第90話 地上へ
その後、僕たちは狭い穴を進み続けた。
道を塞いでいた岩を斧で壊し、急な斜面を登る。
そして――。
岩と岩の隙間から這い出ると、太陽の光が泥だらけになった僕の体を照らした。
「あ……」
そこは草原だった。
涼しさを感じる風が周囲の野草をさわさわと揺らしている。
「で、出られた」
近くにいた冒険者が掠れた声を出した。
「やった、やったぞ! 俺たちは助かったんだ」
「ああ。本当によかった」
茶髪の冒険者が目のふちに浮かんだ涙をぬぐう。
「お疲れ様」
アルミーネが僕の肩に触れた。
「ヤクモくんが階段を作ってくれたおかげだね」
「そうなのだ!」
ピルンが言った。
「やっぱり、ヤクモの能力は役に立つのだ」
「役に立つ……か」
僕は喜んでいる冒険者たちを見回す。
たしかに紙で螺旋階段を作れたから、僕たちは全滅しなかった。
だけど、多くの冒険者が死んで、生き残ったのは二十八人だ。喜べる状況じゃないか。
「そうつらい顔をするな」
キナコが僕の腰を肉球で叩いた。
「こういう時は、自分が生き残ったことを素直に喜べばいい」
「そう……だね」
僕は心を落ち着かせるために深呼吸をする。
「ヤクモ」
メルトが近づいてきて、僕の手を強く握った。
「君のおかげで私たちは地上に戻ることができた」
メルトは真剣な顔をして僕を見つめる。
「ありがとう。そしてすまなかった」
「すまなかった?」
「私は君の実力を見誤っていた。Eランクとは思えない強さだとは思っていたが、まさか、私よりも強かったとは」
「いやいや。そんなことはないです」
僕は慌てて首を左右に振った。
「メルトさんはSランクだし、あの四刀流の攻撃は避けるのが難しいです」
「だが、君には紙を具現化するユニークスキルがある。それにその武器も」
メルトは腰に提げていた魔喰いの短剣を指さす。
「君はその短剣でプラントドラゴンにダメージを与え、紙を具現化する能力で螺旋階段を作って私たちを救ってくれた。君が一番功績をあげたのは間違いない」
「そうですな」
グレッグもメルトの言葉に同意した。
「ここまで、紙を具現化する能力が使えるとは予想外でした」
「ああ。この功績の分は追加で報酬を払わせてもらう」
「あ、ありがとうございます」
僕はメルトに礼を言った。
報酬が増えるのは有り難いな。孤児院への寄付を増やすことができるし。
「おい、メルト」
キナコがメルトに声をかけた。
「ルーガルの言葉を覚えているか?」
「ルーガルの言葉?」
「ああ。奴は六魔星のゼルディアから転移の魔法陣を描く粉をもらったと言っていた」
「そうだったな。それがどうかしたのか?」
「もし、ゼルディアの情報が入ったら、俺に教えてくれ」
「……それは構わないが、関わりがあるのか?」
「直接の関わりはないが、奴は殺さねばならん。俺の故郷を滅ぼした魔族だからな」
キナコの声が低くなった。
「……わかった。情報が入ったら、必ず伝えよう」
メルトは真剣な顔でうなずいた。
二日後、僕たちはタンサの町に戻ってきた。
冒険者たちが疲れ切った様子で、巨大な南門の前で腰を下ろす。
僕は魔法のポケットに収納していた水筒を取り出し、中に入っていた水を一気に飲み干す。
きつい仕事だったな。宿屋を探して早く眠りたい。
「おいっ、ヤクモ」
アルベルが僕に声をかけてきた。
その背後にはダズルとカミラもいる。
「お前、その短剣、どこで手に入れた?」
アルベルが魔喰いの短剣を指さした。
「これは僕たちのリーダーの錬金術師が作った武器だよ」
「ウソつくな! 無名の錬金術師がそんないい武器を作れるわけねぇだろ!」
「そうだよ」
ダズルがアルベルの言葉に同意した。
「僕は見てたんだぞ。その短剣の刃が伸びたり、大きくなったりしたところをさ。こんなの国宝レベルの武器じゃないか」
「あ、いや。この武器はいい武器なんだけど、欠点もあるんだ」
「欠点って何よ?」
カミラが質問した。
「刃を変化させるのに大量の魔力が必要なんだよ」
「大量の魔力って、あなたの基礎魔力は平均レベルじゃない」
「いろいろあって、魔力を増やせるスキルが復活したんだ」
「はぁ? 何それ?」
カミラが驚いた顔をした。
「そんなことってあるの?」
「自分も驚いてるよ。とにかく、そのおかげでこの短剣が使えるようになったんだ」
僕は腰に提げている魔喰いの短剣に触れる。
「なるほどな」
アルベルが鋭い視線を僕に向ける。
「それで、あんなデカい紙の階段を作れたわけか」
「うん。前と違って、紙をたくさん具現化できるようになったから」
「……ふん。やっとわかったぞ。お前が強くなった理由がな」
アルベルは唇を歪めて言った。
「だが、調子に乗るなよ。お前が活躍できたのは、その武器を持ってたからだ。俺だって、それを持ってれば、プラントドラゴンを倒せたはずだ」
「……そうかもしれないね」
僕はアルベルの言葉を否定しなかった。
魔喰いの短剣は多くの魔力を消費して、刃の斬れ味や形を変える。アルベルは基礎魔力を上げるスキルを持ってないから、使いこなすことはできない。
でも、そんな説明をしても、アルベルは納得しないだろう。
「いいか、ヤクモ」
アルベルが僕を指さした。
「お前がそれなりに活躍したことは認めてやる。だが、冒険者としての実力は俺たちのほうが圧倒的に上だってことを忘れるなよ」
そう言うと、アルベルたちは僕に背を向けて去っていった。
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