第89話 危機
数分後、互角だった戦いが変化した。
倍近くいた信者の数が減り、戦っている冒険者の数を下回った。
「ルーガルだ! ルーガルを倒せ!」
メルトの言葉に冒険者たちがルーガルに突っ込んでいく。
その時、ルーガルの周囲に半球形の魔法の壁が出現した。
冒険者たちの剣がその壁に弾かれ、甲高い音を出す。
「どうやら、ここまでのようだ」
ルーガルがメルトに視線を向ける。
「メルトよ。今回は負けを認めてやろう」
「今回は、だと?」
メルトが眉を吊り上げて、ルーガルに近づく。
「お前に次はない。ここで死ぬんだからな」
「それはどうかな」
ルーガルは胸元から黒い円柱を取り出し、ボタンを押した。
大きな爆発音がして、僕が紙で塞いでいた裂け目が崩れ落ちた。その部分から大量の水が流れ出し、地面を濡らす。
「これでお前たちは脱出することはできない」
「何をやっているっ?」
メルトが驚いた声を出した。
「これでは、お前たちも逃げられないではないか」
「たしかに、私以外の者は死ぬだろうな」
そう言って、ルーガルは小ビンを取り出し、それを足元に叩きつけた。中に入っていた黄緑色の粉が魔法陣を描く。
「これはゼルディア様からいただいた転移の魔法陣を描く粉だ。これがあれば、私一人なら外に出ることができる」
「ルーガル様っ!」
周囲にいた信者たちが球形の壁に駆け寄った。
「私たちはどうなるのですか?」
「安心しろ。ドールズ様が復活すれば、お前たちは生き返ることができる。安心して、最後まで戦うのだ」
ルーガルは視線をメルトに戻す。
「こちらも多くの信者を失ったが、炎龍の団のリーダーと主力を潰せるのなら、悪くはない結果とも言えるな」
「ルーガルっ!」
メルトはオレンジ色のしっぽを逆立てて、短剣で魔法の壁を叩く。赤い刃が半透明の壁に傷をつける。
「ふふふっ。百回ほど叩けば、この魔法壁も壊されるかもしれんな」
「全員でこの壁を壊すぞ!」
「もう遅い!」
ルーガルが転移の魔法陣を起動する言葉を口にした。
一瞬でルーガルの姿が消え、半球型の魔法の壁も消えた。
「くそっ!」
メルトが歯をぎりぎりと鳴らした。
「メルト様、水が溜まってきています」
グレッグがメルトに駆け寄った。
「既に後方の通路が水に浸かっていて、脱出する場所がありません」
「……とにかく、信者を倒すぞ! 脱出方法はその後に考える」
そう言って、メルトは近くにいた信者に攻撃を仕掛けた。
数分後、僕たちはほとんどの信者を倒した。
しかし、水はどんどん溜まっていて、冒険者たちのヒザが濡れている。
まずいな。さっきの爆発で壁にひびが入って、いろんな場所から水が漏れている。これじゃあ、粘着性のある紙で塞いでも別の場所から漏れ出すだろう。
メルトたちは裂け目を塞いでいる岩を壊そうとした。団員たちが斧や剣で岩を叩く。
「これでは間に合わんな」
キナコがぼそりとつぶやいた。
「水が溜まる時間のほうが早い。このままでは全員水死するぞ」
「うわああっ!」
突然、ダズルが悲鳴をあげた。
「死にたくない。死にたくないよ。ううっ」
「くそっ、炎龍の団の巻き添えで死ぬのかよ」
アルベルが岩を壊しているメルトをにらみつける。
「こんな依頼、受けなきゃよかった」
その隣にいるカミラは蒼白の顔で歯をカチカチと鳴らしていた。
僕は周囲を見回す。
どこか、他に逃げる道はないのか?
視線を上げると、数十メートル上の壁の一部が崩れていて、穴が開いていた。
あの穴……奥が見えない。もしかしたら、あそこから逃げ出せるかもしれない。
僕は岩を壊しているメルトに駆け寄った。
「メルトさん。上に穴があります」
「穴だと?」
メルトは僕が指さした穴に視線を向ける。
「……たしかにあるが、あそこまで、どうやって移動する? ロープを使うにしても時間がない。無理だ」
「それは僕がなんとかします!」
僕は自分の位置と穴の位置を確認する。
具現化時間が長くて、ある程度強度がある紙を使って……。
数千枚の紙が具現化し、白い螺旋階段を作った。
「あ……」
メルトが大きく口を開けて、僕が螺旋階段を見上げる。
周囲にいた冒険者たちも呆然とした顔で螺旋階段を見つめている。
「みんな、階段を上って!」
僕の声を聞いて、メルトが我に返った。
「よ、よし! みんな、階段を上がれ!」
冒険者たちが慌てて螺旋階段を上がり始める。
先頭にいたグレッグが穴に入った。
数十秒後、穴からグレッグの声が聞こえた。
「狭いですが、先に進めそうです」
その言葉に冒険者たちの表情が明るくなった。
「よし! 一人ずつ穴の中に入れ!」
メルトがそう言うと、冒険者たちが次々と穴の中に入っていく。
僕は階段の上部から下を見た。
水深は上がっていて、螺旋階段の半分以上が水に浸かっている。その水の中に多くの冒険者と信者の死体が沈んでいた。
ぎりぎりだったか。
僕は額に浮かんだ汗をぬぐって、息を吐き出す。
「ヤクモくん」
アルミーネが穴の中から手を差し出した。
「早く行こう。ここまで水がきちゃうかもしれないし」
「わかった」
僕はアルミーネの手を握った。
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