第88話 ヤクモとライザとテト

「愚者どもめっ!」


 ルーガルが叫んだ。


「数はこちらが多い。全員殺して、ドールズ様にお前たちの命を捧げてやろう」


 信者たちが黒い短剣で冒険者たちに襲い掛かった。

 剣と剣がぶつかり合う音と怒声が聞こえてくる。


 視線を動かすと、ライザがテトと戦っていた。


「テトっ! あなただけは私が殺す!」


 ライザが短剣を突き出すが、テトは笑いながらその攻撃を避ける。


「Dランクの君には無理だと思うよ」

「あんたはFランクの魔道師でしょ!」


 ライザは蹴りを放った。テトはヒジで蹴りを受ける。


「残念だけど、それは違うんだ」

「違うって何よ!」

「僕の実力はBランク以上の魔法戦士ってことだよ」


 テトは目を細めて、左手を前に出す。尖った氷柱が具現化した。


「くっ……」


 ライザは上半身をそらして、氷柱の攻撃を避けた。


「甘いよ!」


 バランスを崩したライザに向かってテトが駆け寄り、短剣を突き出す。ライザの肩に刃が刺さり、服が赤く染まった。

 後ずさりするライザを見て、テトは笑った。


「本当は君を殺したくないんだけど、仕方ないね。じゃあ……」


 僕はライザの前に立って、魔喰いの短剣をテトに向ける。


「ヤクモか……」


 テトは軽く腰を落として短剣の刃を僕に向ける。


「君にはやられたよ。まさか、わざわざリッケルの死体を調べに行くなんてね」

「僕の能力なら、穴に下りることは簡単だから」

「そうだったね。君の能力は何度か見せてもらったよ」


 テトはじっと僕を見つめる。


「君は強いね。とてもEランクとは思えない」

「それなら、降伏してもらえないかな」

「ふふっ。それはないよ。君が強いといっても、僕よりは弱いから」


 テトは笑みの形をした唇を舐める。


「君のユニークスキルは珍しくて、相手の意表をつくことができる。それに武器も一級品だ。初見で戦う相手なら、倒しやすいだろうね。でも、僕は君の戦い方を知っている」

「戦うしかないんだね」

「うん。君たちを全滅させておかないと、僕が賞金首になっちゃうからね」

「……残念だよ」


 僕はテトと視線を合わせる。


「じゃあ、十秒で終わらせてあげるよ」


 そう言うと、テトは短剣を左右に振った。

 それが合図だったのか、信者が左方向から僕に襲い掛かった。


「『魔防壁強度五』!」


 白い紙の壁が信者の前に出現する。


「その技は知ってるよっ!」


 テトが口元にナイフを寄せて僕に突っ込んでくる。


 口元を隠した? 呪文を詠唱してるな。


 僕の頭上に尖った氷柱が五本出現し、それが落ちてくる。僕が右にかわすと、その動きを予測していたかのように、テトが短剣を突き出した。

 僕は魔喰いの短剣でその攻撃を受け止める。


 同時にテトが左手を僕の顔に向ける。

 一瞬で空気が冷え、目の前に尖った氷柱が出現した。


 僕は首を右に動かして、氷柱の攻撃を避ける。


「ははっ、すごいね。でもっ!」


 テトは唇を動かしながら、連続で短剣を突いた。僕は右に回り込んで、魔喰いの短剣を斜め下から振り上げる。その軌道を予測してテトが上半身をそらした。


 同時に僕は魔喰いの短剣に魔力を注ぎ込む。青白い刃の先端がぐにゃりと曲がり、長く伸びる。

 テトの肩に尖った刃が突き刺さった。


「ぐっ……く……」


 テトは顔を歪めて僕の足元に左手を向ける。地面が一気に冷えた。


 氷の魔法で足を凍らせるつもりか。


 僕は紙の足場を具現化して、その足場に飛び乗った。

 テトは舌打ちして僕から距離を取る。


「予想以上に強いね」

「Aランクの格闘家に鍛えてもらってるから」


 僕はテトの顔の前に数十枚の紙を具現化した。テトはその紙を短剣で切り裂く。その時には僕は左に移動していた。


 この位置は理想的だ。


 数百枚の紙を具現化して、テトの周囲に配置する。


「無駄だってわからないかな」


 テトは目の前の紙を短剣で斬った。

 テトの視線が僕と重なる。


 やっぱり、テトは強い。どんな状況でも素早く視界を確保して、僕の動きを確認している。


 だけど……。


僕はテトに突っ込み、直前で左にジャンプした。


「甘いよ!」


 テトが僕の着地する位置を予測して動いた。


 その瞬間――。


 僕は魔式を脳内でイメージする。


 具現化する位置を正確に魔式に追加して……。


一瞬、斜め前に砂粒のような小さな光が見えた。その光は目印だ。光の周囲に限界まで薄くした透明な紙が具現化している。


 僕は靴底と同じ形に切り抜かれた透明の紙を踏み、刃が伸びた短剣を振り下ろした。


 宙で止まったような僕の動きにテトの反応が遅れた。刃の先端がテトの肩に刺さる。


「くっ……」


 テトは素早く下がって、呪文を唱える。


 その時、宙に浮かんだ紙を払いのけて、ライザがテトに突っ込む。短剣の刃がテトの背中に刺さった。


「がああっ……ぐっ!」


 テトは体を捻りながら、左手をライザに向ける。


 魔法は使わせないっ!


 僕は魔喰いの短剣に魔力を注ぎ込む。二メートル以上伸びた刃がテトの左手首を斬った。

 同時にライザがテトの胸元に短剣を突き刺す。


「あ……」


 テトの両目が大きく開き、両膝が折れた。


「そ……そんな……僕が死ぬ……なんて、ありえな……」


 テトの体が倒れ、半開きの口から呼吸音が消えた。


「テト……どうして……」


 ライザの声が微かに震えた。


「ライザっ! まだ、信者はたくさんいるよ!」


 僕はライザの肩を叩く。


「今は考える時じゃないから」

「あ、うん。わかった」


 ライザの表情が引き締まる。


 僕たちは近くで冒険者と戦っていた信者たちに攻撃を仕掛けた。


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