい視線をフローラ院長に向ける。


「森の中は危険ではあるが悪いことばかりではないぞ。家賃を払わなくてよくなるんだから、その分、いいものが食えるではないか」

「でも、それは……」

「とにかく、保証人がいないのなら、次の契約はしない。子供たちといっしょに出ていってもらうからな」

「待ってください!」


 僕はガノック男爵に声をかけた。


「ん? 何だ、お前は?」

「僕はヤクモ。この孤児院出身の冒険者です」

「冒険者か」


 ガノック男爵はすっと目を細くして、ベルトにつけているEランクのプレートを見つめる。


「で、私に何か用か?」

「はい。孤児院の保証人は僕じゃダメでしょうか?」

「はぁ? お前はEランクの冒険者じゃないか。話にならん」


 ガノック男爵は犬を追い払うような仕草で手を動かす。


「保証人になりたければ、Aランク以上の冒険者になるんだな。そうすれば、保証人として認めてやってもいい」

「Aランク以上って……」


 僕は唇を強く結ぶ。


「ヤクモくん」


 フローラ院長が僕の腕に触れた。


「ありがとう。でも、いいのよ。私が保証人を見つけるから」

「でも、見つからないんじゃ……」

「大丈夫よ。なんとかするから」

「フローラ院長……」


 しわだらけの顔で笑うフローラ院長を見て、僕は心が痛くなった。


 僕に心配かけないように笑ってるんだ。


 僕がもっと強かったら、保証人になれたのに。いや、お金をいっぱい稼いで孤児院の土地を買い取ることだってできるのに。


「もういいな」


 ガノック男爵はオールバックの髪を整えながら言った。


「契約したければ、まともな保証人を用意しろ。そんな雑魚冒険者ではなくな」


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