第92話 思わぬ助け

「へーっ、雑魚冒険者ねぇ」


 突然、背後から声が聞こえてきた。


 振り返ると、そこには見た目が十二歳ぐらいのハイエルフの少女が立っていた。

少女は長い銀色の髪をツインテールにしていて、左右の耳がピンと尖っている。服は水色で金の刺繍がしてあった。


「シルフィールさん」


 僕は少女の名を口にした。


 シルフィールはSランクの冒険者で十二英雄の一人でもある。

 その強さと美しさで、多くの吟遊詩人が彼女を題材にした歌を作っている。


 シルフィールは銀色の髪を揺らして、ガノック男爵に歩み寄った。


「あなたは……シルフィール様」


 ガノック男爵が目を丸くしてシルフィールを見つめる。


「どうして、あなたがこんなところに?」

「ちょっと町の中で見知った顔を見かけてね」


 シルフィールはちらりと僕を見る。


「もしかして、この少年と知り合いなのですか?」

「ええ。いっしょに仕事をしたことがあるから」

「……そう……だったのですね」

「で、あなた、ヤクモを雑魚冒険者って言ってたわね?」

「あ、い、いや。そうではないのですか? こいつはEランクですし」


 ガノック男爵が僕を指さした。


「たしかにヤクモはEランクだけど、強さはAランク以上よ」

「えっ、Aランクですか?」

「そうよ。だから、将来、月光の団の幹部になってもらう予定なの」

「月光の団の幹部……」


 ガノック男爵が口をぱくぱくと動かす。


「そんなヤクモが保証人になれないとあなたは言ってたわね。それって、月光の団の団員が信用できないってことかしら?」

「あ……い、いえ。そういうわけではなく……」

「じゃあ、何?」


 シルフィールは濃い緑色の瞳で、ガノック男爵をにらみつける。


 ガノック男爵の両足が小刻みに震え出した。


 シルフィールの見た目はかわいらしい女の子だけど、その強さは誰でも知っている。彼女は災害クラスのモンスターを倒し、多くの魔族を倒している。そして、その実績が認められて、十二英雄になったのだから。


 ガノック男爵の顔から汗が流れ落ちる。


「いや、それは、この少年が月光の団の幹部候補とは知らなかったからで」

「じゃあ、ヤクモが保証人になっても問題ないのね?」

「え? 保証人?」

「その話をしてたんでしょ?」

「……そう……ですね」


 ガノック男爵は頬を痙攣させながら、僕に視線を動かす。


「たしかに……この少年が月光の団の幹部候補なら、信用できますな。は、ははっ」

「じゃあ、さっさと契約したら?」

「……は、はい」


 ガノック男爵は悔しそうにこぶしを震わせた。


 その後、僕が保証人のサインした紙を受け取ると、ガノック男爵は逃げるように去っていった。


「ありがとうございます」


 僕はシルフィールに頭を下げた。


「シルフィールさんのおかげで保証人になることができました」

「別にたいしたことしてないから」


 シルフィールはツインテールの髪に触れながら、薄い胸を張った。


「それに、あなたがAランク以上の実力があって、信頼できる人物なのは事実だから」

「でも、月光の団の幹部候補って……」

「それも事実でしょ」


 シルフィールは僕の胸を人差し指で突いた。


「あなたは謙虚で真面目だから、裏方の仕事もしっかりやってくれそうだし。それに将来はSランクになると思うから」

「Sランクですか?」

「そうよ。あなたのスキルは汎用性が高くて、いろんな戦い方ができるわ。それを使いこなせたら、今よりもっと強くなれる。だから、月光の団に勧誘したの」


 シルフィールは濃い緑色の瞳で僕を見つめる。


「で、そろそろ月光の団に入る決心はついたの?」

「いや、それはちょっと」


 僕はぎこちなく笑った。


「シルフィールさんにはすごく感謝しています。でも、今の仲間が気に入っているんです」

「ふーん。気に入ってるねぇ」


 シルフィールは頭をかいた。


「まっ、あなたたちのパーティーは全員実力があるし、まとめて月光の団で引き取ってあげてもいいわ」

「それは僕が決められることじゃないから」

「あの錬金術師の女が決めるってこと?」

「はい。アルミーネがリーダーだから」

「アルミーネね」


 シルフィールはかかとを上げて、僕に顔を近づける。


「……ねぇ。アルミーネって、あなたの……恋人なの?」

「いいえ。違いますよ」


 僕は首を左右に振った。


「僕は恋人なんていたことがないから」

「……へーっ、そうなんだ」


 シルフィールの声が明るくなった。


「いいんじゃないの。私も忙しいから、恋愛してる時間なんて、今まではなかったし。でも、これからは、そういうこともいいかなって思っているの」

「そうなんですね。シルフィールさんは十二英雄だし、すぐに恋人が見つかりそうです」


 僕がそう言うと、シルフィールが無言になった。


「ん? どうかしたんですか?」

「何でもないわよっ!」


 シルフィールが不機嫌そうに唇を尖らせた。


「ヤクモくん」


 フローラ院長が僕の腕に触れた。


「ありがとう。あなたのおかげで孤児院が救われたわ」

「当たり前のことをしただけだよ。ここは僕の家なんだから」


 僕はフローラ院長に笑いかけた。


「お金も大丈夫だよ。今日だって、寄付するお金を持ってきたから」

「……ごめんなさい。私がもっとお金を集めることができていたら」

「何言ってるんだよ。フローラ院長はすごく頑張ってるじゃないか」


 僕はフローラ院長のしわだらけの手を握る。


「とにかく、家賃のことは僕がなんとかするから」

「でも、最近家賃が上がってて」

「わかってる。でも、僕も稼げるようになってきたから」

「……無理はしないで。あなたが死んだら、リリスや子供たちがすごく悲しむから」

「うん。僕だって、まだ死にたくはないから」


「そうね」


 シルフィールが言った。


「死ぬのなら、千年ぐらい生きた後にしなさい」

「いや、僕はハイエルフじゃないから」


 そう言って、僕は苦笑した。


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